第5話 カラード


 さて、である。

 カリエンテ王国の首都の存在する、デフェール女学院に行くこととなったリヒト達ではあったが。

 流石に、即時出発とはならなかった。


 学院へ根回しする時間も必要だろう、とリヒトは判断したが。

 そもそも、現在位置からカリエンテ王国首都まで馬車で二ヶ月の距離だ。

 旅支度、護衛の手配、やることは山積みであった。


(ま、それも全部勇者がやってくれたがなァ! しかし、なんとも時間がかかる事で。――やっぱり人類は魔族に征服されるべきでは?)


 出発までの一週間、勇者との恋人ごっこで着実に情報を集めながら。

 出発してから二ヶ月。

 文明の差、技術の差というものを、今更ながらに実感していた。


「あー、クッソ、ケツが痛い…………。なんで人類の馬車ってこんな乗り心地悪いんだよ……」


「リヒターテ様言葉遣い、――というか、二ヶ月間ずっと言ってて飽きませんか?」


「いや、だって。アナタもそう思うでしょ!? ウチのならクッションしっかりしてるし、そもそもこんな普通の砂利道で揺れないわよ!」


「リヒターテ様裏声気持ち悪い、……第一、二ヶ月間地道に地面を行くなら、ウチはとっとと空で二、三時間というな感じですもんね」


 馬車の中のリヒトは、カラードを膝に乗せて嘆息する。

 今日も彼は女装であるが、女学院にいく日でもある。

 故に格好は、白のブレザーに黒のネクタイ、白のブラウス、黒のプリーツスカート。


「……この服もさ、何か不自然だよなぁ。妙に洗練されてるっていうか、まるで――」


「――まるで、魔族の様、ですか?」


 スカートをピラピラさせるリヒト、白い太股は男だと知っていなければとても魅力的である。

 カラードはそれを、肉球ぱんちで諫め。


「一ヶ月も寝てて忘れましたかリヒターテ様? それとも授業から逃げてましたか?」


「うっさい、何となく口に出しただけよ」


「では、お答えになってくださいね?」


「魔族の祖先がこっちにやって来た時、人類に裏切った奴が居るから、でしょ」


 総人口で圧倒的に劣るも、高度な文明を持っている魔族が未だ世界征服を成し得てないのは、それが原因だ。

 裏切り者の魔族は、人類に『魔法』という技術を与え、――そして『勇者』という『魔王』に匹敵する戦力を生み出して。

 故に六百年以上の歳月を過ぎてなお、争いが続いているのである。


「そんなに人類側での生活が嫌なら、……戻りますか? つい先ほど四天王の方々との直通連絡網を確立しましたし、あちらの王都にも潜伏している者や、貴族の中に隠れ潜む賛同者とも直ちに」


「……ねぇ、あっちと連絡付いたって聞いてないんだけどソレ?」


「ちなみに、かの方々はリヒト様のご帰還と、臨時で魔王としての名乗りをあげて欲しいと言ってきてます」


「うぐッ、――あー、そうか。姉さんが失踪したままだったか……、まだ見つかってないんだっけ?」


 カラードはコクンと頷いた。

 基本的に、魔王というのは魔族随一の戦闘力が要求されるが。

 あくまで、魔族が魔族と名乗り始めた初期の掟。

 ここ何代かは既に世襲であったし、その前は人望のみが強みの者が魔王の座にあった事も。


 そんな訳で、魔王ナハトヴェールが急死する前は、その実子にしてリヒトの義姉、オニキスがいずれ次の魔王と有望視されていた。

 ――数ヶ月前お忍びで何処かに行った後、突如として失踪しても、だ。


 リヒトの頭の殆どは復讐の事で占められていたが、こう聞かされると思う所はある。

 彼にとって、四天王は兄弟のような仲。

 いつかは彼らの下で働き、実力をもって同じ高みに。

 だからこそ、その要請には答えたい。

 ――――だが。


「断りをいれておけカラード。俺は魔王様の復讐に動く。…………少なくとも、彼らの足を引っ張る事は無い事を誓う」


「ええ、そう言うと思って既にお答えしておきました。――――ご存分に、支援は惜しまない。との事です」


「…………皆、ありがとう」


 目頭が熱くなり、虹色の瞳は潤んで揺らめく。

 ああ、そうだ。

 理解してくれているのだ、愛させているのだリヒトは。

 そんな主人の気持ちをひしひしと感じながら、カラードは続けた。


「現在、代理として私の父が皆を取りまとめております」


 カラードの父は宰相。

 そしてその家は代々、魔王が死去した際に次代が君臨するまでの『繋ぎ』としての役目が与えられている。


「現在、融和支配の計画は四割まで済んでいます。これにより、万が一我らの本拠地の位置が割れて攻め入られても、その実行までに数十年は稼げるでしょう」


「…………つまり現在の所、魔族は健在。障害はあの男だけという事ね」


「はい、リヒト様が復讐を果たされる時間は十分あると、……もし勝てずとも、弱みを握る事が出来ると判断したようです」


「成る程、ね……」


 カラードの言い方の裏を読みとれば、リヒトが下手を打って正体がバレたり、命の危機に陥れば即座に回収の為の部隊が来るのだろう。


「まったく……、我が儘を許して貰った上に。……過保護過ぎよ」


 彼らもまた、きっとリヒトと同じく魔王ナハトヴェールを愛して居たのだ。

 そして同じように、復讐したいと望んで。

 ――――果たさなければならない、なんとしてでも。


(リヒト様…………)


 拳を堅く握りしめるリヒトの姿に、それでいて優しく己を抱きしめる腕の暖かさに。

 寂しさを嬉しさを感じながら、カラードの視線は主人の首にあるネックレスに注がれていた。


(勇者の妻となる者に送られる、『聖女』の証)


 カラードは知っている、その意味を、その本当の力を。

 だからこそ――。


(――――欲しい。それは私が持つべきよ)


 それが手に入れた時、揃えた時、カラードの宿願が叶う。

 血に架せられ、もはや本能と言うべきそれが叶えられる。

 どろり、と心の中で煮えたぎる何かが疼いて。


「…………ねぇ、リヒト様?」


「――え、カラード? どうしたんだその姿。一年ぶりじゃないか」


 瞬間、カラードは心のままに人の姿をとった。

 魔族というのは、どんな異形との間でも子が成せるように人型を形態を持つ。


 カラードの場合は、白い髪を持つ美少女。

 切れ長の目、青い瞳。

 美しい相貌、きめ細かな肌は氷の冷たさと、狼の野生を同居させ。

 白いエプロンドレスと紺のメイド服、その胸元は窮屈そうに膨らんで。


 魔族の宰相令嬢、魔王の子に使えるメイド。

 その二つを両立させた姿。


 カラードは自覚している、狂おしい感情に。


 カラードは自覚している、自らの姿の価値を。


 故に、躊躇無く己を武器に。

 リヒトの膝の上に横抱きで、華奢な腕を延ばし彼の顔を自慢の胸に導いて。

 抱擁は柔らかく、慈愛。


 唇をかの者の耳に、熱い吐息がかかるまで近づけて囁く。


「リヒト様、お願いがあるのです。――どうか、聞いていただけませんか?」


「…………なんだ、言ってみろ。だが対価は理解しているな」


 やや上擦った声、ごくりと飲み込んだ唾の音。

 やはり自慢の臀部の下から感じる、服越しでも解る熱い劣情。

 その事実に、口元を妖しく歪めながら囁く。


「そのペンダントの管理を。私に預けて欲しいのです。勿論、精巧な模造品を用意しますので、それからでいいのですが……」


「……お前に任せたら、万が一の問題は起きないな。いいだろう」


「うふふっ、ありがとうございます」


「――じゃあッ!」


「だぁめ、学院に入って落ち着いてからですわ」


 カラードは自慢の細い腰に延びた主人の手を、自らの指を絡ませる事で阻止しながら。

 その女と見間違う美しい顎を、誘うようになぞり。

 ――――即座に、白くて丸いもこもこ子犬に戻った。


「やっぱりそう来るわよねッ! 畜生ォ!」


「もうすぐ到着ですから」


 悔しがる主人は大変心躍る、と優秀なメイドであり妖しき巨狼の美少女カラード。

 頑張れば数分で……、いや、臭いが残るか……、と苦悩する魔王の養い子にして幻惑洗脳の魔眼使いリヒト。

 主従の乗る馬車は程なくして、学院の門をくぐったのであった。


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