第27話 フルアーマー / 勇者 と 愉快な仲間達
真上から見ると楕円形の闘技場は、立派な石造りの建物であった。
――少なくとも、外見上は。
「いや、建設を命じておいて何だけどさ」
「何です? リヒト様、不都合がありましたか?」
どこか腑に落ちないように首を傾げる彼に、ルクレツィアは後ろから声をかけた。
「何? この張りぼてクサイのは?」
「あ、迂闊に触らないでくださいね。ご存じの通り対勇者用の使い捨ての施設なので罠だらけです」
然もあらん。
中に入れば、石造りの建物にしては妙に快適だ。
熱くもなく寒くもなく、窓や光源が見あたらないのに暗くもない。
試しに壁を叩いてみたら、コンコンという音すらしない。
首を傾げる彼に、忠実なる麗しの従者は呆れたように。
「リヒト様、報告書は読んだ筈では?」
「いやさ、確かに読んだけど……ナンタラとかいう元素変換装置? とか言うので特殊合金? を作ったとか材料のした山が一つ無くなったとか?」
「――――ああ、失念しておりました。魔族でも長らく使われてこなかった技術ですし、今では義務教育でも教えていませんですしね」
「ま、簡単に言えばだ。オマエの復活させた骨董品で我ら魔族の技術の粋が一部とはいえ復活した。そんな風に認識しておくが良いぞ我が弟よ。……まぁ、ワタシにもよく分からないのだがなっ! ハッハッハッ!」
リヒト達の会話を聞きながら、ルクレツィアは彼らに服従し妾となった選択を自画自賛した。
人間が勝てる訳がない、こんな技術を持った文明に。
(何故、人間は支配されずに――……、ああ、勇者の発端は裏切りの魔王でしたっけ。そして、そもそも彼らは人材、資源不足で侵略を)
リヒトの妾(予定)であるルクレツィアだが、当たり前というか魔族の中は新参者扱いだ。
それでもある程度の情報は貰えるし、漏れ聞こえくる事柄もある。
(千年計画でしたか、――まさか王国内部にあれほどの魔族に荷担する者が居たとは)
その名が記す通り、千年かけて人間の権力機構の内部に侵略し。
音のない完全支配を目指す計画。
魔王を旗とした武力侵略は、上手く行けば儲けものの陽動とは思いも寄らなかった。
(…………いえ、だからこその勇者)
そしてもう一つ、最初に教えられた魔族の真実。
(まさか、彼らも『人間』だったとは)
ルクレツィア達人類より、古い人類の歴史。
守るべきモノを喪い、流浪の果ての歴史。
生きるために自己を進化させた、敗北者の歴史。
それを知ってしまったから、魔眼王子の手中に収まってしまったから。
もう、篭の鳥には。
勇者の妹として心優しき令嬢には戻れない。
――もう、戻るつもりもない。
(わたし、きっと。前より生き生きとしている気がします)
和気藹々と闘技場の中心、舞台への門を行く彼らに置いて行かれないようにと。
ルクレツィアは歩く速度を少し早めた。
そして、いざ舞台についたリヒト達であったが――。
「これがダミー人形(仮)です、周辺諸国から集めた人類の猛者達のデータを元に――」
「おい」
「無論、ある程度の出場者は確保していますが、これにより此方の都合の良い――」
「おい、おいったら!?」
「なんですリヒト様、折角説明してさしあげているというのに」
白い人形を前に、きょとんと首を傾げるカラード。
問題はそこではない。
なにせ今のリヒトの格好は、金色のフルプレートに右手にはやたら軽いハンマー、左手にはラウンドシールド。
有無を言わさず装着させられているのだった。
「百歩譲って着るのは良い、――けどな、ちょっとは説明しろッ!? だいたいなんだ? そもそも! なんで掌ぐらいの丸くて青い円盤が鎧になるんだよ!? 盾もハンマーもどっから出てきたんだよ!? 空から飛んで来たじゃねぇかッ!?」
がるるっと唸るリヒトに、カラード以下オニキス達も首を傾げ。
「…………オニキス、貴女が事前に話をしたのでは?」
「おい愛人、オマエが自分の手柄に様に話しているもんだと思ってたが?」
「お二人とも、自分が渡すって殴り合ってたじゃないですか。まだ渡してなかったんですか?」
「理由は良いから説明しろどうぞ?」
三人の言葉に、呆れ半分でリヒトは促す。
いったぜんたい何なのだこの鎧と装備は。
身につけているというのに、魔力が働いている気配はしないし。
「では僭越ながら私から」
「誰でも良いからはよせい」
女達の目配せによる一瞬の攻防に呆れながら、リヒトは耳を傾ける。
「鎧ですが、戦艦テラから発掘された骨董品――もとい、古きテクノロジーにして最新のナノマシンパワードスーツです。対宇宙戦艦用なのでとても頑丈です。空も海も自由に飛べ、リヒト様の魔眼を効率よく扱える用に兜部分を調整しております」
「なるほど分からん、じゃあハンマーは?」
「日光をエネルギーに変換し、スペースデプリ……超巨大な石を粉砕する作業用です。投げても手元に戻ってきます」
「作業……用? 盾は?」
「反重力シールドですね、テラのエネルギー供給が必須ですが。勇者の全力でも耐えられるという試算になっています。こちらは投げても戻ってきませんが、ゴムボールのような挙動をするので慣れたら同じ事が可能でしょう」
「つまり?」
「魔族の過去の遺物を最大限に利用した、対勇者用装備です。リヒト様がテラを復活させた事により使用が可能となりました。――ああ、忘れておりました。後日本国にお戻りを、魔王就任の儀式と勲章が送られる予定ですので」
「うむ、この装備があれば歴代最強の新たなる魔王の誕生だな!」
「おめでとうございますリヒト様っ!」
「お喜び申し上げますわリヒト様、私も鼻が高いです」
「ええいッ!? 情報量で殴るんじゃないッ!! 対勇者用装備はともかくッ、魔王就任とか勲章とか何だッ!?」
ぱちぱちぱちと拍手する三人に、リヒトはウガーとハンマーを振り上げた瞬間。
ズガガガ、ビシャーンという空を劈くような音と衝撃。
そして光。
「――――…………マジかァ」
「うわっ!? 何ですその威力っ!? 凄いですっ!! ちょっとわたしにも持たせてくださいよ!」
「おうリヒト、親愛なる姉にその装備を貸してみろ。何、危険性がないか試してみるだけだ」
「ちょうど良いです、そのまま実践テストと行きましょうか。――はいルク、貴女の剣ですよ」
地面の至る所に大穴を開けた雷の連撃に、オニキスとルクレツィアは興奮。
カラードは満足そうにダミー人形を起動、その場にあった五体の人形がオニキスの姿になり。
「…………それじゃあ、俺は飛行機能とやらを試して来るから」
「あ、リヒト様逃げたぁっ!?」
「鬼ごっこか? 良いぞ受けて立とうっ!!」
「対勇者用トラップ発動、――空を封鎖します」
その後、リヒトは思う存分に新装備を試す結果になった。
□
一方その頃、王都カリエンテ近郊の大森林エフイア。
猟師すら立ち入らぬ奥地には、誰も知らぬ丸太小屋があった。
今にも朽ち果てそうなその小屋に今、一人の老人と三人の若者の姿があった。
三人の若者の内、一人は濃いブラウンの髪の長身の男。
そして何より特徴的なのは四本の魔剣聖剣を腰に、そんな人物など世界広しと言えど一人しか居ない。即ち――勇者レフ。
残る二人。黒髪の小柄な美少女は、人類魔族両陣営から恐れられる勇者の仲間――人呼んで、灼炎のリプカ。
最後の一人は青色の髪の、白い分厚いローブでも隠せない巨大な胸。誰が呼んだか――狂宴の賢者トゥール。
美少女二人は老人会うと笑顔を浮かべ――。
「ふぉっふぉっふぉ……、よく来た我が弟子トゥールよ。そしてお初にお目にかかる灼炎のリプカ殿、勇者レフ・レクシオン」
「お久しぶりです我が師匠! てっきりもうくたばったかと思いましたよ早く死ね!」
「よし行けトゥール! 散々無茶ぶりしてきた糞ジジイ! ここであったが初めまして、我が燃える拳の前に死ねぇ!!」
――共に拳を振り上げた。
王都に入る前に彼らがここに来た理由は一つ。
この腰の曲がった白髪の老人、レフの大切な仲間であるトゥールの義父にして師匠、――名を捨てた大賢者に会う為だった。
「止せトゥール、リプカ。――ゴホン、初めまして大賢者様。いつも貴方の育てたトゥールには世話になってます死ねぇ!! アンタどういう教育を後継者にしてるんだよっ! もう少し自重という言葉を教えておけ! それはそれとして魔族は許さない! 長生きしている奴は魔族だ死ねぇ!」
「ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉぉおおおおおおおおうっ!? ぐわーーっ、何故レフ殿もっ!?」
「ちぃ、ご老体の癖に素早いっ! 掠りもしないぞっ!?」
威力は手加減しているとはいえ、勇者のゲンコツを一歩も動かずぐねんぐねん避け続ける老人。
その光景に、トゥールは頬に手を添えおっとりとため息。
「あー、やっぱレフさんでもダメでしたか。流石は我が糞師匠、大賢者の名は伊達じゃありませんね」
「大賢者って勇者の攻撃を避ければ名乗れるのか? 初耳だわあたし」
「ええいっ、噂に違わぬ絶対魔族許さない奴め! 人間だって気合を入れれば長生き出来るわいっ! というか儂の勇者としての力は『生命』なんじゃ、長生きぐらい出来るわいっ!」
「うむ? 先達でしたか。これは失礼しましたがやはり死ね、もう一度言うが貴方は弟子にどういう教育してるんだっ!? この間だってコイツは味方諸共四天王に魅了の魔法をかけてだな――」
つい先日だって、一か月前だって、半年前だってと文句を言い続けるレフに老人はしたり顔で一言。
「――ごめんちゃい」
「謝る気ゼロだなトゥールの師匠」「勇者さまに対してもこの我が道を行く姿――、この不肖の弟子トゥール。感服致しました」
「ふぉっふぉっふぉ、精進するが良いトゥール。全ては『滅び』に対抗する為じゃ。汝の思うがままを、悦楽の従い為すがよい」
子弟の会話に頭を抱えるレフ、同じようにげんなりとした表情のリプカはため息ひとつ本題を切り出した。
「それで、わざわざあたし達を呼んだ理由は何? くだらない事だったら本気で殴るんだから」
「そうカッカするでないツルペタ小娘よ、――予言じゃよ。」
大賢者は真剣な顔をして告げた。
「――王都にて、大いなる戦士の一人と出会うであろう。そしてそれは勇者としての試練、運命の分かれ道というべきものじゃ」
「戦士? 運命……?」
訝しむ勇者に、大賢者はニンマリと笑い。
「まぁ儂も同行するでな、心配は要らぬ。全ては行ってからのお楽しみじゃ。……おっと、もう一つあったわい。王都は魔族の罠にかかっておる、心してかかるが良いぞ」
その言葉に、勇者達は顔色を変えた。
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