第14話 勇者 の 仲間
使い魔を抱きしめて踞る姿に、メノウは決着が決まったと考えた。
昨日の話が確かなら、かの使い魔はもはや使い魔の域を越えた別個の生命体。
金髪の少女の、大切な存在だ。
(流石に、心が折れたか?)
小さく震える背は、戦いを続行する意志は見えず。
メノウはプラミア王女に、決着の宣言を視線で促す。
しかし彼女は首を横に。
(あくまで向こうから言わせる、か。中々厳しいお方だ。……だが、それでこそ王族か?)
この場合、慈悲をかけるのとどちらが良いのだろうか。
そんな事を考え出した瞬間であった。
「――立ったか」
ゆらりと少女は立ち上がり、その下で白い小動物がしっかり立っているのに安堵を覚え。
――――まだだ。
金髪の美しい少女は、その世にも珍しい虹色の瞳は闘志を喪っていない。
それどころか、先ほどよりいっそう迫力を増し。
(成る程、こちらが『本性』か。青い、だが有望だ)
メノウはその姿に好感を覚えると共に、既視感に襲われる。
見たことの無い、肌の黒い大男が後ろに立っているような。
心に焦りが少しだけ。
かの騎士には勇者に拾われるまでの記憶がない、もしかしてこの少女が関係しているのだろうか。
「後で聞くか。――おいっ! まだやるのかっ!」
騎士の呼びかけに、リヒトは答えた。
虹色の瞳は爛々と輝き、声は背筋が凍る程冷たく、しかして熱く。
「すまないわね、騎士メノウ。アタシはアンタを舐めてた、勝負に本気ではなかったわ」
その言葉に、観客はどよめく。
あれで本気ではなかったのか、虚勢を張っているだけなのではと。
メノウも意見は同じだった、だがリヒトの姿からは本気しか伝わってこない。
「こんな茶番だ、責めやしない。…………やるのか?」
「――ええ、ここからは容赦しない」
その言葉が発せられた瞬間、戦いは再開された。
リヒトは幻惑で分身を作りだし、カラードは多種多様な魔法を繰り出して。
「大層なこと言っといて、さっきの繰り返しか!」
「そう思って油断しときなさいッ! カラードッ!!」
(御武運を)
違うのは一つ、カラードが転送したレイピアを右手で握りしめ。
「ハ、そんな細い剣で何が出来る!」
「鎧の隙間を狙うくらいわねッ!」
リヒトと共に襲いかかるは先程と同じ魔法――ではない。
どれも掠っただけで生身の者が死ぬような威力、それが。
「正気かお前っ!? 死ぬつもりかっ!!」
「ご生憎様ッ! 魔法は得意なのよッ!!」
避ける場所がないくらいに広範囲に、無差別に放たれたように見えた。
死ぬ事も恐れず、一心不乱に。
(――違う、お嬢さんの眼は正気だっ!)
(カラード、お前に感謝を――――!)
メノウが魔法を切り裂く、リヒト共々巻き込む剣線は、しかして掠りもせずに。
鎧の『護り』で貫通こそしないが、間接部の隙間に鋭い一撃が入る。
「――容赦ないなっ! ワタシじゃなけりゃ深手だったぞっ!」
「アンタこそっ、一歩間違えればアタシが死んでるじゃないのッ!!」
二人を囲むように燃えさかる炎の渦、その中から放たれる無秩序に見える雷撃。
降り注ぐ巨大な氷柱、地面は揺れて割れて。
「ククク、アハハハハハッ!! どうしたメノウ! 動きが鈍っているわよォ!!」
「馬鹿言え、お前こそそんな攻撃じゃ何時まで経っても通らないぞっ!!」
先程よりも迫力のある光景に観客は沸き、ただ一人王女だけが疑念を抱く。
(おかしい、これだけの力を持つ者が、どうして魔族に捕まっていたのだ? そもそも、何故こっちにまで話が来ていない)
リヒターテのこの戦いぶりを見れば、噂にならない方が不自然だ。
そもそも。勇者の仲間、灼炎の魔法使いリプカでさえ、一度にこんなに魔法を使えない。
そして、魔法を使いながら剣で戦う事など出来るはずがない。
(レフよ。……お前はこれを知って寄越したのか?)
彼女に実力はそのまま四天王に通じるだろう、だがそれをしなかった。
力を隠していたのか、それとも王都にこれだけの戦力が必要となる事態が訪れるのか。
「…………結果がどうであれ、手元に置いておく必要があるな」
「はい? プラミア義姉様、何か仰りました?」
「いや何、どちらも見事な戦いっぷりで感心していた所よ! フハハハ、これなら人類が魔族から完全勝利するのもそう遠くないなっ!!」
プラミアが思考を巡らす一方、戦いは次の段階へと移行しようとしていた。
(コイツの癖は見切った、――だいたいオニキス姉ぇと同じぐらいだッ!)
(了解です、こちらは下準備が終わりました)
(ああ、存分にやれ――――)
高度な攻防の中、騎士メノウはリヒト達が何かを狙っているのに気づいていた。
巨大な氷柱は急速に溶け地面が泥濘、雷撃の余波で凸凹に。
(回避しずらいっ! この剣でも防げない一撃を狙ってるっ、だがその直前にお嬢さんは退く筈だっ、そこで決める!)
(なんて、考えてるんだろうなァ! 甘いんだよっ!!)
リヒトはわざと大きくレイピアを振るって。
「罠だろうがっ!!」「カラードッ!!」
それを見逃さずメノウがレイピアを弾き飛ばした瞬間であった。
「~~~~っ!? ガボガボガハッ!?」
突如として足下の水が膨れ上がり。
(水中で、お前の鎧は息継ぎまでしてくれるか?)
(迂闊っ、この手があったか!!)
リヒトとメノウは、カラードが作り出した巨大な水の円柱に捕らわれる。
(今だッ! やれェッ!!)
(その顔、見せてもらいますっ!)
(兜が――ッ!? だがそれがどうしたッ! むしろ動きやすくなった!)
カラードが水流を操作し、メノウの兜を取り外した瞬間。
騎士の剣が目映い程に輝いて。
(ハンッ! やっぱ奥の手が。いや、魔法を斬った仕掛けがあったかッ!)
(当てやしない、だがこれで決着だ――――)
次の瞬間、剣から放たれた斬撃は水円柱を切り裂いて。
(はぁっ!? 『空間』ごと斬ってっ!?)
(それぐらいするよなァ!)
((でも!!))
カラードは水を消し去り、リヒトの虹色の瞳が輝いて。
(俺の軍門に――――)
「――――ガァああああああああっ!!」
洗脳の魔眼、再び防がれて。
騎士メノウが瞬時に瞼を閉じ、剣で太股を突き刺したのだ。
(コイツ、力技で破りやがったッ!? 見破られていたのかッ、俺の魔眼ッ!!)
リヒトの洗脳の魔眼は強力無比。
一度眼を合わせれば即座に、全てを奪われてしまう。
だが、――たった一つ。
たった一つだけそれから逃れる方法がある。
眼を合わせる一瞬、光が到達する時間よりも早く眼を閉じ、何らかの方法で自分の意識を強く保つ事だ。
それを、たった一回の戦いの中で思いついたというのだろうか。
「だが、カラードッ!!」
(お任せあれっ!)
しかし、魔眼の失敗を考慮に入れないリヒトではない。
前もって動いていたカラードが、空間を裂く剣を口に挟んで奪取しリヒトに渡して――――。
「――――アタシの勝ちね」
「ああ、ワタシの負けだ――――」
勝敗は決した。
少女の突きつける剣の前に、太股を抑え踞る騎士。
プラミア王女が悔しそうに勝敗を叫ぶ中、リヒトはメノウの傷を癒すべくカラードと共に側にしゃがみ。
「――な、んだ? これは」
(この顔は――――)
リヒトは激しく動揺した。
深い褐色の肌、艶やかで長い髪。
魔族の証である角こそないが、その声、骨格は確かに男ではあるが。
(オニキス、姉ぇ……?)
(――っ!? ~~~~ぃ!! リ、リヒト様っ!? この剣、この剣を見てください)
(なんだカラード…………まさか――――――)
握ったままの剣をまじまじと見て、リヒトはぐにゃりと目の前が歪む感覚に襲われた。
気づくべきだった、思い返せば手掛かりは昨日からあったのだ。
(道理でかわせる筈だ、俺の眼が通じない筈だッ!! 嗚呼、嗚呼、嗚呼、やってくれたなァ勇者ッ!!)
(確かに、エルフの鍛冶師が魔王様に献上した物ですっ!!)
リヒトの脳裏に魔王ナハトヴェールの言葉が蘇る。
かの剣は、空間を斬るという破格の力を持つ代償として。
(――性別が、反転する)
戦慄くリヒトを前に、自力で魔法による治癒をこなしたメノウが握手を求めた。
「強いなお前、いやぁ完敗だ」
「あ、ああ……、アンタも強かったわよ」
嫌な予感が止まらない。
だいたい、何なのだその口ぶりは。
まるで、まるで。
「そういえば、ちゃんと名乗ってなかったな。ワタシはメノウ。勇者様の仲間さ」
「ねぇメノウ? …………ゆ、勇者様の仲間になる前は何をしていたの?」
「すまない、それには答えられない。なにせ半年前ぐらいだったか、記憶を失って倒れていた所を勇者様に拾われてな。幸いな事に剣の腕があったから仲間にして貰えてね」
記憶が無いというのにカラカラと笑う笑顔、――既視感しかない。
握った手、その暖かさは姉のそれで。
――リヒトの心に、憎悪が溢れかえる。
(クソッ! クソッ! クソッ! 勇者ァ! 勇者ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! やってくれたなッ! よくもやってくれたなァッ!! 親父だけでなくオニキス姉ぇもッ! 許さねェッ! 絶対に、絶対に――――)
(リヒト様…………)
リヒトはメノウの手を乱暴に外すと、背を向け俯き。
(落ち着けよッ、落ち着け俺ッ! 記憶喪失がなんだッ、俺の魔眼なら何とかなる筈だッ。カラードッ、剣も調べとけッ、性別を元に戻す方法を突き止めろッ)
(御意に、最優先で実行します)
堅く拳を握り締め、姉の記憶を取り戻す算段を始める。
となれば、先ずは記憶だけでもと顔を上げた瞬間であった。
「ひうっ!?」
「――ああ、ルクレティア。ごめんね、戦闘の後で少し気が立ってて」
声の主はルクレティアだった、見れば周囲にはぞくぞくと生徒達が集まり始め、メノウはプラミアからペンダントを受け取っている。
(チィ、今は無理かクソッタレッ!!)
(残念ながら、早急に次の機会を作りましょう)
リヒトは苛立ちを抑え深呼吸をし、穏やかに笑った。
「ごめんなさい、気が利かなくて。勝利おめでとうございます、はいペンダント」
「ありがとう」
心の中は怒りと憎しみで満ちている、だが復讐という炎で鍛えられた鋼の精神は演技を崩さずに。
一方、そんなリヒトの心中を知る由もなくプラミアは声高に宣言した。
「うむ! 我はここに認める! このリヒターテは勇者レフの妻の一人であるとっ!」
そしてリヒトの手を取り、楽しそうにプラミアは続ける。
「リヒターテよっ! 我らが学院の生徒会に入って、皆の為に、引いては我らが夫レフの為に力を尽くして欲しい!!」
「ええ、喜んで受け入れるわ」
新たな勇者の妻、極まった使い魔を持つ新たな人類の希望の生徒会入りに、皆は歓声を上げたのだった。
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