第6話 虹の瞳 揺らめいて
王立デフェール女学院。
それは現勇者の出身地、カリエンテ王国首都の存在する、貴族や富豪向けの女学院である。
その歴史は古く、魔族と人が争い始めた時期に成立したと伝えられている。
(用心してくださいねリヒターテ様。この学院は歴代勇者の関係者を守る砦としても機能しています。――今現在、我らの魔族の入り込めない唯一の場所でした)
リヒト/リヒターテの腕の中に抱えられているカラードは、魔族が潜入に用いる『接触伝達』の魔法で会話を交わす。
――なお、リヒトは魔法の才を魔眼に吸い取られたらしく、何一つ魔法は使えない。
(街中と違い、俺達の手の者が入り込んでいない……完璧な敵地。ああ、わかってるさカラード)
逆を言えば、約六百年以上にも及び魔族の進入を許していない、という慢心。
そして、魔王を倒したという気の緩み。
更に言えば、勇者直筆の紹介状と根回しがある。
潜入など、容易い筈だった。
(――甘い考えは、期待しない方が良いみたいですね)
(まさか、こんなにも警戒が厳重だとはな……、俺達が入り込めない訳だ)
鋼鉄扉の大門、全身甲冑の番兵は大柄で。
――第一の門。
そこから延びる一本道、両脇は彫像が何体も配置されている庭園。
――カラードの見立てでは、彫像は対侵入者用のゴーレム。
行き着く先は、巨大な壁。
馬車二つほど横に通れそうな門の横には、学院に入る許可証を改める詰め所。
――第二の門。
そこまでは、何の問題もなかった。
リヒト、もといリヒターテは何処に出しても恥ずかしくない立派な令嬢。
故郷(という設定の土地)から取り寄せた出生証明書、貴族証明書も本物だ(ただし、根本からして嘘ではあるが)
「……はい、確認しました。次で最後です、アチラの部屋で身体検査を。勿論、女性の騎士が行うのでどうぞ、恥ずかしがらずにご協力をお願いいたします、リヒターテ様」
書類を確認し終わった女性職員の言葉は、はっきりとしたものだった。
だがそこに、ひと欠片の疲れ、憂鬱のようなものをリヒトは感じ。
――虹の瞳、揺らめいて。
「ええ、ありがとう。――大変ねアナタも、損なお役目じゃない?」
「勿体なきお言葉ありがとうございます。……まぁ、身持ちの堅すぎるお嬢様も、毎年何人かはいらっしゃる、というだけなので」
普段では絶対にださない本音を、職員は漏らす。
それでも婉曲な表現をするあたり、善良な性格をしているとみたが。
さておき。
(カラード、お前の言葉を上司の命令だと誤認するように仕込んでおいた。――上手く使え)
(ありがとうございますリヒト様、これで手引きがしやすくなりますっ! よっ、洗脳させたら世界一!)
(カカカッ! もっと誉めろ誉めろ)
なお、他の職員も目を開わせた瞬間に同様の洗脳処置を施してある。
言葉や認識を誤認させるだけならば、複雑な手順など必要ないのがリヒトの魔眼である。
(とはいえ、これ以上の事は止めておこう)
リヒトは人間を甘く見ていない。
リヒトは魔眼を過信していない。
魔法だって、非常に高度で専門的な腕が必要になるが、同じ事が出来るのだ。
(恐らく、定期的に人員配置は変わるでしょうし。洗脳対策だってしていない筈がありません)
(ま、バレて騒ぎになった所で)
(ええ、それは付け入る隙以外の何物でも)
悪意が、堅牢な門を浸食しはじめた。
一人と一匹が悪い笑みを浮かべ、次の部屋のドアを開けようとした瞬間。
(……って! リヒト様っ!? 身体検査ですよ身体検査っ!? 流石にバレませんかっ!? ヤバイですって!? ――――殺しますか?)
(バカめ、俺の目を何だと思ってるんだ)
慌てたと思えば、急に冷たい声で殺意を漏らす子犬に。
リヒトは、よしよしと宥めながら考える。
(身体検査……下着姿、最悪の場合裸になるだろうな。……血液検査はあると思うか?)
(魔族じゃないんですから、そんな技術…………裏切り者がその辺りの技術を持ち出した可能性はありますが、六百年以上ですよ? ――あ、魔力を調べられたら危ないですかね私)
(そうか……、そっちもあったか)
ぐぬぬ、とリヒターテは唸った。
人間の技術でも金を素材に糸目をつけなければ、魔眼が通じない事もありうる。
カラードは代々魔王の片腕を努める一族の出だ、当然、魔力総量は非常に大きい。
(使い魔持ちは高位の魔法使いだったか? 魔力はそれで誤魔化せられないか?)
(魔眼が通じない前提で、強攻策も考えま…………。いえ、面倒ですね。何時ものヤツやっちゃいますか?)
(何時もの? ああ、アレか。――面倒だしそれで行くか)
解らない事をいくら考えても仕方がない。
とはいえ、油断は出来ないとなれば。
――虹の瞳、揺らめいて。
――小さき獣、人となりて。
「………………いやぁ。思った以上に楽勝だったな」
「はい、後で彼方に報告を送っておきます」
事が終わった直後、そのあっけなさに主従は拍子抜け。
なにせ、中の騎士は魔法を帯びた剣すら持たず、場所に合わせたのであろうか式典用の華美な騎士服。
魔法使いも一応居たが、見るからにお嬢様育ちという風体で。
「まさか、ただの体術に反応出来ないとは」
「洗脳対策、されてなかったなぁ……」
ノックの後、リヒトが中に。
続いて、さも当然という顔でカラードが。
騎士達がリヒターテに群がる中、即座にメイドが彼女たちを投げ飛ばし、主人がすかさず記憶改竄を叩き込む。
そしてそれは、投げ飛ばされた騎士達が宙に浮いている一瞬の事で、勿論の事、カラードが彼女たちの着地も補佐する。
「下級兵の者達でも、投げられた瞬間に反撃して来ますよ?」
「だよな、酷いときには広範囲魔法撃ってくるしな」
中に入ってしまえば、思いのほか歯ごたえが無く。
故に、リヒトは疑問を覚えた。
「なぁ、こんなに楽勝なら何でウチの奴らが入り込めないんだ?」
「勇者の親類、という弱点こそありますが。実は重要度が低いんですよね。協力者に命じ外から働きかけて、中に居る者を出させるの方が簡単ですし。地理的な面もありますから」
「――ああ、そういえば。敵の本拠地だし、ここまで軍を進める事も滅多にないもんな。そもそも勇者さえ倒せれば有象無象な訳で」
「私達は万年人手不足ですから。間者を此処に入り込ませるより、王城に潜り込ませる方が優先順位高いんですよね……それに」
カラードが端正な顔を、嫌そう歪めて。
何やら不吉な予感がする。
「それに、なんだ?」
「いえ、歴代の勇者の中には、在学中に覚醒した者も居ますし。……何故か勇者の縁者は、四天王に匹敵する成長を遂げた者が多いんですよね。ええ、その大半は謀殺させたとの記録が残ってはいますが。…………多少、時間はかかったそうですが」
「多少って何だ、それ絶対数十年単位でかかってるだろう? …………はぁ。安全に、間接的に排除出来るのに。わざわざ危険な手段を選ぶ事もない、か。――――なるほど?」
リヒトは洗脳した騎士達から、警備状況などを聞き出しながら冷や汗をひとつ。
もしかして、もしかして。
(勇者に無理矢理付いていった方が、安全で確実だったのでは?)
下手を打てば即死の驚異と、未知の驚異の可能性。
果たして、どちらの道が正解だったのか。
復讐は必ず果たす、だがそれと不安を感じないのは別問題だ。
リヒト一人が大変な思いをするのは構わない。
だが。
「……なぁカラード、お前は帰っても良かったんだぞ?」
この二ヶ月間、何度も言う機会があった筈の言葉を。
胸にしまい込んでいた言葉を、リヒトは思わず。
「何を冗談仰っているのでリヒターテ様? 幻惑と洗脳の魔眼で誤魔化す以外に何が出来るってんですか?」
しかして、返ってきたのはさっぱりした呆れ。
反射的に、リヒトは口を尖らせる。
不安とか心配とか帰せ。
「何おう!? 後ろからサクっと刺すぐらい出来るわい」
「リヒターテ様、言葉遣い」
「背後から奇襲するぐらい、ワケないわよッ!」
「ううん、地声を知っている分、裏声が気持ち悪いですね。ふふっ、よくそんな女声出せますね? 次期四天王より女装の方が天下取れるのでは?」
「アナタが後ろから刺すのっ!?」
「心外な、私は何処までも貴男のお側に侍る、忠実なる僕ですよ、相棒。……さ、そろそろ出て行かないと怪しまれそうですし。身だしなみの再確認ですわ」
「それ、相棒というより。母親の言葉じゃないか?」
「…………メイドとして当然の言葉です。――せめて。いえ、何でも。ほら、少し胸がずれてますよ」
「そう? 任せるわ、我が親愛なるカラード」
魔王城に居たときと変わらず、甲斐甲斐しく世話をするカラードの姿に。
リヒトは安心と安堵と、心強さを覚えたのだった。
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