第7話 障害 は 多く



 さて、無事に学院の中に入り込んだリヒトとカラードだったが。

 老女の学院長と、にこやかに挨拶しながら内面は渋い顔。


(面倒な……、非常に強固な魔法的防御で身を固められていますね。――力付くで行きますか?)


(――チッ、流石に下っ端と同じ様にはいかないか。なら、外から手を回して不在の状況を作れ)


(了解しました、後で命令しておきます)


 リヒトの魔眼は、類を見ないほど強力な効果だ。

 だが、相手が目を閉じていたり、何故か魔法的な防御で拒まれる。

 勿論、そこらの魔法使いの防御なら無いのも同然ではあるが。


(ところで、見ましたか彼女の指輪? アレは確か三代前の魔王様の時代に紛失したとされる『エリーゼとの絆』です)


(ああ、あの。エルフ族の妻に送られたとかいう。対城兵器の直撃も余裕で防ぐとかいう…………おい、何でそんなモンここにあるんだよッ!?)


 そんな視線を感じたか、老婆は穏やかに笑って。


「ほっほっほ。おやおや、流石は使い魔を持つ魔法使いだねぇ。この指輪が気になるのかい?」


「……ごめんなさい。あまりに強い魔法をを感じてしまって。――王家秘蔵の品ですか?」


「慧眼さね、勇者様の妻の一人に選ばれただけの事はあるようだ」


「では?」


「銘を『エリーゼの悲恋』と、昔の魔王に恋人を殺されたエルフが持っていたという守りの指輪じゃ。学院長の証として、王家から賜り受け継いできたものよ」


 魔族に伝わる話と食い違うが、聞こえの良いように話をねじ曲げたのだろうとリヒトは推測した。


(ったく、人間共はろくな事しないな。……おい、カラード)


(はい、隙をみて取り返しましょう。あの指輪があれば戦術的にも、戦略的にも優位にたてましょう)


 勇者が所持していないだけマシだと二人は結論付ける。


「――おっと、そうじゃ。長旅だったじゃろう? 何時までも老い先短い婆の話に付き合わせるのも苦痛じゃろうて」


 そうして腰の曲がった学院長は、パンパンと拍手を二回。

 すると、後ろに控えていた女性が前にでる。


「カタリナ・アーネス。お前達の担任教師じゃ。――後はこやつに面倒を見てもらえ」


「初めましてリヒターテさん、私が担任のカタリナ。魔法を教えているの。……使い魔持ちなら、むしろ此方が教えを請いたいぐらいだけど、とにかく宜しくんね」


 カタリナと名乗った教師は、人の良さそうな笑顔で右手を差し出す。

 リヒトはその手を握り返し。


「ふふっ、これから宜しくお願いするわ。カタリナ先生」


(ふむ……綺麗な金髪ですが少し手入れが雑ですね。体も貧相。顔はまぁまぁですか、眼鏡。…………リヒト様は眼鏡がお好きですか?)


(それ今聞くことッ!?)


 ともあれ。

 学院長室を出たリヒトとカラードは、当たり障りのない雑談をしながら寄宿舎入り口まで案内を受け。


(思ったより人が居ないな、カラード?)


(敷地面積に対し、生徒数が少ないからですね。……そもそも良家のご令嬢が大多数。放課後とはいえ大っぴらに騒ぐことはしませんわ)


(なるほど、その辺りは魔族と変わらんな)


 ならば、――虹の瞳、揺らめいて。

 瞬間、教師カタリナはぼうっと立ち尽くす。


「どの様なご命令を下すので?」


「そんなの決まってる」


 何の障害にも。操って利益が薄そうな、いち教師への魔眼行使にカラードは首を傾げ。

 リヒトは真剣な顔で、重々しく命令した。



「――アタシの居眠りや遅刻を見逃しなさいッ!」



 続いて。



「出来る範囲でいいわ。成績を高い評価にしておいてッ!」



「何くだらない事に魔眼使ってるんですかッ!?」


 思わず言葉を発したカラードに、リヒトは首を傾げる。


「何? 恋人だと誤認させて籠絡した方が良かった?」


「それやったら、この女を殺してましたよ? ――ではありません! リヒターテ様は十二分に教育を受けているでしょうが、人間の、それもお嬢様が受けるような『ままごと』程度の学問なら――」


 何故殺す? というかその殺気はなんだ? とは口に出さず。

 冷や汗をかきながら、リヒトはカラードの説得を始めた。


「――よ、よく考えてカラード。アタシ達は勉強しに来たのでも、花嫁修業をしに来たのでも無いわ」 


「怪しまれず自由に動く、下準備とでも?」


「ええ、朝はゆっくり寝ていたいとか、昼食の後はのんびり昼寝の時間が欲しい。――なんて事は無いわ。アナタには忙しく動いてもらうつもりだけど、アタシが動かなければならない事も出てくる筈よ」


「……あくまで、目的遂行の為だと?」


 じとっ、とした視線にリヒトは殊更微笑んで。

 復讐の為に動きやすく、というのは本当だが。


(いや、周りが女だらけの所に四六時中居るとか、普通に疲れるっていうか、面倒なだけじゃねぇか! しかも手は出せないし)


 リヒトとて、童貞ではない。

 時には仲の良い兵士や魔王と共に、下町で遊ぶぐらいはしていた。

 ――――必ずカラードにバレた上、怒られてはいたが。

 つまり、色を知っているのだ。


(復讐も大事だが、こうなった以上は長期戦だ。…………息抜きは欲しい)


(――――なんて事を考えてるんでしょうね、この人は)


 カラードは長く深い付き合いが故に、リヒトの考えを正確に見抜いていた。

 同時に。


(教育は、血の繋がりよりも濃い。ええ、本当に……魔王様そっくりに)


 嬉しく思う、主人が憎悪の渦に囚われていない事を。

 それは、道を違える事のない証拠で、冷静な判断が出来ている、という事に他なら無い。

 ――ずっと、ずっと心配だったのだ彼女は。


「ええ、良いでしょう。リヒターテ様のお心のままに」


「――――ああ、そうね。心配かけたわカラード」


「さて、何を仰っているか分かりませんわ」


 リヒトは、ここが魔族領内でない事を悔やんだ。

 もし人の土地でなければ、人の姿の彼女を堂々と抱きしめられただろうに。

 代わりに一つ、そのふわふわもこもこの白毛に口づけを落とし。


「……ん、じゃあ案内の続きといきますか」


(一応言っておきますが。人の姿だった場合、張り倒していましたので)


「ふふっ、我が使い魔は厳しいわね。――先生? 中に入らないんですか?」


「…………? ああ、少しぼーっとしてました。ごめんなさい。さ、此処が寮です。中の案内は同室のルクレティアさんに――――」


 何事もなかったかの如く、カタリナは案内を続け。

 そして、二階の隅の部屋の前に。


「ここよ。荷物はもう届いて仕舞っているそうだから。詳しい事はルクレティアさんに聞いて頂戴」


「感謝するわ先生」


「どういたしまして。じゃあ、また明日」


 去っていく教師の背中に手を振り、リヒトの胸に走るは――緊張。


(ルクレツィア・レクシオン。勇者の妹……さて、どんな奴なんだか)


 かの男の言葉では、可愛らしく、か弱い少女であるが、身内の贔屓目、という可能性も考えられる。

 その上、どんな魔法の品で防御を固めていても不思議ではない。


(いや、――――確実に持っている)


 勇者に渡されたペンダント。

 学院長の指輪ほどではないが、アレにはリヒトの魔眼が通じない程の力が込められていて。

 カラードが熱心に調べていたが、馬車の中では細かいところまで解らないと嘆いていた筈だ。


(なあ、お前の分析だと。六つに分かれた欠片の一つ、だったか?)


(……ああ、そう言うことですか。勇者の伴侶に渡すという話でしたが。持っていても不思議ではありませんね)


(となると、迂闊に動くのは危険か。ペンダントにかけられた魔法の中身は分かるか?)


(申し訳ありません。複数の機能を持つようですが、詳細までは)


(いいさ、最悪――襲って確かめる)


 ルクレティアという少女から、首尾良く聞き出すのが最上だが。

 その為にも、目の前の扉を開けるしかない。

 リヒトは意を決して、コンコンとノックを二回鳴らした。


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