第3話 目覚めれば 勇者
リヒトが目を覚ませば、そこは見覚えの無い部屋だった。
下士官が利用する様な、粗末だが清潔そうな医務室。
堅いベッドに白いシーツ、少し堅い枕。
窓からは遠くに森が。
(…………何処だここ? あの森も見覚えないし。しかも体中痛いし)
まるで何日も眠っていた様に、思考がはっきりしない。
手を見れば包帯だらけ、首を触ればまたも包帯。
寝着に隠れて見えないが、胸や腹、恐らく太股なども包帯が巻かれている。
(っていうか、アレ? なんだコレ。女物の寝着じゃねぇか。しかも頭重い――――うん? 髪がすっげぇ延びてるッ!? え、どれだけ寝てたの俺ッ!?)
短く整えられていた金糸の髪は、いつの間にか背中の中程までの長さに。
リヒトは美しい、だがその美しさは所謂『女顔』の方向であり。
(バカなッ!? 女になって………………いや、違うな、自慢の息子はちゃんとあるぞ?)
つまりは、――女装。
誰かが寝ているリヒトを女装させたのだ。
今の格好は、傷だらけで病床に伏す金髪美少女。
もし、リヒトを知らぬ者が居れば、哀れでか弱い美少女だと思うだろう。
それだけの自信が、リヒトにはある。
何故ならば。
(ま、俺は美しいからな! 魔王様だって『おい、リヒト。お前ってオレの初恋の人に似ててなぁ……、どうだ? ちょっと女装せんか?』って、宴会やる度に女装させられて――――――――)
「――――魔王、様…………」
そして、思い出した。
魔王城が勇者の奇襲により、破壊された事。
家族も同然の兵達が、虐殺された事。
父である魔王が、勇者に殺された事。
「ああ、ああ、ああ、ああ、あぁ、ぁぁ、ぁ~~~~~~~~~~~!!」
勇者、勇者、勇者、あの憎き男に父は殺されたのだ。
何もかも、誰もかも――。
「――そうだッ! カラードッ! カラードはッ!?」
城の地下に一緒に落ちた所までは覚えている。
あの時リヒトは、確かにカラードを腕に抱えて。
(まさか……、いや、そんな筈はない)
リヒトは恐怖に染まりながら頭を振る、カラードは見た目の様な、丸くて白いもこもこの子犬――ではない。
巨狼、城の半分の高さの大きさの狼。
普段の姿は、リヒトの側にいるために小さくなってるに過ぎない。
(俺が生きてるって事は、アイツが死ぬ筈がない)
だが、だがしかし、もしカラードが巨狼の姿で勇者に立ち向かってしまったのならば。
(大丈夫だ、大丈夫、アイツはきっと生きてる……)
リヒトが震える手を、祈るように組み合わせたその時だった。
パタンと扉があき、小さな足音。
「――――リヒト、様? リヒト様っ!? 目を覚まされたのですかリヒト様ぁっ!!」
「カラードッ!! 無事だった――ぐえっ、お、お前……少しは手加減しろぉ……」
緊張したのも束の間、胸に飛び込む白くて丸いもこもこ。
そう、カラードは生きていたのだ。
リヒトは胸の傷の痛みを無視し、カラードを抱きしめる。
「良かった、カラード……、生きててくれたんだな…………」
「リヒト様こそ、やっと目を覚まして…………心配したんですよ。この一ヶ月、ずっと目を覚まさないで……」
「ああ、悪い、心配かけた…………? 一ヶ月?」
「はい、そうです。リヒト様。貴男は助け出されてから一ヶ月間、ずっと眠ったままで…………私、私はぁ…………」
えぐえぐと泣き出す子犬を大切に抱きしめながら、リヒトは嫌な予感が止まらない。
何故、カラードが居てリヒトは女装姿で眠っていたのだ?
(不味い、不味い事態なんじゃないか多分ッ!?)
全ての魔族が敬愛する魔王が死んだばかりだ、養い子とはいえ、その息子のリヒトを女装させて寝かせている訳がないし。
そもそも、カラード以外にも看護の者が居ても不思議ではないし。
こんな下士官用の部屋ではなく、もっと豪華な部屋でも変な事ではない。
――となれば。
(考えられる事は一つ、…………ここは魔族領では、無い)
カラードには悪いが今すぐに、聞かなければならない。
「……なぁカラード、此処は――――何処だ?」
「ひっく、ひっく、ぐすっ。…………はい、お察しの通りです。ここは人間の前線拠点、名前だけならリヒト様もご存じかと思いますが、ラテート砦です」
「――――ッ!?」
リヒトは辛うじて声を押さえた。
ラテート砦とは、魔王城から一番近い人類側の砦。
所謂、敵地の最前線だ。
どうして、何故そんな危険な場所に。
そんな主人の疑問を読みとり、カラードは説明した。
「リヒト様は覚えていますか? 私達は地下の使われていない牢獄へと落ちました。瓦礫に潰されて死ななかったのは不幸中の幸いですが」
「まて、使われてない牢獄だと? そこは確か……」
「はい、魔王様がよくお忍びで城下町に遊びに行く時に使っていた所です」
そこならば、リヒトも覚えている。
遊びに行く魔王に連れられて、一緒に活用していたからだ。
「あの戦いの余波で、脱出路は潰されてしまっていたのですが。幸い……なんですかね。その……」
「なんだ? 歯切れの悪い。いいから言え」
「実はですね、次のお忍びは人間の町に行くつもりで、その為の準備した品が運良く残っていたんです」
そこまでの情報で、リヒトには後の展開が理解できた。
「成る程、俺は怪我で意識を喪い動かせない。かといってお前が本気を出せば、脱出するにしろ立ち向かうにしろ、勇者に細くされて殺されかねない。――――なら、出来ることは捕まっていた人質のフリをして助けを求める事だけか。今の姿なら俺は、貴族令嬢って言っても通じるし、お前は使い魔で誤魔化せるものな」
とはいえ、疑問は残る。
「一ヶ月間って言ったな。よくそんな長い間、誤魔化せたな」
「ああ、リヒト様は知らないのですね。まぁ魔族は使い魔なんて持ちませんから無理もありませんが」
「なんだ? 使い魔ってのは、魔力を持つ動物を従わせてるってのじゃないのか?」
「いえ、何でも魔力を凝縮させ、自分の人格の一部を転写して使う。高度な魔法とされてるようです」
「なんだ、その魔力の無駄な使い方……、他の事に使ったほうがよっぽど効率的…………いや、今はそんな事を言っている場合ではないか」
「はい、――――ッ!? リヒト様、誰かが来ます。恐らく勇者! 接触まであと三十秒!! 私は喋れないフリをしていたので対応願います!、リヒト様の現在の名前は、地方貴族の令嬢リヒターテ・オーンドブル。高位の魔法使いである事を家族に妬まれ、魔族に売られてしまったという設定です!」
「おい、ちょっ、ああ糞ッ――――!?」
設定を即座に飲み込みつつ、直後ノックが。
そして。
「リヒターテ嬢、起きている気配がしたのだが…………、ああ、目を覚ましたようだな」
「――――――――勇者、……様?」
「ふむ、私の顔を知っているとは勇者冥利に尽きるな。とはいえ自己紹介は必要だろう。私はレフ・レクシオン。勇者であり、…………君を、助け出した男さ、麗しのお嬢さん」
やや濃い茶色の髪、魔王に匹敵する身長。
腰や背に合計五本の剣。
忘れもしない、間違える事の無い、低い声。
整っているが故に、余計にムカツク顔。
――――勇者。
(勇者、勇者、勇者――――!! …………いや、なんだコイツ、ホントに勇者か?)
そこには、何故かキメ顔でバラ一輪を差しだしポーズをとる勇者の姿があった。
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