第22話 始祖 の 仕掛け
騎士達が緊迫した空気の中、王女プラミアは堂々たる態度。
その事に、リヒトは満足そうな笑みを浮かべた。
「――随分と余裕そうな顔だなリヒターテ」
「ええ、この国の者は優秀そうだと思って」
「ほう? その言い方ではそなたはこの国の貴族ではないと聞こえるが?」
「親に売られた時、既にアタシの心はこの国から離れているもの」
「なるほどなるほど、それはすまない事を言った」
バレているにも関わらず、嘘の経歴を述べるリヒトに。
承知の上でのるプラミア、空気は以前にも増して薄ら寒い。
「さぞや盛大なパーティだというのに、この期に及んで招待客の選別とは。――ククッ不安でしょう、恐ろしいでしょう、アンタは兎も角後ろのヤツ等は半信半疑。だというのに、ええ、立派に士気を保ってる」
「その口振りだと、我の懸念の答えを知っているようだな。是非とも同じ妻のよしみで教えてもらいたいものだ」
「回りくどい言い方をするわね、はっきり言ったら? ――――オマエは魔王の子なのかって」
その瞬間、殺気と共に剣先が一斉にリヒトへ。
後衛から炎の大玉が浮かび上がり。
間髪入れず、プラミアが制する。
「まぁまて、勇気ある戦士達よ。乾杯の合図にはまだ早い」
「あら、そんな事を言っていると役者が揃ってしまうわよ? 悪いことは言わないわ、アタシ一人でいる今が好機だとは思わない?」
「普通に考えればそうだろうな……だが、我は今一度問いたいのだ」
リヒトの挑発にプラミアは静かに答えた。
何を甘い事をと思ったが、彼女の顔はあくまで冷徹。
(王者の資質って奴かね?)
ならば正々堂々とリヒトも答えるのみ。
「――何でも言えよ、アンタに敬意を表して特別に答えてやる」
妖しい雰囲気を持つ金髪令嬢から出た男の声に、途端、プラミア以外から動揺が走る。
「……やはり、そちらが素か? 不思議なものだ益々惜しくなった」
「すまんな、オマエは好みじゃないんだ」
王女はリヒトの軽口に付き合わず、真っ直ぐに切り込んだ。
「――――魔王が子、リヒトとお見受けする。勇者の妻と偽り、我らが学院に潜入しての狼藉。何が目的であろうか」
偽りを許さぬ視線、付き合う義理はないがリヒトは敬意をもって即答。
「バカめ、オマエ等の勇者は節穴だぞ。俺の事を女と信じて疑わなくてな。お陰で入るのは簡単だった」
「………………我が勇者は少し、女人に弱いだけだ」
気まずそうに視線を反らし、憮然と言う王女。
後ろの兵らも同じで。
リヒトはクククッ、と嘲笑した。
「大変だなァ、男と女の区別が付かない阿呆の妻ってぇのは」
「ふ、女装する王子よりマシだと思うがな」
「――――ま、結局のところソレだわな」
続きを促すプラミアに、リヒトは虹の瞳を揺らめかせて吐き捨てた。
「狼藉? そんな生っちょろい言葉を使ってんじゃねぇよ、俺はな。親父を、魔王ナハトヴェールを殺された報復に来たんだ」
「宣戦布告にしては、少し手荒なのではないか?」
「バカだなオマエ、復讐に宣戦布告も何もあるかよ。こちらとら、勇者をぶっ殺す踏み台としてオマエを手に入れにきたてぇんだからよ」
「――――なるほど、愚問であった」
「聞きたいことは終わりか? あの世に招待される準備は出来たかい王女さんよ?」
リヒトの答えに、プラミアは細い剣を抜き。
同時に、騎士達が構える。
もう言葉は要らない、彼らはリヒトを殺すまで止まらないだろう。
そんな気迫、決死の覚悟がひしひしと伝わってくる。
「あらためて名乗ろう、魔王ナハトヴェールが子。リヒト・バースキン。キサマ等を破滅させる者の名だ」
続いて、空から現れリヒトの横に立つ者二人。
「同じく、魔王が子。オニキス・バースキン」
「リヒト様最愛にして、忠実なる従者カラードでございます」
人間の中でも次期魔王と予想されたオニキスの出現、そして得体の知れないメイドの登場に。
しかして騎士達は臆さず一歩踏み出して。
女傑二人は拳を握り。
「カラードッ! オニキス姉ッ! ぶちのめ」「――待った!!」
絶妙な間で放たれた制止、オニキスの自信満々な声に双方ガクっとたたらを踏んで。
「おい、おいッ!? ここは戦う場面じゃないのかよっ!? その為に来たんじゃねぇのかよッ!?」
「うむ、そうだが。……まぁ待て、こちらも一つ。様式美を忘れていたのだ。」
「さっき茶番に付き合ってやったろうがッ!? まだ何かあるのか?」
「すまぬな、役者を一人忘れていた。――おい、アレを連れてくるのだっ!!」
プラミアが指を鳴らすと屋上の扉が開き、中から騎士に連れられ手枷を填められたルクレツィアが。
彼女はプラミアの横に連れてこられると、その首に騎士の剣を当てられて。
「月並みだが、敢えて言おうっ! この者の命が惜しければ投降するのだっ! 抱いた女が死ぬ様は見たくないであろうっ!!」
「いや、好きにすれば?」
顔色ひとつ変えない即答であった。
流石にこれは、プラミアも想定外だ。
もっとこう、一瞬でもいいから躊躇いとか欲しかった所である。
「即答しないでくださいよっ!? この変態男ぉっ!? 処女奪って一晩で好みに染め上げた女の子ですよっ!? 復讐に利用できる女ですよっ!? ちょっとは躊躇ってくださいよっ!?」
「…………いえ、これは無いですわリヒト様」
「リーヒートー、お姉ちゃんも流石にこれは無いと思うぞ?」
「え、あれっ? 何で味方からも責められてるの俺っ!?」
困惑するリヒトに、敵味方から冷たい視線。
ルクレツィアに剣を突きつける騎士などは、ポンポンと彼女の肩を叩いて慰めて。
「いいですかリヒト様、確かに彼女は憎むべき勇者の妹で、利用価値があるからこそ手込めにしましたが、彼女はリヒト様の洗脳の穴を付き、自由意志を維持した上で此方に裏切る事を決意したのですよ? …………少しは助けようとはお考えにならないので?」
「そうだぞリヒト、ワタシ達の実力ならあの騎士が首を落とすより早く確保出来る事は、オマエも承知しているだろう。何故そう簡単に見捨てる?」
「最低ですリヒト様っ! わたしの純血を何だと思ってるのですかっ!!」
「最低だな魔王が子リヒト、…………ああ、我が夫レフと同じくらい最低ではないか?」
さりげなく流れ弾が勇者に、ともあれリヒトは声を大にして反論した。
「待て待て待て、俺は一言も見捨てるとは言ってない! 勇者に与える精神的打撃を考慮したまでだ! 仮にあっちが本気でルクレツィアを殺したとして、俺達は足手まといが減って、勇者の精神を揺さぶれるだろう!?」
「では、本当に殺意を持っていた場合は?」
「プラミアがそういう女だって、世間に広めればいい。だいたい、首が完全に離れなきゃギリギリ治療出来るじゃないか。死んだらそりゃあ、…………まぁ、髪を一房貰って気持ち切り替えるよ?」
「大丈夫ですかカラード様っ!? この男、自分の都合しか考えてませんよっ!?」
「で? 本音はどうなんですかリヒト様」
「いや、プラミアの脅しに乗るなんて、何か癪に障るじゃん?」
「あ、それ我も分かる。貴様が同じ事すれば同じように答えただろう」
「分からないでくださいプラミア義姉様っ!?」
緊張感が薄れていく場に、兵士達も顔を見合わせて。
「ええいッ! とにかくだ! ルクレツィアを殺すなら殺せッ! だがよく考えろよ! アレコレ理屈並べ立てても殺すのはオマエ等の都合で、オマエ等の自らの手だッ! その意味を理解しろッ!」
その言葉に、魔族の美麗な女達は。
「…………それなら、まぁ」
「おお、それもそうだな。うむ、流石は我が弟!」
「オニキス姉ぇは、もうちょっと頭を使ってくれませんかねぇ……?」
一方でプラミアはぐぬぬと歯ぎしりし、ルクレツィアに剣を向けていた騎士は、同僚に変わって欲しいと身振り手振りで無言の攻防。
(不味い、場の空気を持って行かれたっ! こうなっては士気も下がるし、ルクレツィアを利用するのは無駄か――)
ならば逆に考えるのだと、プラミアは毅然とした態度で義妹を指さした。
「よし、分かった! ルクレツィアよそなたが決めるのだ!」
「えっ!? わたしがですか!?」
「そなたが望むなら、我ら人類を裏切りあの男の下へ行くがよいっ! ……だがな、ルクレツィアよよく考えるのだ。これが最後の機会なのだ。この男の事は忘れ、我らと共に居るのだ。レフの妻にはもう成れぬが、良き嫁ぎ先を見つけてやろう。我は――――そなたを殺したくはない」
「わたしは…………」
悩むルクレツィアを、リヒトは冷静に見ていた。
(裏切ったら殺すが、こっちに戻ったら戻ったで、足手まといが増えるんだよな)
戦いになるのなら、彼女の決断の直後。
お嬢様育ちのルクレツィアは戦力になる筈がなく、もとよりこの状況ではリヒトも足手まといの類。
脱出の難易度が上がるのだ。
(仮にも王女だぞ? しかも勇者の妻になろうって奴だ。こっちの、魔族の胸囲を理解してねぇ筈が無いだろ。……十中八九、何か隠し玉がある)
カラードやオニキスに対抗出来る何か、この場に存在する戦力は捨て駒か。
或いは、彼らを強化する術があるのか。
相手の無能を期待するのは愚の骨頂、楽観視出来ず悩み答えを出す前に……。
「――――ごめんなさい、プラミア義姉様。わたしはもう、篭の鳥ではいたくないのです」
(ですよねー、そう答えると思ってた)
「うむ、よかろう。そなたの意志を尊重する。…………全力で行くが、死ぬなよ」
(ああ、うん、こっちも予想通り。つーか、対策何も考えてないんだけどっ!? もうちょっと悩め、隙を作ってプラミアの策を引き出させろよルクレツィアっ!?)
(何一つそんな指示を出していないのに無理では?)
(冷静なお言葉が嬉しいぞカラードォ!!)
本来ならば、心に感じ入るものがある大切な場面であろう。
現に騎士達の中には、うぐっ、と涙声を漏らす者まで出てきている。
ルクレツィアとプラミアは堅い握手を交わし、決意の表情。
リヒトとカラードはアイコンタクトで、あれやこれやと話し合い現状についての方針を一致させて。
「――――リヒト様っ! ただいま戻りました! また可愛がってくださいね! ね! ね!」
「テメェ! 足踏んでるんじゃねぇっ! ぐりぐり動かすんじゃねぇっつうの!!」
戻った途端、ルクレツィアはリヒトに抱きつき偶然を装い足を踏む。
その光景をプラミアは鋭い目で、しかして心は涙。
(最後に、良い思い出が出来た……)
リヒトの予想通り、プラミアにはとある策があった。
それが為されれば、メディスの欠片を持つプラミアでさえ無事かは分からない。
彼女たちの始祖が、勇者の裏切りを予見して作り上げた仕掛け。
それを、今。
「『滅びに対抗するは我らなりて』――――者共! 戦士として役目を果たす時が来たっ!」
プラミアはは剣を高々を振り上げて。
その瞬間、空気が変わる。
「――リヒト様っ!」
「分かってる、何が起きた!」
「これは…………っ!? そういう事ですか――」
始めに、学院地下から魔力が溢れ出して。
次に、空を封じるように結界が。
同時に、学院の外堀から壁がドーム状にせり上がって、瞬く間に空が無くなる。
「はァッ!? 聞いてないぞなんだこれッ!! 閉じこめられた!?」
「これはかなり不味いぞリヒトっ! アレを見ろっ!!」
「あうぅ、何ですかこれ、ちから、抜けて――」
「これはまた随分と、酷なことをするのですね人間は。――リヒト様、良い報告と悪い報告、どちらから聞きますか?」
学院が物理的にも、魔法的にも閉鎖されていく中。
カラードの問いに、リヒトは嫌な予感しかしない。
プラミア達が期を見計らう様に、襲いかかってこないのもそれを煽る。
「ハ! ご丁寧に事態を把握する時間をくれるってか? ああ、いいぜ。――良い方から頼む」
「では、魔力の流れから察するに。地下にある何かを壊せば学院の閉鎖は解かれるでしょう。力付くで突破するよりかは楽かと」
「それは朗報だ、先が見えるってのはいい。じゃあ悪い方は?」
「この結界は非常に強固な魔法で分析不可能です、壁もミスリルで出来ているかと。それこそ魔王様でなければ正面突破は不可能です」
「なるほど、取り得る選択肢は一つって訳だ。涙が出てくるほど有り難いってね」
そしてカラードはもう一つ続けた。
「では、最悪の情報もお聞かせしましょう」
「それ、最初に言うべき事じゃねぇのッ!?」
「カラード……、アンタの悪い癖だぞ。そうやってもったいぶるのは」
「な、なんでもいいのでぇ、魔力が抜けていくのどうにかなりませんか? うう、辛いです……」
ぐったりと座り込むルクレツィア、カラードは彼女を険しい目で見て。
「どうやら。全生徒がこの結界の維持に、魔力を吸われているようです」
「全部魔力を吸われたらどうなる? 結界が完成するのか?」
「恐らくですが、魔力の減り方から見て生存は考慮されていないでしょう。その命を以て、我々を滅する何かが発動するものかと。――ルク、感謝しなさいな。リヒト様が貴女を強く洗脳しているから、それで済んでいるのですよ」
「守るべき者を犠牲にしてまで、俺達を殺しに来てるって事かい。嗚呼、とんだ外道だなァ――カカカッ!!」
道理で手出しをして来ない訳だ、彼女達にとって時間こそ最大の味方。
無駄な時間が長引けば長引くほど、作戦の成功を意味する。
ならば。
「無駄にくっちゃべってる時間はもう無いって事だな、――――ぶちのめせ、カラードッ! オニキス姉ッ!」
「総員、死力を尽くして時間を稼げ!! 我らの死は国家の存亡にかかっている! ――突撃ぃ!!」
数々の雄叫びがあがり、そして戦いが始まった。
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