第28話 レフ レクシオン
原初の思い出は、祖母の後ろ姿だった。
大部分が白髪に染まった薄い金髪、女性にしては高い背。
老女にしては、頼もしい背中。
腰には一振りの宝剣。
「レフちゃん、お婆様にいってらっしゃいするのよ」
「良く覚えておけよレフ、――多分、お前が次の勇者なのだから」
父に抱かれ、母は大きなお腹を大切そうにしながら。
今なら分かる、母が不安そうにしていた理由が。
今なら分かる、父の声が少し震えていた理由が。
(数年留守にする間に、大分様変わりしたな)
カリエンテ王国に入った直後、レフは仲間に時間を貰い。
一人、生家に戻っていのだった。
(久しぶり、――父さん、母さん)
視線の先には家などなく、代わりに墓標が二つ。
その前には新鮮な花、――だが、レフの手にも花束があり。
「ああ、来ていたのかルクレツィア。……どうせなら一緒に来ても良かったな」
レフも花束を供える。
ここはレフとルクレツィアの両親が眠る墓、――――魔族に壊された家族の家の跡。
「ようやく倒したよ、魔王を。……でも、まだ四天王や他の魔族が残ってるんだ。…………うん、まだまだ頑張るよ
産まれた時から勇者の妹であったルクレツィアと違い、レフはただの平民の子だった。
レクシオンという家から離れ、平民となった父セルゲムと。
彼と出会ったパン屋の娘、母エメリアとの子。
「婆ちゃん、ごめんよ。貴女の言っていた子はまだ見つからないんだ。多分、もう――――」
レフは一人、墓前で語りかける。
ここは勇者の家レクシオンではない、郊外にある小さな夢の跡。
あの日の後、ボロボロになって帰ってきた祖母は。
それから数ヶ月と持たずに死んだ。
そもそも、あの頃の彼女は既に勇者を引退していたのだ。
だが、状況がそれを許さなかった。
カリエンテ王国史に残る醜聞、勇者の家系レクシオンの大虐殺。
(待っていろ、待っていろよ。――魔族を一人残さず殺したら。……次は、オマエ達だ!)
当時、祖母から勇者を継いだ叔父には美人の妻が居た。
その美しい細君に横恋慕したとある貴族、――後で発覚した事だが、入り込んだ魔族が唆していた。
その貴族は叔父の妻を手に入れる為、ありとあらゆる方法でレクシオン本家を弱らせ。
王が気づいて手を差し伸べた時には、もはや手遅れ。
叔父は毒殺され、妻はその貴族の邸宅で自死。
屋敷は燃え、使用人は惨殺され。
祖母は件の貴族を殺し、唆した魔族を追って旅立った後。
混乱する王都に次々と魔族が進入して、分家やレフの両親の様に家から離れた者、あるいはその血筋を根絶やしに。
生き残ったのは、産まれたばかりのルクレツィアとレフ。
そして、老いた者が数人。
(唯一の希望が、婆ちゃんが見た連れ去られた男の子の赤ん坊。生きていたら――――ああ、ルクやリヒターテ嬢と同じくらいの歳か)
何年も探して、影も形も見つけられなかった。
祖母には悪いが、もう生きてはいないだろう。
ともあれ、レフとルクレツィアは祖母の親友だった伯爵夫人に引き取られ。
「――――そういえば、デフェール女学院は王城内に移転したとか言っていたな」
ここに来るまで、少し歩いただけで様々な事が聞こえてきた。
町の整備が進み、貧民街が無くなって安全になった。
それどころか、そこに住んでいた貧民達は職を得て平民として暮らしている。
そして、それを為したのは王女プラミアであると。
また、女学院の跡地には大きな闘技場が作られ。
次々と高名な戦士が集まって。
恐らく、プラミアが王位を本格的に継ぐ準備をしているのだろうと人々は噂していた。
(――――あのプラミアが?)
罠だ、とこの時点でレフは直感を得ていた。
彼の妻となるプラミアは聡明で尊大で、猪突猛進な所がある人物。
民の事も考えて将来、善政するだろうと期待されていたが。
どこの国でも課題の一つのなる、足下の貧民街の存在。
それを跡継ぎが解決する、――筋は通るし不自然ではない。
だがそれは、一般国民の視点ではだ。
そもそも、世界的に認められた歴史あるディフェール女学院を潰して移転など、いくらプラミアの発案であろうとも王が許さない。
実行に移す前に貴族の猛反対が起こるだろう。
第一かの学院は、表向きは王国とは独立している組織。
更に勇者の存続、ひいては人類の存続に深く関わっているのだ。
カリエンテ王家といえど、簡単に手を出せる所ではない。
――例え、王女であるプラミアが通っていてもだ。
「大賢者様が言っていた事は、これか」
不可解なプラミアの行動、王都の異変。
そして、その真上。
レフは何もない青空を睨んだ。
「…………厄介だな。オレでもうっすらとしか分からない。確かに、何かが存在している筈なのに」
本当に、影も形もない青空。
城よりも、世界に果てにあるという大山脈より高い位置より更に高く。
そこに。
「いる、――何か巨大なものが」
この異変に関わっているかは分からない、だが無関係では無い筈だ。
「合流を急ぐか」
本来なら、世話になった伯爵家に挨拶をする予定であったが。
大賢者と仲間が待つ酒場、火の酒海亭へ戻った方が良いだろう。
辛い思い出もあるが、心休まる故郷。
しかし今は、――――敵地。
勇者は、足早に墓前から立ち去った。
□
それを、リヒトは見ていた。
王城の謁見の間、王座に座り。
ナノサイズ偵察機から送られる立体映像を、墓前で俯く勇者の姿を。
「…………同じ、かァ」
掠れるような呻きが漏れる。
今リヒトは、奇妙なシンパシーを勇者に感じていた。
手元を見れば、カラードが改めて調べ上げた勇者の事情。
親を殺され、一族の殆どを喪い。
妹の為に、本来戦うべき運命ではないのに。
(引っかかるのは、――ああ、此処だ)
先々代の勇者の姿、彼女が勇者に伝えた事。
喪われた勇者の血族の一人。
本来あるべき勇者。
報告書によれば。
――それは、金髪の赤子であったらしい。
――曰く、勇者の力を瞳に宿していたと。
「ウチの者らに浚われ? その時、勇者を返り討ちにする戦力があって? 特殊な目をしていたと?」
確かめるように、感情の籠もらぬ声で呟くリヒト。
己の事について、調べた事が無かった訳ではない。
資料も一部は隠されていたが、大半は閲覧できていたので確信はあった。
確信はあったのだ。
(だから。――嗚呼、明るい所で見ると良く分かる。どう見ても似てるじゃねぇかアイツと俺は)
事実を知った所で復讐心は揺らぐことなど無い、だが思うところが無い訳でもない。
顔を苦々しく歪める主人に、右後ろに立っていたカラードは答えた。
「…………魔王様ははっきりとは申されませんでした。ですが皆、薄々は気づいていました」
「俺は、――勇者なのかカラード」
「人類の定義では、しかし我らの定義では」
「……魔王」
「はい、勇者も元を正せば我らの魔王故に」
リヒトは深いため息を一つ。
「ヒトは、――知能持つ生命というのは、度し難いものだなァ」
カラードは答えなかった。
だがリヒトは構わず続ける。
「俺はアイツが憎い、親父を、魔王を殺したアイツが憎い。……だが、それはアイツも同じだ」
復讐、憎悪の連鎖。
勇者と魔王、共に世界を導く存在が憎悪に囚われて。
「世界が平和にならない訳だ、魔族が人類を支配出来ない訳だ」
ボタンの掛け違いは、きっと遠い昔で。
きっと、リヒトとレフのような事が繰り返して。
魔眼王子は今、真の意味で理解した。
この長きに渡る戦いの果ては、勇者と魔王、どちらかの一族が滅ぼされるまで終わらないのだろうと。
顔を手で覆いくつくつと笑うリヒトに、カラードは静かに問いかける。
「お止めになりますか?」
「まさか、アイツが同じ様に親を殺されて、俺を同じように憎しみで動いているとしても。――それと親父を殺したのは何も関係がない」
「では?」
「――――アイツは、俺がこの手で殺す」
リヒトは立ち上がって、カラードに命じた。
「皆を集めろ、先ずは計画通り威力偵察と洒落込もうじゃねぇか」
「御心のままに、全ての手筈は整っておりますれば」
カラードはふかぶかと頭を下げた後、音もなく消える。
次期魔王リヒトと勇者レフとの戦いが始まろうとしてた。
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