第23話 空間 を 切り裂く刃
戦闘力の無い者が二人、魔法使いと戦士が一人づつ。
対し、プラミア側の戦力は屋上に居るだけでも騎士十五人、魔法使い七人。
校舎や寄宿舎の中にも、それぞれ同数の騎士と魔法使い、――精鋭とされる強者ばかりで。
(バカなっ!? 高位の魔族と人間ではこれほども違うというのかっ!!)
今、プラミアに存在するのは焦り。
然もあらん、オニキスの拳一つで騎士が屋上から投げ出され、そのまま結界まで激突。
カラードの雷撃魔法一つで、魔法使い七人が一度に戦闘不能。
恐らく彼らはこの場を生き延びても、普通に生きていけない程焼け焦げている。
メディスの欠片を持つプラミアには視認出来なかったが、階下に配置した隊は幻影により同士討ちを始め。
メディスの欠片を持つ故に、プラミアだけが無傷。
(戦いにならないっ!! 何故だ、この国の精鋭達だぞっ!!)
薄紙を燃やす様に戦力が消える様を目の当たりにして、プラミアは絶望的に負けそうになっていた。
「カラード達が人間だったら、相打ちまで持っていけたんだろうけどなぁ……。うん、相手が悪い」
「…………どうして魔族に攻め滅ぼされてないんでしょうか」
圧倒的な蹂躙をのんびり眺めながら、リヒトはルクレツィアの疑問に答える。
「ああ、オマエ達は知らないか。魔族は個々の戦力は人間より優れているけどな。まず頭数が足りないんだ」
「仮に攻め滅ぼしても、支配する事が出来ないと?」
「そうだ。それに、あそこまでの力を持つのは四天王や魔王ぐらいだ。他の奴らは一人だと、百人程で囲まれれば流石に死ぬからなぁ…………」
「成る程、戦争が終わらない訳です」
「リヒト様! ルク! プラミアを追いますよ! 喋ってないで一緒に来てください」
「リヒトー、コイツら歯ごたえがなくてつまらん。あの王女捕まえて脱出する方法を聞き出すぞ!」
メイドと姉の催促に促され、リヒトは未だ脱力状態のルクレツィアを引きずって移動。
「ああっ、リヒト様っ!? 階段っ、階段はせめてお姫様だっこでお願いしますっ!?」
「……図太いなぁオマエ」
先行した二人の打撃音を聞きながら進むリヒト達、プラミアを捕まえ脱出するのは時間の問題に思えた。
一方、全力で生徒会室まで駆け抜けたプラミアは、床の隠し扉から地下室へ。
「――――はぁ、はぁ、はぁ、……、予定より早いが、これを発動するしかないか」
そこは、奇妙な所であった。
上の施設が丸々入る広い空間、恐らく敷地を同じだけの広さがあるのだろう。
そして、彼女が下ってきた螺旋階段の他には、中央に置かれた台座以外に何もなく。
「言い伝えでは、これにメディスの欠片をはめ込めば…………っ!?」
本来は全部の欠片を集めてはめ込むのだろうか、六角形の窪みがあったが、今は検証している時間はない。
彼女は祈るように、己のペンダントを填めて。
瞬間、唸るような音と共に魔力の光が上から台座に集まって。
『――――権限者の接続を確認』
「なっ、誰だっ!? 何処にいるっ!!」
動揺するプラミアに、どこからともなく無機質な声が響いた。
『当方は宇宙連合軍管理下の汎用型施設管理人工知能、システムチェック開始…………終了。権限者、当施設に許された唯一の機能を実行いたしますか? 詳細をお知りになりたい場合は――――』
「時間がないっ!! 自爆機能を早く作動させるのだっ!!」
『警告、権限者も巻き込まれる恐れがあります。本当に実行しますか?』
「くどいっ!! 時間がないといっておる!! 我の事はよいから実行するのだ!!」
『了解しました。縮退炉の自爆シークエンスに入ります。三十分以内に退避してください』
人工知能とやらの言葉はさっぱり理解できなかったが、これで魔族を殺せるのだと安堵し座り込んだ。
そして、安堵どころか顔を青ざめ大慌てなのはリヒト達である。
「縮退炉だってッ!? なんだってそんな骨董品が此処にあるんだよッ!?」
「正気なのかっ!? この国どころか星すら危ないじゃないかっ!!」
「落ち着いてくださいリヒト様、オニキス。――――死ぬときは一緒です」
「実はカラード様が一番落ち着いてないですよね? リヒト様に縋りついていますし。……というか縮退炉って何なのです?」
プラミアと同様に、事態が理解出来ないルクレツィアに、リヒトは説明した。
一刻を争う状況だが、肝心の主要火力が使用不能だからだ。
「細かいことはさておき。魔族はその昔、空の上から来たわけだ」
「空の上? ……確か宇宙と名が付いていると学者様からお聞きした事が」
「宇宙って単語は伝わってるのな。――でだ、恐らくだが、この学院は大勢の魔族を乗せた巨大な船に建設されているらしい。……ここまでは良いか?」
「大勢の魔族を乗せた空飛ぶ船。…………ああ、少し見えてきました。その船を動かすに使われていた大きな魔力がもうすぐ爆発すると?」
「魔力じゃないんだが、まぁその理解で良い。問題はだ、それを制御している場所が分からない、分かっても止める方法が分からない。止まらなければ最低で世界が滅ぶって事だ」
魔族にも数多の宇宙船が残っている、だがこの地にたどり着いた時にその殆どが機能を停止し、物資不足もあり解体。
数少ない稼働艦も、老朽化が激しく空を飛ぶのがやっと。
文化遺産として保存されており、そんな有様だからいかにリヒトやカラードとしても知識として知るだけで、扱い方など理解している筈がなく。
「…………これは詰んだか。あ゛ーー、こんな事で世界が終わるとかッ! まだ復讐が始まったばかりだってのにッ!! 何考えてんだよプラミアはッ!!」
「今までの人生、充実しておりました。願わくば来世でもリヒト様と一緒に…………」
「いい加減正気に返れ雌犬っ! まだ本当に爆発するか分からないのだっ! それに、このままプラミアの思い通りにさせてなるものかっ!!」
カラードの臀部をゲシゲシと蹴る姉に、リヒトは途方に暮れたように問いかけた。
「けどオニキス姉ぇ、そもそもプラミアは何処に居るんだよ。あと三十分で探せる程、この学院狭くないぞ?」
それは真っ当な意見だった。
なにせこのデフェール女学院、大国カリエンテ王国首都の四分の一の敷地面積を誇る。
大国の王城より広い場所を、たった四人でどう探せばいいのだろうか。
言葉につまるオニキスだったが、手がかりを持っていたのはルクレツィアだった。
「あのぅ……、多分ですけど。プラミア義姉様の場所は何となく分かります」
「え、マジ?」「お手柄ですルク、出来る子だって私は信じてました」「本当か? リヒトの愛人ちゃん」
目を丸くする三人に、彼女は自信なさそうに告げる。
「生徒会室、そこでしょう。……確かにこの学院は広いのですが、中央以外は庭園と森。何かがあるとは噂ですら聞きません。ですが――」
「校舎内から続く謎の地下室、そのような噂があるのですね?」
「真夏の怪談の一つとして、そしてわたしの家にもそれを匂わす言い伝えが、……曰く、王国は最初地下にあった、と」
「…………そういう情報は最初に言って欲しかったんだけどッ!?」
「無理を言うなリヒトよ、こういう事態でないと信憑性のない与太話だ」
ともあれ、行く先は決まった。
ならば直ぐにと走りだそうとしたリヒトだったがカラードから制止がかかった。
「お待ちくださいリヒト様、生徒会室に地下へ続く扉があったとして、今から探していたら時間がかかるでしょう。――――最短距離を行きます」
「おいおい駄犬、入り口が分からないのに最短距離なんてどうやって行くんだ?」
「ちょっとは頭を働かせなさいバカ女。地下にあるのならば、穴を掘ればいいだけでしょう」
「穴だって? 確かにカラードとオニキス姉ぇの力があればいけそうだが…………」
どのような形で宇宙船が残っているか分からない。
もし完全な形で残っているだとしたら、カラードとオニキスでは破壊不可能だ。
「疑問は分かります。けどリヒト様、思い出してください。私達にはあの剣があるじゃないですか」
「あの剣…………ああ、あの剣かッ!! オニキス姉ぇ、頼んだッ!!」
「うん、嫌だが? あれ使うと丸々一日は男に変わってしまうからな。記憶を失っている時は恩人の頼みだから、と毎夜一回は使うようにしていたが。――カラード、頼んだ」
「ちょい待ち、それなら俺が使う! ケケッ、これでプラミアもとっ掴まえてやるぜッ!」
意気揚々とオニキスに手を差し出すリヒトだったが、またもカラードから指摘が入る。
「あ、リヒト様は駄目です。だって魔法が使えないでしょう。魔王様もそうでしたが、魔眼の様な特殊な力を持つ者は、この手のモノは使えませんから。――お忘れですか?」
「――――、クソが。じゃあ……」
「ええ、これはルクに使って貰いましょう。性別が変わるだけが代償なのか、まだはっきりしていない物品ですので」
リヒトの前で男に変わるのが嫌だ、とオニキス同様にこの期に及んで我が儘を言うカラード。
評価すべきは、もっともらしい説得力を持っている事だろうかと、指名されたルクレツィアは暖かい視線を送った。
「では愛人よ、使うがいい。急げよ、ワタシはまだ死にたくないのでな」
「はぁ……、重いですね、持てるでしょうか」
「授業で魔法は教わってますね? 杖に魔力を流すのと同じ方法で大丈夫です」
剣を受け取った途端たたらを踏む深窓のご令嬢を、リヒトは絶望的な表情で眺めた。
こんな人間が男になったとして、まともに振るえるのだろうかと。
加えて、人間と魔族では魔力の質も総量も段違いだと聞く。
「なぁ、やっぱりカラードかオニキス姉ぇが使った方が――――」
「――行きますっ!」
その瞬間であった。
もし、他に誰かが居たのなら、奇跡と呼ぶ者も居たかもしれない。
或いは、新たなる希望の誕生とも、喜ぶ者が数人居たかもしれない。
「…………………………マジかよ」
「これは予想外だった……………………」
「ええと、これからは何とお呼びすれば? いえ、兄妹だけあって、流石に似て…………いえ、似ているのでしょうか?」
「え、何です皆さん。ほら、こんなに簡単に振れますよっ!! 魔力を通すと軽くなる効果もあるんですねぇ」
「野太い」「野太いな」「野太いですね」
「え、何が野太いのですか?」
困惑するルクレツィア。
然もあらん、今の彼女。否、彼は一瞬前とは劇的な変化を遂げていた。
剣を掴む手、腕。――――筋骨隆々で逞しく。
大地を踏みしめる足、――――こちらもまた。
当然、肩幅、胴回り、慎重、全てが逞しく成長し。
国内外から評判の制服、――中の太さに負けて弾け飛び。
辛うじて、スカートが局部を守って。
「――――…………あれ? 声が野太い? というか、え? 何ですこの手、腕も太い…………え、ええっ!? ええええええええええええええっ!?」
今のルクレツィアは、紛う事無く男。
しかも筋肉マシマシの巨体、先ほどカラード達がノした騎士達より勇壮で。
リヒト達は満場一致で感想を述べる。
「これが、蛮族って奴か」「ああ、蛮族だな」「ほぼ全裸の筋肉質の戦士、――蛮族ですね」
少女の時と変わらない髪の長さが、蛮族感を増している。
人は、人間は、ここまで変わる者なのだろうか。
「あくまで推測でしかありませんが。男になった事で、偶然、体の中に眠る勇者としての力が呼び覚まされたものかと」
「カラード様っ!? つまりわたしはどうなっているのですかっ!?」
「よかったですねルク、貴女の力は恐らく身体機能の向上。それも極めて高い効果の。さ、遠慮なく剣を使ってください新たなる勇者様?」
「目を反らしながら言わないでくださいよっ!! ううっ、こうなったらやるしかありません。――――魔力全開で行きますっ!! でりゃああああああああああああああああああっ!!」
自棄になった蛮族の一撃は、見事に地下深くまでの大きな亀裂を入れ。
「では行きましょうリヒト様」
「おわッ!? 抱えるなら一言くれッ!」
「そんな暇は無いのだ我が弟よ、時間がないぞ! 王女をぶん殴りにいざ行かんっ!!」
「はわっ!? ま、待ってください皆様っ!? ――ええい、女は度胸っ!!」
次々に地下に降りる三人、少し遅れて蛮族が気持ちの悪いしなを作って飛び降りる。
爆発まで大凡二十分、降って沸いた星崩壊の危機はこの四人の手に委ねられたのであった。
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