第25話 プラミア 雑に堕つ (一章エピローグ)
学院が塵も残さず消えた後。
テラの船員達は当然、魔族領へ帰還を命じられると思っていたが。
「いや、帰還はしない。逆だ、このままこの国を占拠するッ! カカカッ! 喜べ皆の者よッ この地を魔族の新たな前線基地とするのだッ!」
「――成る程、リヒト様の魔眼で国の中枢を洗脳して、他国にそうと知らせず陰から支配する。そういう事ですね?」
「ああ、その通りだカラードッ! 聞いていたな艦長ッ、高度を落として前進! 全砲門をカリエンテ城へ向けろッ! 一発や二発なら脅しだ、当てても構わんぞガハハハッ!!」
「り、了解ッ! リヒト様と魔族万歳!」
「「「「「「リヒト様と魔族万歳!」」」」」」
そんな訳で今、宇宙戦艦テラはその姿を見せつけながら城の前に。
――テラは恒星の中に突入し、戦闘行為すら可能な星船だ。
当然の如く城より遙かに巨大な異様は、民草からは恐怖と混乱を。
そして、主砲を突きつけられたカリエンテ城に居る者の恐慌状態など言うに及ばず。
「白旗を確認、カリエンテ王国が降伏しました!」
「リヒト様っ! 次のご指示を!」
事態が飲み込めないまま、国を落とす偉業の片棒を担がれたテラの艦長は、リヒトに尊敬の眼差しを注ぎ。
「カカカカッ! ようしッ、乗り込んで丸ごと洗脳してやるぞッ! 着いてこ――――あふん」
「リヒト様っ! 大丈夫で――――あうっ」
「おいリヒトっ!? カラードっ!? ちぃ、衛生兵を呼べっ、いや、医務室に案内しろワタシが連れて行くっ!」
突如倒れたリヒトとカラードに、艦橋は混乱。
「か、艦長……」
「カラード様っ、無理をなさらずにっ」
「とりあえず私も倒れるので、王城と国境の閉鎖、敵戦力の無力化を……、四天王の方々にも、協力――――がくっ」
「はっ、直ちに!! 聞いたなっ! 総員仕事にかかれっ!!」
そんな訳で、二人が回復するまでの数日。
テラの船員及び、オニキスとルクレツィアは多忙を極める事となり――。
「なんか、すっげぇ目が痛い…………。頭がガンガンする、やっぱりいつもの魔眼に戻ってる感じがするし」
「申し訳ありませんリヒト様、どうやらメディスの欠片を全部集めなければ、不完全な効果しか出ないようで……、うう、私も倦怠感が凄くて……、ああ、もっと寝ていたい」
「カラード様、リヒト様……。大変なのは分かりますが、手が足りないのでカリエンテ王国の中枢をまるっと洗脳してくださいぃ……わたしも限界に近いんですぅ」
「意識が戻って早々悪いが、こればっかりは譲れない、ああ、魔族は人手が足りないと常々思っていたが、これほどまでとは……」
リヒトとカラードは目を覚ました直後、食事もそこそこにプラミアとその家族、大臣達が居る懲罰房へ。
テラは巨大な宇宙戦艦であり、移動にも多少の時間がかかる。
船内のエスカレーターの手すりにに寄りかかり、誰もがぐったりと疲労した顔を見せる中、ルクレツィアがリヒトに質問した。
――なお、流石に今の彼女は蛮族ではなく普通の女の子の姿である。
「ところで、学院の地下でプラミア義姉様のペンダントを奪ったじゃないですか? あれ、どうやったんです?」
「ああ、あれか。端的に言うと、メディスの欠片を一時的にだが、物質を透過するように改竄してな。そしてスイーっとカラードの手元にって感じだな」
「…………オマエの魔眼、そんな力を。――ああ、それが真の魔王の力というものか?」
今一つ理解できないと首を捻るオニキスに、リヒトも頭をかきながら告げた。
彼とて、あの時の力を全て把握している訳ではないのだ。
「真の魔王の力、というと微妙に違うっていうか。親父の力もそこに到達していた訳で。――まぁ、あの時の俺は、世界の全てを意のままに改竄、……支配できていたって言った方が分かりやすいか」
「なんとっ! 流石はワタシの弟よ! これならやはり、次期魔王はオマエだな。――ワタシは、そういった力を受け継がなかった様だからな」
少し寂しげに言ったオニキス、しんみりとした空気が流れる。
リヒトもまた、親父……、と寂寥感に浸っていたが。
気になることがあったカラードは躊躇無く、空気をぶちこわした。
「ところでリヒト様、あの時のリヒト様は世界の神とも言える存在で、私はつまり神の妻という事になりすね」
「――――結婚はまだ早くない?」
「ええ、そうでしょうね。……だって、まだ勇者が生きているのでしょう? 何故そのお力で勇者を殺さなかったのですか?」
突拍子もない切り口からの鋭い質問に、リヒトは嘆息して悔しそうに。
「残念ながらな、効果範囲が限られるみたいだ。勇者を殺すなら、せめて同じ国に居ないと駄目だ。……もっとも、射程距離に収めても通じるかどうかは別問題だけどな」
「はぁ、とても残念です。では、勇者に通じないとは? それほどまでに理不尽な存在なのですか?」
「というよりな。親父と同じで勇者の力も、あの時の俺と同じ高みに居るんだ。どうも個人によって発現する力の方向が違うみたいで、んー、なんて言ったらいいか。……ともかく、オマエがもう一度あの状態にしてくれたら、直接ぶつかっても互角ぐらいには戦えるって感じだな」
ようやく、ようやっと対等な力で戦える所まで来たのだ。
女装して潜入し、勇者の女を奪うという迂遠なやり方。
復讐心は本物、敵討ちという愛もまた。
だが同時に、勇者と戦う事を諦めていたのは確かだ。
魔王城での蹂躙は今も色濃くリヒトの心に焼き付いている。
恐れがあった、嘆きがあった、絶望があった。
「――――俺は、勝つぞ」
「どこまでも、お供いたしますリヒト様……」
リヒトの虹色の瞳に、あの日より失せていた希望の輝きが戻る。
それをカラードは恍惚と共に眺め、文字通り彼の胸板へと寄り添い。
「あ、カラード様着きましたよ。そういうのは後にしてくださいね」
「おら、とっとと働けカリエンテ占領軍総司令官、副司令」
「え、何それ俺聞いてないんだけどオニキス姉ぇ!?」
「私も聞いてませんよオニキス、説明しなさい」
懲罰房の前で一悶着。
彼自身は知らぬとはいえ、もとより時期魔王候補筆頭とはいえ。
そもそも下級兵の経験も無いリヒトに、総司令官など勤まるのだろうか。
不安がる魔眼王子を余所に、オニキスはカラードに向けて盛大なため息。
「カラード……、何時まで色ボケしているんだ。そもそも最初からそういう教育予定だっただろうが、十年程速まっただけだ。それに、オマエは前四天王の一人だっただろう、早々と引退しただけで実力は現役と変わらないじゃないか」
「うぐっ、…………補佐しろと? くっ、こういう面倒な事が起こるかもしれないから引退したと言うのにっ!! リヒト様のお側に居る時間が減るじゃないですかっ!?」
悔しがるカラードに、目を丸くしたルクレツィアがこぼす。
「というか、カラード様って四天王だったんですか?」
「ええと、確か……そう、殲滅の銀狼だ。愛人ちゃんは聞いたことがないか? 百年ほど前に、人間どもからそう呼ばれてたって話だけど」
「あ、歴史の教科書に乗ってました! はぁ~~、カラード様って長生きなんですねぇ。いったい、今は何歳――ひぅっ!? な、何でもありませんっ!? 歳の差ありすぎとか、若作りとか思ってませんっ!」
「――――ルク? 後でお仕置きですよ?」
うっかり口を滑らせた勇者妹は、銀髪の美少女に睨まれ震えが止まらない。
「大丈夫だカラード、俺より先に死ななければそれで良いさ」
「リヒト様……!」
「そもそも寿命が違うんだ、歳をどうこう言うつもりは無い。――オマエが、オマエであれば良いんだから」
「リヒト様っ! 私頑張りますね! メディスの欠片を全て集めれば、寿命を分けて一緒に長生きして一緒に死ぬことも出来るそうですからっ!!」
目をキラキラさせ体をクネらせるカラード、リヒトは苦笑しながら皆に告げた。
「それじゃあ、世界征服を企む魔族らしく。洗脳するとしようじゃないかッ!!」
「――プラミアを洗脳して侍らすのは良いですが、手を出したら殺します」
「あ、はい。肝に銘じます」
リヒトとて男、あの燃えるような赤い髪の美少女。
それも肉感的で美しい肢体を持つ、特に胸が魅力的なプラミアをつまみ食いするぐらい……、とは考えていたが。
どうやら不可能な雰囲気にトホホと肩を落としながら、懲罰房に入室。
――――虹の瞳、輝いて。
「んじゃあ、――――オマエら全員。俺と魔族に絶対の忠誠と献身を誓えっ! クカカカカッ! このリヒト・バースキンに身も心も財産も全てを捧げるのだァ――――!!」
プラミア達は有無を言わさず、その魂ごと存在をリヒトの都合の良いように書き換えられて。
次の瞬間、リヒトに向かって膝を着き頭を垂れる。
「――――リヒト様に絶対なる忠誠をっ!」
「この身全てをかけて貴男様のお力になりましょうぞっ!!」
「夫共々、臣下としてお仕えいたします」
数々の服従の言葉に、リヒトはふんぞり返って。
(うーん、快感だッ! ……しかし、これ慣れたら駄目なヤツだな。ヒトとして堕落して醜悪になるヤツだ)
とはいえ、これで休めると思ったその時だった。
「終わったか? なら次は勇者を崇める宗教の……ええと、ルク。何だったっけ?」
「その前に、有力な商人達もお願いしますリヒト様。会見の手筈は整えていますので。それから王都の民達への演説の――」
「――おい、おいッ!? これで終わりじゃねぇのかよっ!? もうちょっと休ませろよ!?」
「そうですよオニキス、ルク。私もリヒト様はまだ癒えていないのです、もう少し休息を。取りあえず頭は押さえたのですから、統治も楽になるのでは?」
「そうだそうだっ! わりと邪魔だったプラミアへの意趣返しもまだなんだぞッ! 王妃も美人だし、母子揃って全裸で酌をさせる計画はどうするんだッ!!」
「――――リヒト様?」
「嘘ですはいッ! ちょっとオマエの嫉妬が欲しかっただけだから、その馬鹿力で頭掴まないで――アダダダダダダダダダッ!? た、助けてくれオニキス姉ぇッ!?」
魔王城で良く見ていた光景に、オニキスは苦笑しつつも懐かしさを。
学院の時よりざっくばらんな主従関係に、これが本来の彼らなのだろうと、少し羨ましげなため息のルクレツィア。
二人はリヒト達を暖かい眼差しで見ると、入ってきた扉を開ける。
「カラード、程々にしておけ。予定をこなしたら、皆も数日は休める筈だから」
「さあ、お二人とも次に行きましょう。――ああ、学院跡地をどうするかの指示もお願いしますね」
「ぬおおおおおッ! このまま連れて行くなカラードッ! オマエ以外は塵芥だからッ! オマエだけだから――――」
「ふふっ、リヒト様に愛されて幸せですわ」
ぐだぐだに懲罰房を後にするリヒト、流石に復讐心を忘れる事なく。
学院の跡地を使って、勇者と残りの仲間を罠にかける算段を始めながら。
(見てろよ親父、俺は絶対勇者を殺して。カラード達と共に魔族を導くからよ)
今、新たな一歩を踏み出した。
――カラードに引きずられたままであったが。
□
一方その頃、カリエンテ王国からも、魔族領からも遠く離れた山奥にて。
その洞窟を改築した、まるで盗賊の隠れ家のような所に一人の老人が。
「――――、新たなカウンターが目覚めたか」
白髪で腰の曲がった皺まみれの老人は、節くれ立った指先で虚空に何かを描く。
するとどうだろうか、椅子に深く腰掛ける老人の周りに、何人もの立体映像が現れて。
「祝福しよう、新たな戦士の誕生を……」
もし、ここに知識深い余人がいたらさぞ驚いたであろう。
映像の人物は、歴代の勇者。
そして、――魔王。
否、それだけではない、歴史に残されていないが大いなる力の持ち主の姿形も。
更には、一人一人の詳細な情報まで記されている。
「リヒト・レクシオン。――今はリヒト・バースキンか。ほう? 本来の勇者が何処に行ったかと思えば、よもや魔王となっているとは。これは大変興味深い……」
老人はリヒトの映像をしばらく見つめていたが、やがて思い立ったように立ち上がり。
「勇者に使いを出さねばならんな、――見極めなくては、この者が本当に『滅び』に対抗する戦士となったのか否か。――森羅万象、全ての生を守護する賢者の名に賭けてのう。ふぉっふぉっふぉっふぉっふぉ――ゲフンゲフンっ、ごほっ、ごほっ、ごほっ、お、おい誰か居らぬか? み、水をくれんかっ? ごほっ、ごほっ、ごほっ――――」
人間が魔族から隠し通してきた、長きに渡り勇者を導いてきた存在。
賢者が今、動きだそうとしていた。
→二章へ続く。
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