第9話 魅惑 の バスルーム



 勇者の妹、ルクレティアからの信頼を得たリヒトだったが。

 時刻は夕刻。

 寄宿舎において、夕刻の意味とは――。


「――お風呂行きましょう、リヒターテ義姉様!」


「お風呂ッ!? ――――…………おふろ?」


 はたとリヒトは気づいた。


(カラード!? カラアアアアアアアドッ!! ここ風呂があるなんて聞いてねぇぞ!)


(バカですか貴方は、良いとこのお嬢様が通う全寮制の学び舎ですよ? 無いわけがないじゃないですか)


 胸元に抱くカラードから呆れた声が。

 正直な話、すっかり失念していた。


「…………? どうしたんです義姉様? 一緒に入るの、……お嫌、ですか?」


 うるうると瞳を潤ませるルクレティアに、リヒトは慌てて弁明する。


「い、いえね? その――、実は」


「実は?」


 言いよどむリヒトに、無邪気に先を促すルクレティア。

 嘘を信じさせるには、一つの本当を混ぜればいい。

 とっさにその事を思いだし。


「……その、今まで誰かと一緒に入ることなんてなかったから……、ね? それに――――、ちょっと、薄いでしょう?」


 パッドの効果でささやかになった胸に手を置いて、少し恥ずかしげに俯く。


「――――。うふふっ、義姉様にも弱点がおありなのですねっ」


「もうっ、笑わないでよぅ」


(リヒト様……上手い返しですが、正直気持ち悪いです)


 このままだと、絶対にバレる。

 普通の生徒なら問題ない、だがルクレティアは例のペンダントを所持している。


(取りあえず、幻惑を試しましょうかリヒト様。駄目なら私に策がありますので)


(いや、先に言ってそれ? ――まぁどの道、実験は必要だけれど)


 ふくれっ面でそっぽを向く演技をしながら、リヒトは突如、窓の外に顔を向け。

 ――虹色の瞳、揺らめいて。


「――うん? あれは何かしら?」


「あれ? 窓の外に何か…………」


「ほら、アレよ。変な鳥が」


 リヒトの指さす先、そこに出現させた幻は鳥などではなく。

 ――――全裸で踊る勇者。


(いや、何出してるんですかリヒト様!?)


(ケケッ、どう転んでも恥をかくのは勇者だ。んでもって誰かが騒いだのなら、次の洗脳の標的にすればいいのさ)


 リヒトは若干の期待と共に、ルクレティアの反応を待った。


「うーん、わたしには何も見えません……」


「ごめんね、見間違いだったかもしれないわ。――疲れてたのかも」


 カラードには見えて、ルクレティアには見えなかった。

 即ち、ペンダントを身につけている間は魔眼が通じないのである。

 そんなリヒトの落胆など全く気づかず、ルクレティアはしみじみと頷く。


「ええ、きっとそうでしょう。確か、最前線からいらっしゃったのですよね。……あそこからなら二ヶ月かかりますもの」


「馬車に乗りすぎて、お尻が痛くなっちゃったわ」


「うふふっ、まぁまぁ、でしたら。尚更お風呂に入って癒されませんと」


 二人は、手早く準備を終えると出発。

 どうやら、世界を見渡しても豪華で広い大浴場があるとか。


(――で? 策ってなんだカラード)


(隣のおこちゃまを口説いたその口で、私の入浴も認めさせてください。リヒト様の体を直接変化させます)


(………………お前、器用だなぁ)


 魔法は魔族の得意とする技術だが、その手の異形でもない限り他人の肉体を操作するなんて芸当は出来ない。


(俺の体に異常は出ないだろうな?)


(大丈夫です、着替える直前で召還したスライムを張り付けて変異させるだけですので)


(そういうのあるなら最初からやれよっ!?)


(とは言われましても、手持ちのスライムには限りがありますし。使い捨ての上、一時間しか持たないので)


 スライムとは、草を食べて増える無害な生物である。

 ――とは人間側の認識だ。

 魔族にとっては、農業から医療、工業の素材として生み出された万能有機体。

 ――つまりは、勝手に増える消耗品だ。


(クソ、ここの学院の守りなら補充も難しいか……、その辺に放っても即座に潰されるのがオチだしな)


(私の餌、あるいはリヒト様の研究用として、学院側に申請を出してみますか?)


(外から働きかけるのも忘れるなよ)


 ルクレティアとの会話を上っ面でこなし、あれやこれやと考えが纏まらない内に大浴場へ着いた。

 となれば当然、全裸になる訳で――。


(いくぞっ!! 一、二、三ッ!)


(――! ……ふぅ。ご安心を、完璧に成功しました)


(おお……完璧じゃないか)


 リヒトの体は想像通りに、女性そのものだった。

 ささやかな膨らみ、細い腰、ぷりっとした臀部。


(…………なあ、股間の感触は確かにあるんだが。どうなってるんだこれ?)


(簡単に説明しますと、高度な絵を張り付けているようなものですね。――詳しい説明が必要ですか?)


(いや、後でいい。…………………………ほぅ、これはこれは、とても良い眺めじゃねぇか)


 カラードのやった事は気になったが、それよりも今、眼前に広がる光景がリヒトとしては優先だ。

 なにせ、様々なご令嬢の全裸が。

 リヒト達の様に入る前の。

 或いは、湯上がり後の火照って水滴がついた艶めかしい体を。


「さ、行きましょうリヒターテ義姉様。お背中お流ししますわっ」


「あら、それならアタシもルクレティアの背中を流さなければね」


 腐っても魔王の子、王子の教育を受けた者だ。

 ひと欠片の興奮もみせず、彼女の誘いに乗る。


(あ゛あ゛~~、これを指くわえて我慢しろってか。…………いつまで我慢出来っかなぁ)


 幸か不幸か、いくら貴族令嬢とはいえ美少女とはっきり言えるのは、この中ではリヒトとルクレティアだけだが。

 その殆どが高水準の美を持っている。


「そうそう、この子も一緒で良いかしら? 綺麗好きなのよ」


「ええ、大丈夫ですよ。過去にも使い魔持ちの生徒が、一緒に入ったらしいですから」

 

「ふふっ、よかった」


 リヒトは女としての特権を利用して、正々堂々とルクレティアの裸体をまじまじと。

 胸、――意外とある。

 腰、――細い。

 尻、小ぶりだが形の良い。

 太股、華奢だが悪くない。


(ほぅ……、悪くない、悪くないぞぉッ!!)


(ハン、やっぱりおこちゃまじゃないですか)


 ふてくされているカラードはさておき、リヒトは手をワキワキさせてルクレティアの背後から抱きつく。


「――――それッ」


「ひゃんっ!? お、義姉様っ!? もう、悪戯しないでくださいっ」


「うーん、可愛いわねぇルクレティアは。――――本当に、食べちゃいたいくらい」


(リヒト様? 堂に入った振る舞いですけど……本当に、そちらの趣味はないんですよね? ないんですよねっ?)


 大浴場に広がる、見知らぬ美少女と、勇者の妹と名高いルクレティアの魅惑で禁断を感じさせる光景。


「ねぇ、誰です? あの美しいお方は……」

「誰だか分かりませんが、とても美しいお方」

「いいなぁ、私もルクレティア様と――」「え、貴女ってそんな趣味が!?」

「そういえば、ルクレティア様と同じペンダントを付けていますね」「それって、まさか」


 周囲の反応を聞き取りながら、リヒトは戯れを続ける。


「もうっ! 義姉様がそういうことをすると洒落にならないので止めてくださいっ! お背中流しませんよっ」


「ごめん、ごめん。ルクレティアがあまりに可愛いから、ね? ――じゃあ、まずはアタシが背中流そうかしら」


「じぃーー、…………変なこと、触っちゃイヤですよ」


(やっぱ、この子。簡単に心を許しすぎでは?)


(ええ、勇者の妹という肩書きがなければ、末路が目に見えるようです)


 ルクレティアとの洗いっこを終え、カラードを頭に乗せ湯船に浸かったその直後だった。

 リヒトと彼女の前に、立ちふさがる全裸の少女が三人。


「ねぇ、貴女が噂の転入生?」

「……エリーゼ様。このペンダント、勇者様からの贈り物で間違いなさそうです」

「ええ、あのお方と同じですわ」


(――誰だ?)


 棘のある口調、わざわざ立って上から目線。

 隣のルクレティアの様子を見れば、小さく肩を振るわせ俯いて。

 事情は分からないが、気にくわない。

 リヒトはざばっと立ち上がると、胸を張って言い放った。


「初めまして見知らぬ人。アタシはリヒターテ・オーンブル。――――勇者様に選ばれた妻となる女よッ!」


 さぁ、御用事はなぁに? と大胆不敵かつ、妖艶な笑みでペロっと唇を舐めて仁王立ち。


 つまりは、徹底抗戦の構えであった。


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