第12話 勝負



「――吠えるではないか。魔族に売られ我が夫に助けられた分際で」


 その言葉は鋭く熱く。

 リヒトの魔眼には、彼女の全身から魔力が炎の如く揺らめいているのが見えた。

 ルクレツィアは怯え黙ってしまったが、リヒト達には何ら脅威に値しない。


(ハン、この程度の安い挑発に乗るか。雑魚だな)


(リヒト様とどっこいどっこいでは?)


(それはそれ、これはこれよ)


 主のダブルスタンダードにカラードは呆れたが、リヒトは気にしない。

 王女に向かって、なおもにっこり笑う。


「ま、そう来るわよね、――はっきり言ったら? 分を弁えて従えって」


「リヒターテ貴様、随分と肝が座っているなぁ。……でははっきり言おう。勇者レフの正妻は我だ、王女としても私人としても、相手が誰であれ譲れぬ」


「あら、情の怖い人ね。そんな態度じゃあ、勇者様に嫌われちゃうんじゃない?」


「ほう? 貴様は違うとでも言いたい口振りだな。我に楯突いた時点で同じ穴の狢だぞ」


 リヒトが本当に、勇者を好きで婚姻の話を受けたのなら激昂していたのかもしれない。

 だが、そもそもリヒトは男。

 そして、――親の仇である勇者レフを心の底から憎む者。

 プラミア王女の言葉など、欠片も心動かされない。


「なら、その同じ穴の狢同士。雌雄を決しようじゃないの」


「我に勝つと? ――いいだろう、その勝負受けてやる」


(お、かかったかかった。コイツもチョロいな)


 密かにほくそ笑むリヒト達であったが、次の瞬間、怪訝な顔をする羽目となった。


「貴様からの挑戦じゃ、当然我が内容を決めていいな?」


「良いわよ、何にするの? 学問? 魔法? それとも料理?」


「は、まさか。そんな事で貴様の心は折れないだろう? ならば――決闘だっ!!」


「へぇ、戦えるの? 王女サマ? 手加減しないわよ」


 正々堂々と殴れ、ペンダントを奪う絶好の機会。

 だが、プラミアの答えは想定外であり、至極まっとうな言葉だった。


「フン――こちらは代理人を立てる! 馬鹿め、我は王女ぞ! 貴様のような使い魔持ちと違って、生身で戦える筈がなかろうっ!」


 これには、リヒト達といえど納得するしかない。

 魔族ではないのだ、何処の国に成人しない王女を戦わせる者がいるのだろうか。

 だが、代理。

 この場で、代理となりえる者といえば。


(――まさか)(一人しか居ませんね)


「我の代わりに、この騎士メノウが貴様をノしてくれるはっ! 受けてくれるなメノウ! 勇者の仲間としての腕を見せるがよいぞっ!!」


「……ふうん。悪く思うなよレディ? 使い魔持ち、一度戦ってみたかったんだ」


(カカカッ!! これは僥倖だなァ! おっしゃ、カラードォ、まずはコイツからペンダント奪って洗脳するぞ! ………………出来るのか?)


 目論見はともかく、リヒトは懸念を口に出した。


「いいわ、認めましょう。――では、ペンダントはどうするの? これを身につけたままだと、どちらの攻撃も通らないと思うのだけど」


「無論、メノウのペンダントは我が責任をもって預かろう。貴様のはルクレティアに、――よいな?」


「は、はい! リヒターテ義姉様のペンダントは、わたしが大切に預かります!」


(ハハッ、親切な奴らだ。わざわざ勝ちを譲ってくれるとはなァ!)


 先ほどからメノウを観察していたカラードからしてみると、ペンダント無しでも勝負は五分といった所だ。

 伊達に勇者の仲間をしていない、僅かな動作に隙が見あたらないのだ。


(巨狼の姿になって全力で暴れられるのなら負けませんが、此処を壊さないように、となると少し危ういかもしれませんね)


(え、マジ? 俺の魔眼込みで?)


(はい、魔眼込みで)


 少しだけリヒトが後悔を覚えた瞬間、それを見逃さなかったプラミアはにんまりと意地の悪い笑みで。


「ああ、寛大な我はお前に心の準備をやろうぞ。――明日の放課後が開始じゃ。それまでなら棄権を認め酔ようぞ。――場所は訓練場だ。ふふふ、案ずる事はない、負けた暁には我の寝所で可愛がってやろうぞ! ではな!」


「首を洗って待っときなさい馬鹿王女!」


 立ち去る王女プラミアと、カシャンカシャンと着いていく騎士メノウ。

 その姿を背に、リヒトは考え込んでいた。


(なあ、これ負けても良いんじゃね?)


(本当に寝所に呼ばれるなら、それも手ですね)


 むしろ、負けた方が支障なくリヒトの目的を達成できる、まであるだろう。


(とはいえ、簡単に負けるのも癪に触る)


(では接戦を演じてからのギリギリの敗北、腕の見せ所ですね。――本当に負ける可能性も大きいですが)


(なぁに、物理的に敵わないのなら、後から絡め手で排除すればいいんだ。気楽にいこうぜ)


 思わぬ機会にホクホク、しかして顔は神妙に。

 すると何を勘違いしたのかルクレツィアが申し訳なさそうに謝罪した。


「その、すみません。リヒターテ義姉様。……プラミア義姉様は嫉妬深い方で……、実はリプカ様達も同じ様に。――――その時はメノウ様が居ないので負けたのですが」


「ま、挑発したのは此方からだしね。それに、王女としては当然の行動よ、非難するつもりは無いわ。……負ける気はないけどね」


「気をつけてください、メノウ様は剣技だけで言えば御兄様より強く、……そのプラミア義姉様は風変わりな趣味を持っていらして」


 言いよどむルクレツィア、心配というより気まずそうに、かつ頬を染めて。

 その姿に、リヒト達は王女の最後の言葉が本気であると確信した。

 となれば、浮かぶ疑問は一つ。


「…………まさか、ルクレツィア。アナタ――――?」


「違いますっ まだ清い体ですぅ」


「アハハ、冗談よ冗談」


 そっちの方が面白かったのに、とはおくびにも出さず。

 頬を膨らましてムくれるルクレツィアの頭を、リヒトは優しく撫でて。


「心配してくれてアリガト、こういうのはなるようにしかならないし……、実はアタシもそっちの気が――――、ふふっ。ねぇ、アタシの勝利を願って。今晩どう? 可愛いいルクレツィア?」


「……っ!? もうっ リヒターテお姉様ったらっ!? 知りませんっ!!」


「耳まで真っ赤にしちゃってぇ、かーわいい」


(リヒト様、やっぱりその口調気持ち悪いです)


 リヒトの手を撥ね除け、ぷいっとそっぽを向きずんずんあるき出すルクレツィア。

 その日、彼女の機嫌を取り戻すのに寝る寸前までかかったのであった。


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