第4話 復讐するは 我にあり



 憎き怨敵を前に、リヒト、――リヒターテは特徴的な虹色の瞳を揺らめかせ。

 瞬間、カラードは主人が魔眼を使うのでは、と危惧した。


(――――嗚呼、嗚呼、大丈夫だ。俺は冷静、冷静だ)


 今、リヒトが勇者について分かっているのは、複数の強大な武器を、文字通り自由自在に操るという事。

 そして、――魔王より強いという事。


 対し、リヒト自身の武器は魔眼。

 視覚のみならず五感すべてを惑わす『幻惑』と、瞳を合わせれば相手を意のままに出来る『洗脳』


(『幻惑』『洗脳』ともに射程内だ、……だが)


 憎しみを覆い隠し、リヒトもといリヒターテは戸惑ったような視線を送る。

 そもそも、勇者がどんな防御手段を持っているか分からないのだ。

 迂闊に使って、正体がバレるだけなら兎も角、殺される可能性が高い。

 何より。


(今、カラードを巻き込む訳にはいかないッ)


 金髪の偽令嬢は、無意識に白いもこもこふわふわな子犬を抱きしめる。

 どうすれば、何と言えば、さっきからリヒトは黙ったままだ。

 何か言わなければ、今この場で最適な言葉は。


(――――あれ? なんでコイツ黙ったままなんだ?)


 疑問に思った令嬢(偽)は、こてんと首を傾げてみると。

 その瞬間、勇者は手からバラを落とし顔を真っ赤に。


「………………か、可憐だ――――」


「えっと、その、勇者様?」


「――はっ!? ゴホン、すまない。君の瞳があまりにも綺麗だから、見とれてしまった」


「…………ありがとうございます?」

(はぁ? コイツ今なって言った? 俺の瞳が? うへぇ、気持ち悪い!!)


 勇者の反応にリヒトは戸惑いと嫌悪を覚えていたが、カラードはその理由を正確に把握できていた。


(あー、そうでした。知らない人はそうなりますよねぇ……)


 小さな頃からよく少女に間違われていた美貌は、成長しても健在。

 義姉から冗談半分に仕込まれた、男のツボを心得た仕草は、まさに理想の女性。

 さらさらとした黄金色の髪は、光に柔らかく反射し。

 魔眼である虹色の瞳は、芸術品の様に煌めき――。


「――突然ですまない。君も大変だった事は承知している。だが、どうか聞いてほしい」


「ひっ、う……、て、手を離して」(っていうか顔も近いよッ! 近いってぇの!! うぐぐ、が、我慢だ俺ッ!)


 入り口に居た勇者は、瞬く間にリヒトの側でその手をしっかり握る。

 心の中は嫌悪感で占められていたが、悲しいかな。

 余興の為とはいえ培われた技術は、リヒトの頬を恥ずかしそうに赤く染める。


 ――この状況を、勇者の側から考えてみよう。

 諸悪の根元である魔王を倒し、囚われの美姫は眠り姫。

 起きたばかりのリヒトだけが知らぬ事だが、勇者がこの砦に留まっているのは、助け出されたリヒターテ嬢(偽名)に一目惚れしているから。

 というのは、もはや砦の中のみならず遠く離れた王都や近隣諸国にまで伝わる噂。


 その彼女(男)が起きてみれば、涼やかな声で、仕草は可憐で、蠱惑的すぎる瞳。

 これは正しく――――運命(但し、一方的な)

 そして正しく――――有頂天(勿論、一方的な)

 ならば、ならば、ならば。

 次に魔王を殺した男のとる行動など、一つしかない。



「俺と、このレフ・レクシオンという。君に心奪われた一人の男と、――――結婚、してくれないだろうか」



「~~~~~~~~ッ!?」



 予想通りの言葉にカラードは頭を抱え。

 予想外の言葉にリヒトは絶句して。


(コイツ正気か? いくら一目惚れって言ったって、こっちは目が覚めたばかりの病人だぞ? いくら俺の女装が上手すぎるっても、男だぞ? 見抜けないのかコイツはッ!?)


 驚きのあまり、あー、だの、うー、だの。

 無意識に、恥ずかしがる美少女を演じる一方。

 その心は、勇者の気持ちと反比例するように地に落ちていく。


(……ははッ、ははははッ、クハハハハハッ!! 勇者ァ!! これが勇者かッ!!)


 いくら突拍子のない事態に陥っても、リヒトの脳裏から離れる事はない。

 ――目の前の男が、唯一無二の父を殺した事を。


 愛を告げるその顔を残虐に歪め、家族である兵士達を無慈悲に殺した事を。

 忘れない、決して、忘れるどころか、強く、強く思い出されて。


(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼――――ッ!!)


 なんて、なんて幸せそうな男だろうか。

 人類の宿願を果たし、運命の様に美しい少女を助け結婚を申し込む。

 まるで、昔読んで貰ったおとぎ話の主役のようで。


(ハンッ! ここで俺が『はい』といえば、めでたしめでたし? 人類は救われ、勇者は幸せに暮らしました?)


 そんな事が許されていいのだろうか。


(お前はッ! 親父をッ! 俺の親父を殺したんだぞッ!! 幸せになっていい筈がないだろうがッ!!)


 リヒトの冷静な部分が、それこそが人類と魔族の戦いが長引いている原因だと告げていた。

 だが、だが、だが、だが、――それがどうした?


(もしかしたら、お前も大切な人を俺達魔族に奪われたかもしれない。――――だけど、そんな事はどうでもいいッ!)


 大切な事はただ一つ。

 リヒトは目の前の男に、理不尽に親を奪われた。

 それなのに、指をくわえて眺めていろとでも言うのだろうか?

 目の前の存在の『幸せ』を、黙って見過ごせと?

 そんな事、断じて、決して、天と地が許しても。


(許せる訳ねぇだろうがよぉッ!! 絶対に殺すッ!! 今はまだその時じゃねぇ、でも絶対に殺すッ! 地の果てまで追いかけて殺すッ! お前の全てを奪って殺すッ! 大切なものを汚して壊して殺すッ! 絶望の果てに苦しめて殺すッ!!)


 リヒトの胸に、再び憎悪の炎が荒れ狂う。

 しかし、その感情をひと欠片もみせる事なくリヒトは勇者に微笑んでみせた。

 嬉しそうに、これが運命なのだと、清らかなる乙女の笑みを。

 魔王の教えの一つ、――戦いの場にて情に流されるなかれ。


 勇者がリヒトを愛するというなら、リヒトが勇者に向けるのは偽りだけだ。

 けれど一つだけ本当を、一人称は『アタシ』とする事に決める。


 貴族のご令嬢としては『私』とした方が相応しいのだろう。

 だが『アタシ』という言葉は、魔王が女装したリヒトに使うように言った言葉。

 父の愛を忘れない為に、勇者への憎しみを忘れない為に。

 リヒトはリヒターテに、『俺』から『アタシ』となって――。


「――勇者様、アナタの気持ち……とても嬉しいわ」


「ではっ!?」


 きっと魔王は、復讐などするな、などと宣うだろう。


「ええ、その気持ち。確かに受け取るわ。――けど、ひとつだけ叶えてほしい事があるの」


「叶えてほしい事? ああ、オレに出来ることなら何でも言ってくれ!」


 優しいあの父親は、リヒトが憎悪に染まるのを善しとしない。


「アナタは多分知っているのでしょうけど、アタシにはもう家族が居ないわ……、帰る所がないの。だから…………」


「つまり――、オレの側に居たいと?」


 でも、だからこそ、そんな優しい父を殺した男を、幸せになろうとしている男を、赦して、許してなるものか。


「…………ダメ?」


 リヒトは哀れな令嬢リヒターテになりきって、寂しさに震えた瞳を。

 精一杯勇気をだした声を、弱々しく彼の手を握り、縋って。

 ――そんな主人を、カラードは一瞬たりとも見逃すまいと静かに見つめる。


「…………オレとしても、リヒターテ。貴女と一緒にいたい。でも、駄目なんだ」


「理由を聞いても?」


 リヒトの問いに、勇者は少し躊躇いをみせたが真剣に答えた。


「魔王は倒した、……けど、まだ全てが終わった訳じゃない。――四天王を筆頭とした魔族の残党が、まだ残っている」


「危険、ということね」


 四天王が健在であり、彼らの配下の兵達もまだ。

 その事に、リヒトは安堵と希望を覚えた。

 彼らと合流できれば復讐もやりやすくなるし、きっと力にもなれるだろう。


(ここは是が非でも着いていって、ああ、コイツらを内部から崩壊させるのが一番いいかもしれないなァ!)


 リヒトはここぞとばかりに涙腺を緩ませ、涙を一筋。


「……アナタも、アタシを一人に。――――いえ、何でもないわ、気にしないで。勇者様が危険だというなら…………」


「う゛う゛っ、……あー、その…………」


 家族から裏切られ、魔族に囚われ、心に傷を負った寂しげな少女の涙(偽)に勇者はおろおろ。

 数秒、視線をさまよわせ。


「そ、そうだ! リヒターテ、君に頼みたい事があるんだ!!」


「頼みたい事?」


「俺には妹が居るんだが、カリエンテ王国の王立デフェール女学院は知っているね?」


「ええ、確か勇者様の婚約者のプラミア王女殿下も、通っているって聞いているわ」


 リヒトは素知らぬ顔で、婚約者はどうすんだと指摘する。

 案の定勇者は、動揺しながら言い訳しようとし。


「そう、プラミアも――――あっ、そ、そのっ、言い忘れてたけど――――」


「ふふっ、解ってるわ」


 最後まで言わせない。

 勇者の血を残すため、代々の者に複数の妻が存在している事など魔族にまで広まる常識だ。


(ケケッ、複数の女が居ることを許す、そういうのがクるんだろう?)


 自分も男である事を棚に上げ、リヒトは嘲笑した。

 ともあれこんな話題を出した以上、この会話の行き着く先など明白である。

 リヒトは爽やかに微笑み、超絶不本意だが礼まで言った。


「――ありがとう、アタシに居場所と役割を与えてくれるのね」


「ああ、言い方は悪いかもしれないが……、君を、離したくない、繋ぎ止めておきたい」


「そして、安全な所に居て欲しい……でしょ?」


「…………驚いたな、君はもう俺の事を理解してくれているのか」


 やはり運命の人だと喜ぶ半面、一緒に居られなくて残念だと悔しがる勇者。

 リヒトとしても、直接弱みを握る機会が減って残念半分、一緒にいる時間が長いほど女装がバレる危険があったので安堵半分。

 ――リヒトの忠実なる僕、カラードとしても一安心である。


「ああ、本当に君と一緒に居られないのが残念でたまらないよ」


「アタシも、もっとアナタを知りたいけれど……ええ、我が儘は言えないわ」


「すぐに四天王を倒して、君を迎えに行くよ。――その約束の証、という訳でもないのだけど」


 勇者は、身につけていたペンダントをリヒトに渡した。

 魔法が付与されているのか淡く光るそれに、何故か既視感を覚えながら嬉しそうに受け取る。


「これは?」


「代々の勇者に伝わる、妻となる人に送るペンダントさ。これがあれば何処の国でも君の身分を保証してくれるし、なにより、とても強い守護の力が宿っているんだ」


「アナタの愛がアタシを守る、そういう事ね?」


「ははっ、リヒターテは俺を喜ばせるのが上手いな。――うん、妹……ルクレティアとプラミアと仲良くしてやってくれ」


 リヒトはその言葉に、満面の笑みで頷いて。


(クカカカカッ! バカ過ぎるぜオマエッ! わざわざ弱みを知らせてくれた上に、安全な所まで送り届けてくれるなんてなァ!! その大切な妹とやらもッ、婚約者とやらもッ、俺の魔眼で壊した上で、手駒にしてやるからなァ! ハハハハハハハハッ!!)


 かくして、リヒトは復讐の第一歩を踏み出すこととなった。


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