桜花一片に願いを

ぴおに

第1話

 三寒四温

春は本当に寒くなったり暖かくなったり、気温が落ち着かない。今日は花冷えで息が白くなるくらいに寒い。昨日は汗ばむほど暖かく桜は満開になったというのに。


 白い息を弾ませながら僕は自転車で坂道を登る。もう少しで見えてくる。丘の上のオバケ桜。そこで約束したんだ、彼女と。




「卒業の記念に、丘の上のオバケ桜にタイムカプセルを埋めないか?」


「タイムカプセル?」


「うん、好きなものを入れて10年後に掘り返すんだ」


「ふーん……面白そうね」



 中学校を卒業すると、僕らは違う高校へ進学する。離れてしまう前に彼女に気持ちを伝えたい。そう思った僕は、彼女をあの桜に呼び出すことにした。タイムカプセルを埋めるという名目で。

「ちょっと話があるんだ」これはもう、告白に値する。だから僕には『名目』が必要だった。

 僕はお菓子の空き缶にお気に入りのマンガ、修学旅行の写真やお土産のキーホルダーなんかの雑貨と一緒に手紙を入れた。



「あの桜はね、縁結びの桜なんだよ。あの下で気持ちを告げたら結ばれる。私もおじいさんにそこでプロポーズされたのよ」

 ばあちゃんは頬を桜色に染めながら教えてくれた。

 ばあちゃんが子供の頃にはもう立派な桜だったというから、樹齢100年近いオバケ桜は海が見える丘の上に立っている。ばあちゃんの話が本当なら、きっと僕の願いは叶う。





 彼女は僕が到着したすぐ後に来た。

桜は満開だったけど空はどんよりと雲が垂れ込め、今にも降りだしそうだった。僕は急いで穴を堀り、彼女のカプセルと僕のカプセルを埋めた。


「10年後の今日、一緒に掘り起こそう」


「うん。楽しみだね」


 そう言って笑う彼女の頬は、寒さで桜色に染まっていた。

そこに一片、花弁が……


「あっ、雪だ!」


 花弁ではなく雪だった。

満開の桜の上に降りだした雪。

淡いピンクと白が煙るように混じり合う。

その儚い情景の中に真っ白な彼女が溶け込み消えてしまいそうに思えた。


「好きだ」


 思わず口走った。


 彼女は耳まで桜色になって俯き


 僕の小指を握った。








 あれから10年。

僕達は別々の高校に進学した後、僕は東京の大学へ行き、彼女は地元の大学へ進んだ。そのままお互い就職も東京と地元になったので、長く遠距離が続いたけれど僕らの気持ちは離れることはなかった。



「10年経ったんだね。ここに来るの久しぶり」


 やはり桜は満開だが、今日はあの日と違って晴天だ。カプセルを掘り起こす僕の額には汗が浮かぶ。


「あった!」


「わあ!ちゃんとあったね。もう何入れたか忘れちゃったな」


錆び付いたお菓子の缶を開けると

10年前の空気が流れ出す。

色褪せた写真や懐かしいマンガに声を上げて笑う。

そして、手紙。

他に何を入れたかは忘れたけれど

手紙のことだけは忘れることはなかった。



「はい、手紙」


「え?私に」


「うん。10年前の僕から」



 あの日の満開の桜と雪

 桜色に頬を染めた彼女を思い出す。



 彼女が封筒から便箋を取りだし、広げる。



『僕と結婚して下さい』



 彼女はあの時のように頬を桜色に染めて

 僕に抱きついた。






僕たちは地元へ戻り、新居を構えた。

その冬、彼女に新しい命が宿った。

節分が過ぎその日は季節外れの暖かさで、僕は彼女とドライブに出掛けた。

あのオバケ桜の丘を通りかかった時、桜の木が切られているのを見て彼女が言った。


「あの桜、切られちゃうの?寂しいよ……」


車を近くに停めて、桜の様子を見に行った。

悲しそうに眺める僕たちに気付いた作業員の人が、桜は切るのではなく、枝を落として若返りをするのだと教えてくれた。


「この枝を植えると、また新しい桜の木になるんですよ」


苗木にしてからまた違う場所に植えられるそうだ。この木はもうかなり古いので、今回の作業が最後になるかもしれないと聞いた。


「あの、この枝を分けていただけませんか?」


本当はダメだけど小さいものなら捨ててしまうからいいよと、小さいけれど育ちそうな枝を分けて貰えた。道具を揃え、ネットで調べて大事に育てた。


その春、枝に小さな芽が出て、しっかりと命が受け継がれたことが分かった。

夏に僕たちの子が生まれたら、記念樹として庭に植えよう。


じいちゃんとばあちゃんを繋いで

僕と彼女を繋いだこの桜は

今まで沢山の命を繋いできたのだろう。

そうして繋いでゆくことの尊さを

僕らに教え続けてきたのだろう。

この先もずっと繋いでゆけるように

平和であり続けるように

静かに祈りながら──





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