第13話 騎士 メノウ



 翌日の放課後。

 訓練場に赴いたリヒト達を待っていたのは生徒達の群、群、群。


「え、何よこれ? まさか……」


「はい、恐らくプラミア義姉様が宣伝なさったのでしょう。前もそうでしたから」


(篭の鳥のお嬢様達には、恰好の娯楽なのでしょうね。――そして、私達の敗北を知らしめるのにもうってつけ。まぁ、こうなりますよね)


(つーか、前回は負けたんだろ? よく同じ事繰り返すよな……、他に目的でもあるのか?)


 しかし、リヒトは深く考えなかった。

 情報が無い以上、何を考えても無駄。

 ならば、目の前の光景に対処するのみである。


(しかし、これでいっそう魔眼を使いにくくなったな――頼むぞカラード)


(はい、速攻で片づけましょう)


 その時であった。


「ふはははははっ! よくこの我を恐れずにきたリヒターテよ! まずはその勇気誉めようぞ!」


「来るだけで誉められるなんて、ええ、なんて光栄な事かしら」


「昨日と変わらずの態度、うむ、中々に肝が座っておる! 我好みだ。――征服したくなるのぉ」


「ああ、また姫様のご病気が」「ええ、これが無ければ」「どちらに賭けます? 騎士様? リヒターテ様?」「……王女様がリヒターテ様に食われるのに一口」「騎士様が手加減なさって姫様が負けるに二口」「リヒターテ様の危機に勇者様が登場なさって、プラミア様が負けるに三口」


「ええいっ! 貴様ら我に勝利を願わんかっ!! 我は我が勝つのに、食堂のデザート一週間分を賭けるぞ!」


 姫様が七口賭けたわ、さあ張った張った! などと騒ぐ生徒達。

 彼女達の言葉から、普段どのような扱いを受けているか一目瞭然である。


 なお、一口は食堂のデザート一品である事を明記しておく。

 ここは上流階級のお姫様の通う学び舎、軽々しく金銭など賭けないのだ。


「…………愛されてるのね。けど何だろう、このムカツクわ」


(同族嫌悪では?)


「リヒターテ義姉様っ! わたし十四口賭けてきましたから、是非勝ってくださいね!」


「はいはい、精々祈ってなさいな」


 眼を輝かせるルクレティア、和気藹々とする生徒達。

 王女は勿論の事、隣にいる騎士メノウもどことなく嬉しそうで。


(――――嗚呼、ここは良い場所なんだな)


(はい)


 守られるべき者が、笑顔で居られる空間。

 それが尊い事なのは、人間も魔族も変わらない。

 リヒトは己の行動に、これから先にまき散らすだろう悲劇に。

 愉悦と心苦しさを覚えた。


(すべてが終わったら、俺に復讐に来ると良い。俺はそれを正々堂々と迎え撃とう。――もっとも、生きていたらの話だがな)


(いえ、リヒト様。もしそんな事が起こるのなら、その前に全員殺しますからね? 危ないですもの)


(男のロマンとか、もうちょっと理解してくれると嬉しいぞカラードっ!?)


 戦いの前とは思えない平和な空間。

 だがそれも長くは続かず。


「うむ、ではそろそろ始めようではないかっ!! 皆の者よっ! 危ないので観客席から出るでないぞぉーー! ――ではメノウ、ペンダントを」


「分かった」


「ではリヒターテ義姉様、わたし達も」


「ええ、お願いね」


 リヒト、メノウはそれぞれ護りのペンダントを預け、訓練場の中央へ。


「へぇ、制服のままでいいのか? 駄目にしてしまうぞ」


「構わないわ、その前に――決着は付くでしょう?」


「ははっ、勝ち気なお嬢さんだ。負けん気も十分、その年で使い魔持ちってのも納得の胆力だ」


「あら、誉めてくれるなら、そのまま勝ちを譲ってくれてもいいのよ?」


「は、冗談。勝ちには拘る主義なのさ」


「それは残念(――何だろう、コイツから感じる違和感は)」


(確かに、後で確かめましょう)


 握手を交わした二人は、距離をとって開始の合図を待つ。

 生徒達か見守る中、プラミア王女は右腕を上げ。



「――――開始っ!!」



「ぶちかましなさい! カラードッ!!」

「GYAOOOOOOOOOOOO!!」


 直後、リヒトの腕に抱えたカラードから指向性の雷撃が放たれる。

 眼に追えぬ筈の一撃、事前に知っていても回避不能、抑えているがその威力は城壁を砕く程。

 だが――――。



「――成る程、これは手強いな。手加減する余裕も無いか」



「ッ!? 防がれたッ!?」

(あり得ません、幾ら勇者の仲間とはいえ、雷を――『切り裂いた』!?)



 リヒトの魔眼は一部始終を捕らえていた。

 かの騎士メノウは驚きもせず抜剣、そのまま雷撃を切り裂いて。

 だが、驚きは一瞬。

 四天王や魔王との模擬戦では日常茶飯事の光景。

 騎士メノウを中心に、リヒトは円を描くように走り始める。


「ハッ、受け流すのでもなく、防御するのでもなく斬るとは。勇者の仲間の腕に相応しい実力のようね」


「ま、この剣の力あってのモノだがな。――けど、同じ攻撃繰り返しても勝てないぞ?」


「ご忠告どうもっ!」


 雷撃を防がれるのは承知の上、肝心なのは彼方が完全に本気になる前に、その場に止まらせる事。


(幻惑からの一差し、行くぞッ!)


(背後からっ! いつもの手ですね!)


 ――虹の瞳、揺らめいて。

 直後、リヒトとカラードが数十人に分裂し、メノウを埋め尽くすように飛びかかる。

 この光景に観客は沸き立ち、騎士の剣捌きは大振りに。


「チィっ!? 偽物かっ! しかも手応えはあるとか――厄介な手を持ってる!」


「「「「「本物は誰でしょう!!」」」」」


 そんな中、首を傾げている者が二人。


「……なぁ、ルクレティア。皆には何が見えておるのじゃ? 我には見当違いの方向に剣を振り回しているとしか」


「きっとこのペンダントの効果で、リヒターテ義姉様の魔法が見えないのでしょう。……お兄様の気持ちはありがたいですけど、少し残念です」


 何気ない会話、だが騎士の耳はそれを聞き逃さず。

 更には現状の打開策まで見いだした。

 あの二人には幻惑が見えていない、ならばその視線の先には本体が居るわけで。


「「「「「カラード!」」」」」

「「「「「GAAAAAAA!!」」」」」


 金髪令嬢の合図で、使い魔が次々に魔法を放つ。

 雷撃は勿論、棘のある太い蔦、炎の矢、氷の礫。

 四方八方から放たれるそれを。


「甘いっ!! 先が読めている魔法などっ!!」


「「「「「でしょうねッ!」」」」」


 メノウは魔法を次々と切り裂いて無傷、幻惑体もその殆どが斬り消され。

 だが、それもリヒトの計算の内。

 本命は――――。


「――――背後から来るだろうってね」


「通じないか」


 背後からの光、金属の鎧ですら溶かす熱線の一射。

 ではない。

 かの騎士がリヒトの正面、を向いた瞬間。

 ――虹の瞳、輝いて。


「――――? お前今、何かしたか?」


「さぁ、女に秘密は付き物ってね」


 軽口を叩きながらも、リヒトの額には冷や汗が一つ。

 魔眼が、洗脳が『届いていない』


(予想はしてたが、やっぱあの兜じゃ届かないか)


(そもそも鎧全体に強固な『護り』が込められていますものね。私の魔法も、斬らずとも半分は防がれていたかと)


 やはり当初の懸念通り、カラードが全力を出せない事が致命打を与えられない原因。

 幻惑は足止めにしか通じず、恐らく次からは効果がないだろう。

 最後にしてリヒト最大の攻撃手段である洗脳も届かず。


(駄目だなこりゃ、負ける勝ちか?)


(口惜しい……、こんな奴、本気を出したら殺せるものをっ!!)


「ハハっ! どうしたどうしたぁ!! 打つ手無しかご令嬢ぉ!」


「強引に迫る殿方は嫌われるわよッ!」


 こうなったらもう、リヒトとカラードは逃げ回るしかない。

 幸か不幸か、どこか見覚えのある剣筋のお陰で制服の裾が切れたぐらいだが。

 どこまで回避し続けられるものか。


 そんなリヒトの窮地を悟ったのか、観客席も決着が付いたような雰囲気。

 聞こえ来るはメノウへの賛辞。


(ったく、ちっとはこっちを応援しても罰は当たらないと思うぞ?)


(軽口はいいので、打開策を考えるなり降参するなりしてください。――あの剣は驚異です、鎧はともかく兜を何とかしなければ魔眼も通じませんし)


(分かってる、じゃあ負けたって――――)


 瞬間。


「キャウンっ!?」

「カラードっ!?」


「――……ああ、すまないな」


 騎士の剣がカラードの小さな体を捕らえ、リヒトの腕から弾き飛ばされ地面を転がる。

 とっさに駆け寄るリヒトの姿をを見て、騎士メノウは居心地悪そうに謝罪した。


(カラードッ! カラードッ!! 無事かッ!?)


(~~っ、ぁ、だ、大丈夫です。剣の腹で思い切りなぐるとは、器用なのか容赦がないのか……。私でなければ再起不能ですよ)


(くッ、カラードォ…………)


 大事そうにカラードを胸に抱くリヒト。

 彼の心は荒れ狂って。


(よくも、よくもよくもよくもよくもォっ!! よくも俺のカラードをォ!!)


 負けるのか、このまま傷一つ追わせずに。

 手も足も出ずに負けるのだろうか。

 父を殺した勇者の仲間に、勇者ですら無い者に。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――)


 強力な無力感が虚脱感と共にリヒトを襲う。

 胸がドロドロと重い、臓腑が煮えくり返る。

 このまま終わっていい筈がない。

 決して、このまま終わっていい筈がない。


 この身に、魂に誓ったのだ。

 必ず勇者に復讐すると、かの者の全てを奪い、殺し、絶望へと導くのだと。

 ――こんな所で、躓いていいはずがない。


「…………間違ってた」


 そう、リヒトは間違っていた。

 勝負を軽く見ていた、最初から諦めていた。

 潜入がバレぬよう、負けても王女に近づけるからと。


(クククッ、アハハハハハッ、クハハハハハッ!! 嗚呼、嗚呼、嗚呼、そうだッ! 負けるわけにはいかないよなァ! 親父を殺した勇者の仲間になんてよォ!!)


(リヒト、様――――?)


(いけるなカラードッ! やるぞ、やってみせるぞ。――全力を出せ、だが観客共は巻き込むな)


(――御心のままにっ!!)


(アイツを倒す、んでもってこの場で洗脳する。……これは、決定事項だ)


 リヒトはカラードを地面に下ろすと、どうしたものかと佇むメノウに向かってニヤリと嗤った。


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