第18話 聖護メディスカラード
休日の次は当然ながら平日。
魔族でいう月曜日、当然の事ながら学院の授業があり。
(そうそう、リヒト様。間違っても月曜日なんて言わないように)
(ああ、魔族の方は守月の日を月曜日って言うんでしたっけ。だから時々言葉に詰まって……)
(言うの遅くない? もう放課後だよね、俺何回か言いそうになってカラードに叩かれたよね? そんとき言ってくれない?)
変わった事といえば、魔法による秘密の会話にルクレツィアが加わった事だろうか。
「――いえ、ルクレツィアは普通にお話しません? 端から見ればじとっと見つめ合っていてあらぬ噂が……」
「ほら、またリヒターテ様とルクツィア様が見つめ合って」「きっと何かがあったんだわ」「……羨ましい」「も、妄想が滾りますわっ!!」
「ふふっ、申し訳ありませんリヒターテ義姉様。何せ義姉様の顔はとても好みなので」
放課後とはいえ授業が終わったばかり。
元・哀れな少女の言葉が放たれた途端、クラスメイト達がざわめく。
「ルクレツィア…………」
「いえ、変に距離を取るより、仲が深まっている事を見せたほうが良いではありませんか? それに、うふふっ、少し困り顔の義姉様、素敵です」
(――ルク、貴女にはカラードポイントを一つ上げましょう。百点貯めるとご褒美です)
「…………いや、何よそれ」
ご褒美! と目を輝かせる栗色の髪の少女。
そしてその頭の上で偉そうにふんぞり返る、白いふわふわな子獣。
リヒトはちょっと寂しいとか、思ってはいない。
「それで、これからどうしましょうか。聞くべき事は聞いたし、プラミア王女と『仲良く』したいのだけど」
「それなら、こうしていれば――」
待っているだけで王女が来るのか? 疑問に思ったリヒトが詳しく聞こうとした瞬間。
「――我、高貴なりて美しき炎の女神の如き美少女! プラミア王女が四年次のクラスに参上! 皆の者よ! チヤホヤして出迎えるがよいっ!!」
「おーっす、未来の正妻候補チャンピオン。迎えに来たぞ」
がらがらっ、と勢いよく扉を開くは王女プラミアと騎士メノウ。
「あねっ、――ゴホン。騒々しい登場ねプラミア? 何かご用?」
(うーん、記憶を失ってもオニキス様はお変わりない、東屋の態度はやはり余所行き用でしたか)
そもそも、男勝りの性格だ。
本当に男になってしまったのならば、記憶喪失も合わせて見抜く方が無理だ。
リヒトとカラードが微妙な顔をしたのに気付き、プラミアは胸を張る。
「おお、メノウの態度が不思議か? 無理もない、我が騎士らしくするように言っておいたのでな、これが素だ。慣れたら意外と味があるぞ」
「……でしょうね。というか質問に答えなさいよ、また喧嘩でもふっかけに来た?」
「なんと? ルクレツィアは話していないのか?」
「申し訳ありませんプラミア義姉様、リヒターテ義姉様にお兄様の事を聞いていたらつい、話すのを忘れてしまって」
「それは狡いぞルクレツィア!? 我もリヒターテがどう口説かれたのかしりたいのだぞっ!?」
さ、さ、話すがよい、と詰め寄る赤い情熱の少女に、騎士メノウから制止がかかる。
「姫さん姫さん。用事を忘れてる、話すのはアッチでいいだろう」
「うむ、そうだったなっ!! ――騎士メノウよ、やはりそなた、我が夫にではなく我の親衛隊の入らぬか? 隊長も将軍も思いのままやろうぞ?」
「ありがたいお話ですけど、ワタシは勇者様の剣なのですよ。――さ、リヒターテ様、ルクレツィア様、参りましょうか」
「参るとしようぞっ!! ではな皆の者よ! 我が勇者様の妻の一人であるリヒターテと仲良くしてやってくれっ!!」
そしてリヒトは右手をプラミアに、左手をルクレツィアに引かれ、クラスから連行されたのだった。
□
「生徒会室? ――ああ、そういえばそんな話があったわね」
「もしや忘れてたのかそなた!? 大勢の前で受け入れといてうっかりさんだなぁ……」
「こっちに来たばかりで大変なんだ、そういう事もあるさ。な、リヒターテ」
「そういって貰うと助かるわ、――けどこれは?」
部活動専用校舎の一階中央、部屋の扉には確かに生徒会室と書いてあった。
だが。
(どちらかと言うと……研究室の様な設備ですね。書類仕事をするような所には見えません)
(だよなぁ……。生徒会室とは名ばかりのサロンを想像していたが。いったい何をしてるんだコイツらは?)
室内には六人分の机と椅子、壁には蔵書。
そこまではいい。
各々の机の上には薄汚れたビーカーや試験管、すり鉢やランプ。
各種薬剤や――奥にはスライムの入っている桶。
(このビーカー……魔族製です、けれどかなり古い。いったい何時の製造でしょうか。一応保存の魔法が施されてますが、拙いから消えかかってますし)
(そういや惑星侵略初期に裏切り者が居たんだったか? そいつの持ち物……にしても新しくするだろ普通)
(あの、さらっと新事実を言わないで欲しいのですがカラード様、リヒターテ義姉様?)
訝しげな視線のリヒトと、驚きを隠そうと必死なルクレツィア。
「どうした我が義妹よ? 見慣れているであろう?」
「い、いえ。あらためて見ると伝統を感じてしまって……」
「うむ、うむ。そうであろう! 聞くのだリヒターテよ! これらの品はな! 初代勇者様の妻から代々受け継いで使っている歴史ある品々よ! 大切に使うのだっ!!」
「使う? この古ぼけた器具を? いったい何に…………」
リヒトの言い分に苦笑したプラミアも、うむと苦笑して。
「まぁそう言うな、我も新調して良いと思っているのだがなぁ、先代達も思い入れが強いし、同じ物が作れないので仕方ないのだ」
「こんな硝子の器ひとつ? そんなに――」
(リヒト様、これ一応こちらの薬剤師専用の品ですよ、素材に魔法の式が練り込んであります)
「――ああ、調合専用の魔法が硝子に入ってるのね。中の式が分からなければ複製も出来ないか」
カラードの説明をさも自分が気づいたようにリヒトは述べる。
当然、リヒトが高い実力を持つ魔法使いだと信じているプラミアは目を見開いて驚いた。
「なんと! リヒターテはこれが理解出来るのかっ!?」
「ええ、目が良いからねアタシは」
「成る程、そなたの力の一端はその虹の瞳か。では同じのを作れるか?」
「ある程度の時間と材料をくれればね。――それで、生徒会室とは名ばかりの研究室でアタシに何をさせようって言うの? まさかこれで書類仕事とか言わないでよね」
プラミアは満足そうに頷くと、首から下げたペンダントを取り出して。
「このペンダントの事は聞いているな」
「ええ、勇者が妻に送るペンダントでしょう? 確か……。聖護メディスカラードだったわね」
「――? うん? 我の聞いている話と違うな、メディスの欠片というのではないのか?」
リヒトは心の中で盛大に舌打ちした。
忌々しいので普段はペンダントとしか呼んでいないが、聖護メディスカラードという名称はカラードが突き止めた魔族での正式名称。
メディスの欠片という人間側の名前をすっかり失念していたのだ。
(言ってしまったものは仕方ありません。適当に誤魔化してください)
反射的にリヒトは不敵に笑い、パッド入りの胸を張った。
「すまないわね、伝えるのを忘れていたわ。――と言っても、アタシも学院に来る馬車の中で知った事だから、誰かに言うのは初めてなんだけど」
「なんと! リヒターテはこの手の知識にも詳しいのかっ!! ううん、そなたを魔族に売った者達は浅はかで愚劣としか言いようがないな……、既に殺されているのが――――。ああ、すまない、他ならぬそなたの前で」
「いいわ、済んだことだし。アタシの知識が勇者様やみんなの役に立つならそれで良いのよ」
少し悲しげに笑う金髪美少女(偽)に、プラミアはこのような優しき者を試すとは……我は節穴であった! と感極まり。
カラードとルクレツィアは、若干呆れた視線を。
そして――その光景をメノウは静かに観察していた。
「お嬢さんがとんでもなく有能なのは分かったが、姫さん、そろそろ本題に入ろう。そろそろ作業に入らないと夕食に間に合わないぞ?」
「おお、すまぬなメノウ。――ではリヒターテよ、今から我らと一緒にレフに送る薬を作ってくれぬか?」
「薬を? っていうか、ペンダントは何のために使うのよ。薬に関わる機能があったかしら?」
首を傾げるリヒトに、ルクレツィアが答えた。
「あら、リヒターテ義姉様にも見落としがあるのですね」
「いや、薬を前にしないと発動しない魔法であると聞いているし、我らもメディスの欠片を全て把握している訳でもないからな、見落としもあるであろう」
「話が脱線しているぞ姫さん、――こういうと誤解があるかもしれないが。ワタシ達の勇者にはな、……弱点があるんだ」
メノウの言葉に、リヒトの耳がぴくりと動く。
それは是非とも知っておきたい。
ともあれ、騎士の言葉を。プラミアが少し暗い表情で引き継いだ。
「勇者が絶大な力を持っているのは、そなたも承知の事だろう」
「何? あの力は薬で無理矢理引き出しているとでも言うの?」
そうであるならば、薬が勇者に届くのを妨害すれば復讐はしやすくなる。
「――逆なのだ。大きすぎる力は勇者といえど耐えきれない。故に、歴代の妻と仲間は勇者の命を存続するため、メディスの秘薬を作るのだ」
(……え? そんな――……いえ、そういう事ですか)
(カラード?)
(不確かな事なので、確信が持てたらお話しします)
忠実なる部下がまたリヒトに嘘を付いた。
だが、彼女がそう言うなら男として信じるだけだ。
何食わぬ顔で、リヒトはプラミアの言葉に頷く。
「理由は分かったわ、そういう事なら全力で協力する。――さ、手順を教えて。最高の物を仕上げてあげる!」
「そう言ってくれると信じていたぞ! では早速、……ああ、そなたスライムは平気だな? 驚きの事だが実はスライムは薬の材料に――――」
プラミア達から教わり、メディスの秘薬を作る一方。
カラードはとある事を確信していた。
(メディスの秘薬――成る程、『首輪』ですか。ふふっ、こんな扱いとは勇者も報われない)
この場でカラードだけが知っていた。
勇者は己の力に耐えきれない。
――――それは真っ赤な嘘。
もしそれが本当であるならば、そのメディスの秘薬とやらが生きるのに必要ならば。
――――リヒトは疾うに死んでいても不思議ではない。
そして秘薬の材料は、長年飲み続けて漸く僅かな効果を発揮する、――毒。
更に最終工程、出来上がった秘薬にペンダントをかざして祈る。
一見、薬に魔法がかかった様に見えるだろう。
だが、――――それも嘘。
(器具を変えないのは嘘に気づかせない為ですね、魔力を込めてペンダントをかざす、という行為反応して薬を光らせているだけ)
そして、ペンダントにこそ意味がある。
元々のペンダント、聖護メディスカラードの機能の一つ。
装着者の力を、空間を越え勇者へ譲渡する魔法。
(六つに分割して効果は落ちていますが……それ自体は有効。恐らく勇者の急激な成長の絡繰りはコレでしょう。――恐らく、彼方に居る勇者の仲間に正しく使える者が居た。口惜しい、一つでもあれば魔王様が負ける事は無かったでしょうに)
とても強力で有効な機能――だが、細工がしてあるのだ。
勇者の体力を削るように。
遅効性の毒、メディスの欠片による体力減少。
これらの証拠から得られる結論など一つしかない。
(いかに魔族に勝つためとはいえ、魔王を倒せば英雄など邪魔なだけ、倒せなければ早死にさせて次の勇者を。まさに『首輪』――ええ、あの子も勇者も道具に過ぎないようね)
カラードは若干の苛立ちと共に、心の中で吐き捨てた。
彼女の名前の由来であるカラード、それはかつて一族が失った秘宝・聖護メディスカラードから来ている。
それを敵に良いように使われて、面白い筈がない。
(さしあたって、――ああ、リヒト様。今日の所は手順通りにお願いします、これは毒なので間違っても飲まないように)
(となると配送の妨害も無用か。後で詳しく聞かせろ)
三時間程の作業の後、寄宿舎の食堂に連れだって向かう中。
「リヒターテお嬢さん、食事が終わったら少し話がある。――いいか?」
「アタシと二人で? ルクレツィア達もも一緒?」
「勇者様には悪いがお嬢さんだけさ、念のためカラードちゃんも遠慮して欲しい。――そうだな、東屋でどうだ?」
「…………そう、カラードも。分かったわ、では食事の後で」
使い魔という事になっているカラード抜きで、とても怪しい誘いではあったがリヒトは首を縦に振った。
(カラード)
(はい、何時でも駆けつけられる様、近くで待機します。……用心してください、後でレイピアをお渡しします)
(使う機会がなければ良いがな)
記憶を失っている姉に、リヒトは複雑な視線を向けた。
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