第19話 変わらぬ もの



 という訳で食事の後である。

 リヒトはカラード達と別れ東屋へ。


(おい、おい。部屋に居ろっていっただろうが……まぁいいか)


 生け垣の迷路、その壁越しに感じる二つの気配。

 どうやらカラードと一緒にルクレツィアまで居るのだろう。


(アイツがいるし、悪いことにはならないだろ)


 むしろ、プラミア攻略の手掛かりを会話の中から掴んでくれるかもしれない。

 そう前向きに捉えながらリヒトは東屋にたどり着いた。

 中には明かりが灯され、変わらず甲冑姿の人物。


「あら、待たせたかしら?」


「淑女を待つのも騎士の役目、さ、食後の珈琲を用意してある、ゆったりと話そうじゃないか」


 妙に好意的な声色に一安心する反面、奇妙な嬉しさと悲しさを感じた。

 この学院ではお茶といえば紅茶が主で、珈琲派のリヒトとしては少し物足りなさを感じていたのだ。

 父の死以降は飲む機会がなかったし、そもそもリヒトが珈琲を飲むようになったのは。


「――――変わらないな」


「ん? 何か言ったかリヒターテお嬢さん」


「美味しいって言ったのよメノウ、……ああ、実家にいた時ぶりね珈琲なんて」


 魔王が長子オニキス、彼女が好んで愛飲していたからだ。

 記憶を失っても変わらない、酸味が少なく苦みが強い珈琲の味。

 それを十分に堪能してからリヒトは問いかけた。


「……ご馳走様。しかし器用ね兜を脱がずに飲めるなんて」


「リヒターテ嬢程ではないが魔法は使えてね、ちょっとした工夫を凝らしてるのさ」


「それって物質を透過させたり、空間跳躍させてるって事でしょう? どれだけ高度な事をしてるのよ。アンタこそ王城の魔法使いを指導したら?」


 そういえば、姉も妙に器用な所があったとリヒトは思い出した。

 魔法の腕こそカラードに一歩劣るものの、魔力の出力で言えばオニキスに軍配が上がる。

 つまり、魔王の娘に相応しい高出力と、魔族の中でも天才と名高いカラードに付いていける魔法の腕があるのだ。


「――いえ、ちょっと待った。アンタの鎧、金属じゃなくて魔法の産物じゃないの?」


「おお、良く気づいたな。勇者様以外ではキミが始めてだ」


「でしょうね、物質化する程に超高密度で魔力を圧縮するなんてデタラメ、そうそう気づけないってぇの」


 リヒトは嘆息した。

 もっと早く正体が分かっていれば、勝負で敗北しかける醜態も無かっただろうに。


(――てぇと、アレか。記憶と共に魔法の腕も落ちてるなコリャ)


 もしメノウがオニキスの記憶と術があったのなら、水の柱など発動と共に相殺されていた筈だ。


(まぁでも、それを織り込んでカラードがオニキス姉ぇの魔力の波長を俺の魔眼と合わせて…………うん、イケるイケる。それでも俺達の勝ち――じゃねぇよ? 何暢気にくっちゃべってんだよ俺)


 ふと我に返り、リヒトはメノウを見据えた。


「――それで、話って何? そろそろ本題に入りましょう」


「お嬢さん、お前の正体は何だ?」


 さらりと出された言葉に、リヒトは返答に困る。

 とはいえ、今出せる言葉は一つしかない。


「リヒターテ・オーンブル、家族に売られ魔族の城の牢に捕らわれていた哀れなお姫様よ」


「嘘だろう、それ」


「……決めつけるのが早くないかしら? アンタ達だって、ちゃんと裏を取ったんでしょう」


「生憎と、見たことを信じる主義でね。――お嬢さん、キミは『違う』」


「『違う』? 何がよ、どっからどう見ても人間の女の子でしょ」


「それも『違う』」


 断言された言葉に一瞬、リヒトの虹の瞳が動揺を見せた。

 誤魔化すべきか、言い返すべきか。

 不敵な笑みを浮かべてリヒトは微笑む。


「――――嗚呼、本当にオマエは……、何処で分かった?」


 元の声に戻した途端、生け垣の壁の外側から息を飲む気配が一つ。

 後でルクレツィアはお仕置きだ、と心にメモをし気づかない振り。

 また、メノウもちらりと一瞥して苦笑し。


「キミは完璧だったさ、ワタシも今朝までは疑っていなかった。――ルクレツィアお嬢さんを目にするまでは」


「………………あー、それは盲点だったな。だが、どうする? 俺は勇者様直々に寄越された人間だ、――ルクレツィアの婿に選ばれたんだ、と言ったら?」


「それも『違う』 お嬢さんは彼女の事を好きでも愛してもいないだろう? まして、誰かに言われて肉体関係を持つような手合いでも無い」


「ハハッ、まるで俺を良く知っているような口振りじゃあないかッ」


 リヒトの咎めるような口振りに、メノウは素直に吐露した。


「――それなんだ、今回の話の一つは。リヒターテ、キミを見てるとなくした記憶が疼くんだよ」


「自分が何者か知りたいと?」


「ああ、自分で言うのも何だが。ワタシは強い、それこそ勇者様が仲間に誘うぐらいに」


「だろうな、俺の知ってるオマエは強い」


「そして、この剣だ。――知っているんじゃないか? この剣の力とその代償を」


「知っているさ、勿論。俺も欲しかったからな」


「なら…………」


 次の瞬間、メノウは兜を消した。

 魔力で編まれたそれは、空に溶ける様に薄れ。


「――――嗚呼、やっぱりその顔の方が似合うよ」


「見覚えが、あるのだな」


 現れたるは、凛々しく気の強うそうな女性。

 褐色の肌に、夜の色をした長い髪。


「少なくとも、以前は毎日のように顔を合わせていた」


 家族であった、姉であった、とは言わなかった。

 物事を直感的に判断する姉の事だ、その答えを正しいと判断するかもしれない。

 だが、言えなかった。

 代わりに、一筋の涙が頬を伝う。


「…………きっと、ワタシは愛されていたのだろうな」


「ああ、(姉として)愛していた」


「そうか、――――では」


 メノウはリヒトの手を両手で堅く握り。




「どうだろう。今夜は朝までワタシの部屋でしっぽり過ごそうじゃないかッ!!」




「どっからその結論出したッ!?」




 慌てて手を振り払うリヒト、対してシュババと隣に陣取り両肩を掴むメノウ。


「キミを見てるとな、こう、ムラムラしてくるんだッ!! なぁに、キミがこの姿が嫌なら、あの剣の力で男になってからお相手しよう! 大丈夫だ! ワタシは男でも女でもキミを愛せる自信が何故かあるッ!!」


「どこか記憶が無いんだバカ野郎ッ!! 言動が一切変わってないじゃねぇかッ!? 離せッ! 俺は帰るぞッ、オマエが迫ってくるとカラードの機嫌が悪くなるてーんだよッ!!」


「あの妙ちくりんな狗の事なんて無視して楽しもうではないか、だいたいアレは使い魔とは名ばかりの魔物だろう? ふふ、どうやってここの門を潜ったか、ワタシのベッドの中で手取り足取り教えて貰おうじゃないか…………オラっ、抵抗するな子猫ちゃん」


「カラードッ!? 助けろカラードッ!? 記憶が無い分、余計にバカになってるんだけどこの愚姉ッ!?」


「愚姉? ああ、しかし肌の色も顔の形も――成る程ッ!! もしかして義理の姉妹とかだなッ!! ならばなおさらワタシの事をねっとりと教えて貰わなければ――――!!」


 メノウの手が、リヒトのスカートの中に侵入した瞬間。


「――――そこまでです騎士メノウ。……否、オニキス」


「オニキス? ああ、ワタシの本当の名か。……いやはや、これはまた若作りの過ぎた年増――いや、なんだこの感想、だが確かに…………、リヒターテの使い魔モドキだな?」


「貴女は本当に……記憶を失っても変わりませんね」


 静かに怒気を孕む白銀の美少女。

 なお、人の姿でいうとリヒトと変わらない年頃の様に思えるが。

 彼女の年齢は百一七歳、リヒトとは実に百歳差である。


 そんな麗しの従者はメノウ(仮)に、中指を立てて言い放った。

 その瞳は闘志と嫉妬に溢れている。


「リヒト様は未来永劫、魂の輪廻の先も私のモノです。――貴女も女なら拳でかかってきなさい、そのスカスカの頭をぶん殴って記憶を戻してさしあげましょう」


「ハッ! 失った記憶がオマエと殴り合えって叫んでるッ!! 先の負けを返させて貰おうじゃないかッ!!」


「あ、ダメな感じだコレ」


 ふしゅるる、と仁王立ちで拳を構えるカラード。

 クハハハ、と手刀を構える記憶のない姉オニキス。

 魔王城で何度も見た光景に、リヒトは頭を抱えるしかなかった。

 ――――生け垣の壁の外にあった二つの気配が消えているのにも気づかずに。


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