第10話 そして 王女プラミア
リヒトの宣言に、浴場は騒然とした。
「やっぱり……」「勝ち気な方のようね」「少しお胸は寂しいけれど」
「というか、あの頭の」「ええ、使い魔ですわ」「白くてまるくて、ふわふわ。触らして頂けないものでしょうか?」
また、ここまで堂々と言われるとは思っていなかったのだろう。
全裸の三人は、険しい目でリヒトを見る。
だが怯んだのは一瞬、すぐ胸を張り一歩前へ。
「随分威勢の良い方のようね、わたくしはエリーゼ・ミストルテ。偉大なる侯爵家の娘! そして――勇者様の大切な仲間にして、かの灼炎の魔法使い『リプカ』様の親友ですわ!」
「その取り巻き、リリシア・エルゴノーゼ。父は子爵」「同じく、ケイティ・モニーク。モニーク商会の娘です」
親の身分や友人を出して、いったい何になるのだろうか?
鼻で笑いながら、リヒトはさりげなくルクレティアを庇うように立ち位置を一歩ずらす。
「それで? ご両親が高貴な身分なだけの娘さんが、アタシ達に何かご用?」
「――っ!? ん、なっ!! ~~っ、フンっ、逃げ出さなかったのは誉めてさしあげますわ!」
「まー、逃げた人。今までいませんけどね」「どうどうエリーゼ様、意地の悪さが出てますわ」
「貴女達ぃっ!? いったい誰の味方ですのっ!! 我が親友リプカ様の為にも、この新入りに学院の流儀と上下関係を叩き込んで! あわよくば蹴落とす算段でしょうがっ!!」
ウガーと肩を怒らすエリーゼ、程良い大きさの胸がぷるんと揺れたが。
何故だろうか、あまり嬉しくない。
「喧嘩を売りに来たと思ったんだけど。……道化師の人達だったかしら?」
(小物ですね。勇者の仲間と繋がりがあるみたいですし、とっとと洗脳しましょう)
リヒトの言葉など耳に入らないようで、内輪でギャースカ騒ぎ始めるエリーゼ達。
それを見たルクレティアは、リヒトの後ろからおずおずと出て来て。
「ありがとうございました、義姉様……。その、そこまで悪い方では無いのですが、少し苦手で」
「アタシを蹴落とそうとか考えてるやつが?」
「高圧的な態度以外は、実害の無い方で。せいぜい枝についた芋虫一匹を遠くから投げてくるだけで」
「…………成る程、育ちが良いから悪いことできないのね」
「その芋虫も、結局は後から拾って育てて蝶になるまで面倒みてますし。悪ぶろうとしている以外は良い人なのです」
という事は、声をかけてきた理由も。
(態度は小悪党のそれですが、紛れもなく善意ですね)
(新入りに、規則を教えようとしてただけってか? ……お嬢様ってのは風変わりだなぁ)
(お忘れかもしれませんが、一応私もお嬢様の範疇ですので。あの小物を基準に考えるのは止めてくださいませ)
むしろ、カラードこそ風変わりなお嬢様の筆頭のような気がしたが。
器用にもリヒトは思考として浮かばせず、曖昧な顔で飲み込む。
それよりも、気になる事がある。
「ねぇルクレティア? 勇者様の婚約者達には、あんな感じで取り巻きが居るのかしら?」
「灼炎のリプカ様と、後はプラミア王女殿下のお二人です、もう一人はそういう事を嫌う方ですので」
リヒトはふむ、と考えつつ三馬鹿から離れて湯に浸かる。
勿論、ルクレティアと共にだ。
湯加減は少し熱く、それが故に長旅の疲れが癒されるというものだったが。
(派閥争いとかあるなら利用しようと思っていたけどなぁ……)
(実質、王女のみですね。しかも規模は不明、何か計画するには情報が足りません)
そうそうゆっくりもしていられない、女装には自信があり、強力な魔眼、カラードの補佐があるとはいえ。
潜入が長引けば長引く程、正体露見の可能性が高まる。
――時間は、味方ではない。
(だよな。――なぁ、勇者の婚約者、及び仲間の詳細はまだ分からないのか?)
(プラミア王女については、事前の述べた通り此方で簡単に手に入る情報以上は。灼炎のリプカ、雷嵐のフルミーネは後ほど報告が入るかと)
勇者の婚約者は、王女プラミア。
仲間でもある、灼炎のリプカ、雷嵐のフルミーネ。
最後に――リヒターテ。
(ここまでで四人、確定で例のペンダントを持っているだろう)
そして、彼女達と同じくペンダントを持つ者。
彼の妹であるルクレティア。
(五人目、…………五人? なあカラード、確かペンダントは六つあるって話だよな?)
(はい、以前文献で見ましたが。元々一つだったモノを、複数の妻を娶るにあたって分割したらしいと)
カラードは少しだけ嘘を付いた。
元々一つであった事は確かだが、その後は推測だ。
つまり、最後の一つを持つ者が居る。
そして同時に確信もしている。
――その者は、確かに存在している。
そうでなければ、勇者の急成長に説明がつかない。
かのペンダントは、そういう力を持つのだ。
(まーた、何か企んでやがるなコリャ。……まぁいいか)
リヒトは彼女の嘘を、何となく感づいていた。
だが言及はしない。
時が来れば必ず話す、そう確信していたからだ。
(で、最後の一個が勇者の手元にあるって事は?)
(無いでしょう。内通者と此方の監視の両方に確認させましたが、身につけている様子もありません。……これは不確定な情報ですが)
(話せ、可能性があるなら知っておく)
(はい。どうやら私達の数ヶ月前に。この女学院に勇者の差配で入学した者が居ると。しかし、名前、容姿、経歴、何れも判明しておりません)
勇者の女達を毒牙にかけるには、ペンダントを奪わなければならない。
また、かのペンダントの守護の力は絶大だ。
出来る限り手に入れておきたい。
(はぁ……、嗚呼、やる事が多くて愉しくなってくるなァッ!! カカカカカッ!!)
越えなければならない壁が多くてウンザリする?
否、そんな性根の持ち主であれば、復讐など最初から目指していない。
リヒトとしてはその逆。
(アイツの女を堕とせば堕とす程、ペンダントを奪えば奪う程、――――アイツを絶望させ、殺す事に近づく)
そうだ。
今この瞬間、また一歩近づいたのだ。
最強の魔王を殺す力があるから、それがどうした?
守りが厚いから、それがどうした?
人間である以上、一目惚れするような愛を持つ人間である以上。
――――その心までは、その心の支えを喪ってしまえば。
勇者は、殺せる。
勇者は、殺せるのだ。
(リヒト様…………)
「リヒターテ義姉様……?」
嗤いを堪えるように肩を震わせるリヒト、その姿に。
忠実なる従者――目を伏せ、心燃やして。
純粋なる少女――心労が癒されるように、そっと寄り添って。
「リヒターテ様! いつの間にかこんな所に居てっ! わたくしの話を聞きなさい!」
「エリーゼ様、普通うるさいと離れますよ?」「というか淑女として、もう少し落ち着いてくださいません?」
「だから、誰の味方だって言ってるのよ貴女達ぃ!?」
繰り返される先の光景。
害が無いなら、善意だとうなら大人しく聞いておくのも良いかもしれない。
(なーんてなァ。ハハッ、そんな訳ねぇだろうがよォ!! 今の俺は、アイツをどう殺そうか考えてワクワクしてんだよ。ドキドキしてるってぇんだからよォ! ――――やるぞ、カラード)
(御随意に、補佐します)
リヒトは立ち上がると、宛然と微笑んで。
大仰に手を差し伸べて。
――虹色の瞳、揺らめいて。
「エリーゼ、リリシア、ケイティ。――――他の皆も」
王者の気質とでも言うのだろうか、透き通った声が心地よく響きわたり。
全員の注目が集まる。
「折角出会えたんだし」
――虹色の瞳、輝いて。
「――――『仲良くしましょう』」
その瞬間。
ルクレティア以外の全員に、リヒトの姿が最も大切な存在と重なって。
同時に、心から沸き上がる強い親愛の情。
視線の先の存在は、信頼出来る人物だと、信用に値する人物だと、この者の為なら罪すら正義の行いに変わると。
「ね、仲良くして貰えるかしら?」
「はい、リヒターテ様っ!」「喜んで!」「今度、私のお茶会に――」「後で部屋に遊びに来ませんか?」「足りないものあれば何でも言ってください、用意させますわ」
様々な好意的な声が集まる。
「ふわぁ、す、凄いですリヒターテ義姉様っ! ええ、お兄様が選ばれたお方ですっ!」
「ふふっ、ありがとうルクレティア。皆、優しい人達だっただけよ。――嬉しいわ」
幸せそうに微笑む一方、リヒトの心は正反対であった。
(クソがッ、魔眼で得た感情など何になる。嗚呼、こんな奴ら使い潰して肉壁にしてくれるわッ!)
魔王や四天王、義姉オニキス、カラード。
そして、家族の様に感じて居た魔王軍の者達。
リヒトに魔眼の制御を教え、時に身を挺して危険性を教え。
どんな手を使ってでも、必ず正気に戻って来た。
大切な、大切な。
その殆どが、もう二度と会えない大切な者達。
彼らとの繋がりこそ、本当だったのだ。
彼らから向けられる好意こそ、本物だったのだ。
(必ず、殺してやる)
リヒトが堅く拳を握りしめたその時だった。
脳天気な声が入り口から響きわたる。
「この世で一番美しい姫! それが我プラミアぞよ! そんな我、美しき裸体の天国に今、推参! さあ者共喜ぶがいい!」
おっぱいがぶるん、尻がぷるん。
胸元には例のペンダントに、燃えるような深紅の長髪。
(…………え? は? うん? これが――)
(カリエンテ王国第一王女、プラミア! …………ですかね?)
主従はそろって首を傾げた。
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