第20話 家族の肖像 或いは 女ふたり



 ここで過去の事を語らなければならない。

 リヒト・バースキンとカラード、オニキスの事を。

 魔王ナハトヴェール・バースキンが、金髪の赤子を連れてきた時。

 カラードは百歳、オニキスは五十歳であった。


 人の感覚でいえば、それぞれ二十歳、五歳であったが。

 ともあれ。


「よぉ、オマエら。今日からコイツはオレの子だ! 祝え! 新たな家族にッ!! つーか、オレの初恋の人の孫だかんなッ! 大切に育てるぞオマエらッ! きっと美形に育つが結婚はオレの許しがないとダメだッ!!」


「――では魔王様。この私、カラードめがこの子のお側に。命尽きて輪廻の輪に加わろうとも未来永劫お仕えします」


「あれ? ……カラード、ワタシは?」


「ふっ、オニキス様。友情より将来のご主人様、どちらが優先すべきか簡単な問題でしょう?」


「…………あー、成る程。慧眼だカラード、メディスカラード一族でも特に優秀なオマエがそう言うなら、こちらも異論はない。こちらもある程度口を挟むが、好きに育てろ」


「光栄の極み」


「ああっ!! 狡いぞッ! 親父殿! ワタシもこの子の姉として立派な魔族の戦士として育ててみせるっ!!」


 遠征先から帰ってきて一番、城門の前で交わされた会話がコレであった。

 魔族は皆知っている、――魔王の初恋の人物が勇者の女性だった事を。

 魔族は皆知っている、――勇者とは裏切りの魔王の血族。

 魔族は皆知っている、――メディスカラードの一族は魔王を『見出す』一族。


 魔王の帰還を祝っていた群衆も、兵も、当時の四天王も。

 誰もが口に出さず、そして、誰もが確信していた。

 この赤子こそ、どの様な形であれ魔族を導く存在であると。

 そして。


(リヒト……、そう、リヒト様と仰るのですね。嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、一目見ただけで分かります、その虹の瞳こそ何よりの証拠。――――私の『運命』)


(ちぇっ、結局ワタシは魔王の器じゃなかったって事だな。ま、薄々気づいてはいたが。…………しかし、気にくわないな。カラードを取られるなんて、――――精々ワタシ好みに育ってくれよ、未来の夫さん。……………………はぁ~~~~、可愛いなぁこの子!!)


 ここに、一つの問題が発生した。

 赤子であるリヒトを、将来の魔王として、伴侶として育てる気でいたカラード。

 同じく、将来の伴侶として確信したオニキス。

 共に養育を始めた二人であったが――――。


「オニキスっ! 勝手にオヤツを与えないでくださいっ! というか貴女、今日の授業はどうしたのですっ!!」


「授業なんて疾うに終わらせた。というか良いじゃないか、良く食べる子は良く育つっ!!」


「ばうー?」


「おっし、オレが高い高いしてやろうっ!! そぉーーれっ!!」


「魔王様っ!! 散々申し上げたではありませんかっ!! 人間の赤子を魔族の赤子と同じようにしないでくださいとッ!! ああもうっ! 城より高く飛ばしてっ!! 今参りますリヒト様!」


 色んな事があった。


「ねーねー、からーどぉ? いっしょにおふろはいろー? りひと、からーどのもこもこすきー!!」


「はい、ただいまリヒト様っ!! きれいきれいしましょうね」


「…………おい、年下趣味の嫁遅れ。せめて涎をかくせ。というかワタシも混ぜろ」


「おねーちゃんもいっしょーー!!」


 様々な事があった。


「は? オレが女の子の服着るのっ!?」


「うむ、リヒト。親父殿が酔っていてな……、なに、戦勝祝いとしてちょっと着てくれないか?」


「――リヒト様、流行のドレスをお持ちしました。サイズはばっちりですのでお着替えください」


「おい、前々から準備してたなオマエ?」


「オニキス、貴女もでしょう……。その手のワンピースは何ですか、オーダーメイドでしょうそれ」


 そして――――。


「ふふっ、リヒト様。お誕生日おめでとうございます。とっておきの贈り物があるので、今宵は就寝時間を少し遅らせて待っていてくださいませ」


「贈り物? 寝る前にか? オマエがそう言うなら寝ずに待ってるが、あんまし遅いと寝ちまうぞ」


「おい、おいっ! この痴女っ!! テメェマジか!? マジでやるのかオラァ!! このワタシの目の黒い内は許さないぞっ!!」


「ふふふっ、魔王様の許可は取ってありますもの。そ・れ・に、教育ですわ。きょ・う・い・く、――嗚呼、ついに、ついに――――」


「上等だクソアマッ! ちょっと面貸せよ! 城の裏来いやァ!!」


「万全を期して望むのが従者としての心得、良いでしょうオニキス、年長者として格の違いを叩き込んであげますっ!!」


「……………………頑張れよリヒト! きっと苦労するだろうが、オレは陰から応援してるぜっ!」


「親父? オレは何の苦労するんだ? というか誕生日の贈り物ってだけで、あんなに盛り上がるものなのか?」


 そして、次の日からカラードとオニキスの諍いは撃破し。

 ある日の事だった。


「あー、クソッ。これで七八六戦、三九二勝、三九二敗、二引き分け…………、カラードに勝つには力が足りないな。――あ、そうだ。親父殿がエルフから贈られたあの剣! ダメだったらリヒトに上げればいいし、ちょっと取ってくるか」


 すぐ帰るつもりで、誰にも行き先を告げずに城より遠方の砦(という名の危険物保管庫)に行ったオニキスは。


「――――ワタシは、誰だ?」


「くそっ、魔族め。こんな美しい女性も毒牙に…………っ!! 許さないっ!!」


 記憶を失い、そこを襲撃した勇者に拾われて。

 数ヶ月後、自分の父の死を邪悪が滅んだと喜んで。


 ――時は今に戻る。

 魔族一の女傑と、魔王が長子が睨みあって。

 二人はリヒトに向かって、己のペンダントを差し出す。


「リヒトと言ったな、これを持ってろ。喧嘩には邪魔だ」


「リヒト様、申し訳ありませんがしばしコレを持ってお待ちを。このバカ女の目を覚ましてきます」


「お、おう。あんま派手にするんじゃねぇぞ?」


 現在リヒトはルクレティアのペンダントを付けている、故にメティスの欠片は三つ揃った訳だが。


(これ、そのまま持ち帰って……、いや、そういう事を考えてる場合じゃないか)


 まるで決闘を始めるが如く、お互い無言で背を向け距離を取るカラードとオニキス。

 否、彼女たちにとっては確かに決闘なのだ。

 振り返った二人は、同時に踏み込んで。



「馬鹿オンナアアアアアアア!!」



「クソイヌがあああああああ!!」



 瞬間、ドンという鈍い音と共に地面が揺れる。

 彼女達を中心に風が吹き荒れ、校舎や寄宿舎の窓をビリビリと揺らす。


(最初から全力かよッ!? つーか防音とか結界とかしててもぶち壊れる威力だよねアレ!?)


 たおやかな白い右拳と、艶やかな褐色の右拳がぶつかって。

 ニィ、とカラードは。

 カカ、とオニキスは。

 獰猛に笑って。


「降参っ、するなら――今の内、ですよっ?」


「ぬかっ、せ…………てぇのォ!!」


 白と黒の、それぞれ趣の違う美脚が交差する。

 くるくると回るように位置を換え、白銀の髪が褐色の首に巻き付いたかと思えば、美しい額同士がぶつかり鈍い音。


 しなやかに繰り出される拳は、音を残し、残像を残し。

 妖艶に延ばされた脚部は、地面を太鼓の様に鳴らして。

 一つ一つが堅い城壁を穿つ衝撃、当然の事ながら綺麗に整えられた庭園は見るも無惨な姿に。


「だいたいっ! 記憶を失っても魔王の娘でしょう!! ほいほいと勇者の軍門に下ってるのがありえないんですよっ!!」


「知るかそんなのッ!! あんな綺麗な子を独占してッ! ムカツクなオマエ!!」


(うーん、これどうやって誤魔化そうか。興が乗って模擬戦…………通るか? いや駄目だろうなァ)


 メディスの欠片のお陰で、リヒトは戦いの余波から無傷。

 周囲を見渡して、盛大な溜息である。


「このっ! このっ! ちょっとはまともに喰らいなさいって!」


「可愛い顔して物騒な威力っ!! これだから年増はっ!!」


 地面はひび割れ芝生は吹き飛び、迷路を構成する生け垣など、もはや影も形もない。

 ――オニキスの頭部に、二本の角がうっすらと。


(コイツらが全力で暴れても、城の訓練場は壊れなかったんだよな……、これだから人間の施設は。いや、ボヤいてる場合じゃねぇか。――あ゛~~、もう、どうしろってぇんだよォ!?)


 ペンダントを外している今なら、魔眼が効くというものだが。

 文字通り人外の領域の戦闘に割ってはいるのは、躊躇しかない。


(下手打つと後が怖い……というか、動きが早すぎて目を合わせる自信ねぇぞ)


 東屋の柱が一本二本と削れ、抉れ、倒壊する音はさぞや大きいと思いきや二人の打撃音の方が大きい。


(しかしまぁ、これを取っかかりにプラミアをなんとかすれば、残るは二人と勇者のみ。うん、此処に来て数日の成果とすれば上出来なのでは?)


「魔王が娘! オニキス! 貴女も魔族の端くれならリヒト様の力になりなさいっ!」


「誰が魔王の娘だってッ!? 覚えは無いがしっくり来るッ!! けどッ! 知らないと言ったら知らないッ!!」


「知らないと言ったか鬼めぇえええええええええ!!」


 開始から続く膠着状態、そしてオニキスの言葉にカラードは激怒した。

 記憶が無い、そんな事は言い訳にすらならない。


「貴女はリヒト様の姉でっ!! そして魔王様の御子! 記憶は無くとも魂で理解してるはずですっ!!」


「今のワタシはメノウ! 魔族の王の娘だとか知らないッ!!」


「ではっ! その頭の角は何ですかっ!! 魔王が一族、鬼である証の角はっ!!!!!!」


「ッ!? これは――――ィ、ガッ、ギィィッ!?」


「動揺したっ!! 体が覚えてるんですよっ!!」


 月夜に照らされて、カラードの強烈な右がオニキスの腹に入る。

 吹き飛ばされた彼女は、腹と、そして頭の角を障り。


「……ワタシ、ワタシは? メノウ、オニキス、いやメノウ――――?」


(勝負あったな。カラードの勝ちか)


 よろよろと立ち上がり、オニキスは頭をゆるく横に振り。


(な、なんだこの記憶は? 本当に? あのオンナの言う事が?)


 金髪の赤子を大事に抱き抱える自分が居た。

 勇者に頭を撫でられ、赤面していた自分が居た。


 金髪の少年の笑顔に、嬉しく思う自分が居た。

 勇者に夜を迫られて、『違う』と拒否した自分が居た。


 金髪の少年と銀髪の従者が笑い合っていて、胸を痛めた自分が居た。

 剣を取り、直後に砦を消し飛ばす爆発に倒れた自分が居た。


 メノウの思い出と、オニキスの思いでが次々に思い出され。

 やがて、メノウの思い出は終わり。

 ――残るは、オニキスとしての。


「…………アア、アア。そうか、ワタシは」


「オニキス、目は覚めましたか?」


 目の前で微笑むカラードに、オニキスは笑った。



「カラード。――オマエの忠義、大儀である」



 魔王が子、オニキスが復活した瞬間であった。


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