第11話 タマゴサンド 美味しい
キテレツな王女、プラミアとの邂逅は唐突で。
「ふむぅ~~? なるほど! さてはそなたがレフの新しい嫁! リヒターテ某だな! そして――うむ、見たところ。もう湯上がりってわけだな! よしっ! ならば明日の放課後! 我とお茶するがよい!」
「あ、はい」
「楽しみにしていますわプラミア義姉様、――では、わたし達はこれで」
(…………カリエンテ王国の未来は大丈夫でしょうか? いえ、敵の身で心配するのもおかしな話ですが)
リヒトと同じように、勝ち気な性格。
そう評すれば聞こえはいいかもしれないが、ともあれ。
脱衣場で服を着る主の足下で、カラードは既視感を覚えていた。
(――ああ、あれは)
リヒト。
魔王が存命だった頃の、三ヶ月程前のリヒトだ。
もし彼女が魔族なら、主とさぞ馬があっただろう。
もし魔王の事がなければ、主と親友になったのかもしれない。
(或いは、この状況での出会いが最適解だったのかもしれませんね)
着替え終わったリヒトに抱き上げられながら、そっと嘆息。
魔王の死を深く悼む気持ちはあるが、カラードにとってリヒトの復讐は手段でしかない。
当然、彼女達の存在は哀れな獲物以外の何者でもなく。
しかして、そんな事を何時までも考えている訳にはいかない。
ルクレティアと談笑しながら部屋に戻る主の腕を、ぺしぺしと叩いて。
(――リヒト様。小娘と楽しくお喋りしている所申し訳ありませんが)
(ああ、早急にプラミアの事を調べておいてくれ。さっきの奴らにはお前の命令も聞くように仕込んでおいた)
(ありがとうございます、……では暫し別行動させて頂きます)
部屋までリヒトの抱えられたカラードは、その腕からぴょんと飛び降りる。
「あら、カラードちゃんは何処へ?」
「使い魔ってのは姿に合わせた習性があるみたいで、きっと散歩がてら見回りに行ったのよ」
「へぇ、興味深いです……。またねカラードちゃん、ご飯の時間には帰ってきてね?」
(くっ、このおこちゃまめ。私はリヒト様の従者であり、貴女の愛玩動物ではないというのに)
とはいえ愛想は必要だろうと、三回尻尾をふりカラードは情報収集に出かけた。
□
そして翌日の初登校。
大浴場で洗脳信者を作ったのが効を奏して、リヒトは数多の生徒から好意的に迎えられた。
予想通り授業も問題なく、強いて言うなら礼儀作法が少々面倒だった事と。
淑女たるもの自衛の手段を、という事で実践的な魔法や護身術の科目があり驚いた事だ。
しかし、それもリヒトにとっては活躍の場でしかなく。
(なあ、おい。王女の情報集まったか?)
放課後、王女の待つ場所へ。
リヒトはルクレティアに案内されながら心の中でぐぬぬと唸る。
クラスメイトから集めた情報に、有益なものは無く――。
(――申し訳ありません。好きな食べ物、好みの男性ぐらいですね。ただ、……あんなキテレツなふりをして、実は切れ者であると)
(そりゃまた面倒な、言動通りの馬鹿王女でいてくれよ)
春の花が咲き誇る庭園を、二人の美少女と白くてもこもこな一匹が進む。
その中心にある、生け垣で作られた迷路。
更にその中心にある東屋、――そこが王女が指定した所だ。
「実はですね、この中の東屋は学院でも限られた者しか使えない特別な所なんですっ」
「ふふっ、そんな所に招待してくれるなんて光栄ね」
「たぶんですけど、そう遠くないうちにリヒターテ義姉様にも利用許可が降りると思います」
(大方、学院に居る勇者の縁者の為の場所でしょうね、不在時には成績優秀な者や王家の血筋の者が、そういう事でしょう)
ニィ、と微かにリヒトの口元が歪む。
重畳、余人の邪魔が入らず、そして標的だけが集まる場所があるとはなんと好都合な事か。
「嗚呼、早く許可とやらが下りないかしら?」
(まぁ下りなくてもどの道、入りますけどね)
「ふふっ、本当に。魔王を倒したのですもの、リプカ様達も早く帰ってくればいいのに」
「その人達にも早く会いたいわね、向こうでは会えなかったから」
幸か不幸か彼女達は勇者の我が儘の埋め合わせに、四天王の軍団と戦っていたのだ。
(直接会えなかったのは残念だが、まぁいい、先にコイツらを洗脳してしまえば楽になるというものだ。――ククク、カカカッ!!)
(悦に浸ってるとこ申し訳ありませんが、ほら、もう到着ですよ)
(あ、うん、分かった)
カラードは主人にぴしゃりと冷や水を浴びせた。
リヒトの性格からしてみれば、悦に入らせた方が良い考えが閃きやすいという利点はあるものの。
それは同時に、敵対心により判断を曇らせる原因にもなるのである。
ともあれ、そう難しくもない迷路を抜けると。
六角形の建物、東屋が。
中にあるテーブルには、ティーポットと茶菓子。
椅子には燃えるような髪の少女、――プラミア王女。
切れ長の眼、赤い瞳は活発さを表すように輝き、ぶんぶん手を大きく振って。
そして。
「……後ろの人は誰かしら? 物々しい格好だけど」
「あの鎧姿のお方は、プラミア義姉様の護衛ですわ。お兄さまが直々に手配なさって、男の方らしいですが特別に学院で一緒に生活しているのです」
その男は、全身を暗い紫の鎧で覆っていた。
顔も当然、兜に隠れて眼すら見えない。
(ふーん、男にしてはちょっと小柄だな)
(…………あの剣、どっかで見たような? ウチから奪われた宝剣でしょうか?)
リヒト達は違和感を覚えたが、それを突き止めるまもなく。
「うむっ! ようこそ来られたリヒターテよ! 改めて名乗ろうぞ、我が名は――プラミア! この国の第一王女であるっ! 案内ご苦労であった我が妹ルクレティア! さ、さ! 一緒にティータイムを楽しもうぞっ!」
「はいっ、プラミア義姉様!」
「呼んでくれて光栄だわプラミア、知っての通りアタシはリヒターテ・オーンブル。――こっちは使い魔のカラード」
「ほほぉ、白くてふわふわで丸っこいではないかっ! なんと愛らしいことよっ! なぁ、触れてもも良いか?」
「あ、ずるいですプラミア義姉様っ!? わたしもわたしもっ!」
挨拶もそこそこに、カラードを愛でる二人。
リヒトはそれを苦笑しながら差し出すと、従者の抗議の視線もなんのその、鎧の男の無言エスコートに従い着席。
(お、イケるじゃんこの紅茶。つーか、なんだか懐かしい味だなぁおい、オニキス姉ぇの好きそうな感じ。後でカラードに手配させておくか)
桜の香りのする熱い紅茶を啜りながら、スタンドの一番したからサンドイッチを掴みもぐもぐ。
食堂で昼は食べたものの、当然の事ながらその分量は女性の。
正直、空腹であるのだ。
(――食べ過ぎないでくださいねリヒト様、思考が鈍ります。というか私にもくださいよ。リヒト様より動いているからお腹が減ってるんです)
(お帰りカラード、災難だったな。ほれ、旨いぞ卵サンド。はい、あーん)
(あーん、もぐもぐ。――これはイケますね、後で調理場でレシピを探しておきます)
(紅茶も頼む。…………うん?)
サンドイッチを堪能していたリヒトだったが、同席する二人の美少女から、生ぬるい視線を送られれば流石に首を傾げる。
「ん? どうしたの?」
「いや、何。城に居た使い魔持ちとは違って、仲睦まじくてな、珍しいと思ったのだ、無礼は許せ」
「そう言えば、わたしも見たことがありますが。何方の使い魔さんも、カラードちゃんのように表情豊かじゃなかったですね」
「ま、そこはアタシの腕の高さって事よ。いくら自分の人格を複写して作るっていっても、そこらの奴では手足の様に動かすのがやっとって所ね」
「リヒターテは違うと?」
「ええ、アタシのカラードは人格を複写しただけじゃない。そこから独自の性格に発展させて――自由意志を持つ使い魔にする事に成功した」
無論、口から出任せである。
だがプラミアやルクレティアが聞いていた、才能故に疎まれ魔族に売られた。
牢獄の中、勇者に助け出されたという形であっても、魔族の手から生き延びたという情報。
それらが都合の良い想像を生み。
「流石はリヒターテ義姉様、お兄様がお選びになるだけの事はありますわ!」
「――成る程、それは素晴らしいっ!! 使い魔が自由行動出来るということは、我が国の使い魔持ちの活躍の幅が広がるというものよっ! リヒターテっ、是非に城の者達にも伝授してくれぬか!」
と、簡単に信じた。
「勿論。使い魔持ちの活躍の場が広がるのは、勇者様の助けに繋がるわ。喜んで協力する」
(洗脳の機会に丁度いいですしね、ええ、愚かな女。自国どころか人類の敗北に手を貸すなんて)
二人は心の中でクヒヒと悪い笑み、しかしそんな事がプラミア達に分かるはずもなく、無邪気に喜ぶ。
リヒトはその光景を満足そうに微笑みながら、紅茶をひと啜り。
静かにカップを下ろすと切り込んだ。
「――そろそろ、本題に入りましょうかプラミア王女? さっきから、そこの男からの熱視線がうざったいわ」
「え? リヒターテ義お姉さま? プラミア義姉様?」
「ほう? よく気づいたなリヒターテ。――抑えよメノウ。ではな、……単刀直入に言おう」
脳天気な雰囲気のまま、王女は大胆不敵に笑って。
けれど、視線は鋭く、熱く。
「――――我が夫、勇者レフに、どうやって取り入った女狐」
「夫と言うなら、今すぐアチラに行って手綱を握ってきたらどう? 一緒に戦えなかった女さん?」
ふぇ? ええっ? とオロオロするルクレティアを横目に。
嫉妬の炎を燃やす王女と、女装男の戦いが始まった。
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