第2話 魔王 が 死んだ日
「え、は? ま、魔王さま――――」
「危ないっ!!」
カラードに横から突き飛ばされ、瞬間、リヒトの立っていた場所が轟音と共に削り飛ばされた。
リヒトは背中を強く打ち付け、しかし痛みを感じるより脳が動揺に支配される。
(え? は? ぇ? な、なんだ今の? 魔王様、こ、殺され……? いや、馬鹿か俺は、見間違いに違って――)
全身から血の気が引き青褪める。
走ってきた以上の心臓の鼓動は激しく、重く、焦燥感が言葉にならない呻き声を漏らし。
(そ、そうだ、見間違いだ。魔王様が負けるわけない、ないだろう? アレは俺の見間違いだ、きっと襲ってきた奴の首で)
でも、でも、でも、一瞬にして強烈に焼き付いた記憶は、ガンガンと頭を揺さぶり。
そして自分すら騙せない希望を握りしめるリヒトを嘲笑うように、追い付いてきた兵の声。
「馬鹿なっ! 魔王様! 今お助けしま――っ!?」
「者共、怯む――ぐあぁっ!?」
「くそ、なんだアイツはっ! 誰か四天王に連絡を――ぎゃあああああ!! 足がぁっ!?」
「今代の勇者だっ! 距離を――!?」
(みんな――っ!?)
駆け付けた兵士が次々と殺されている。
大きい空気の震え、鈍い音、良く分からない甲高い金属音、ドカ、、ベキ、グシャ、ボタボタと落ちる水音。
絶え間ない悲鳴と怒号と、忍び寄る死の気配。
倒れるリヒトの頬にまで押し寄せる――あかい、みず。
(倒れてる場合じゃねぇっ!!)
正気に戻ったリヒトは、体の上からカラードを退けようととし。
「離せカラードォ!! 寝てる場合じゃねぇんだよッ!!」
「駄目ですリヒト様!! 今出ても死ぬだけです! お願いです、どうか、どうかこのまま――アガッ!?」
「ッ!? 大丈夫かカラード!?」
その時、戦闘の余波で瓦礫がカラードの体に直撃する。
「勇者めぇえええええ! 魔王様の仇――ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
「よくも皆を――ガハッ!? に、逃げろぉ!! 一人でも良い、逃げ――グギアアアアアアア!?」
「俺たちが時間を稼ぐ、だから逃げ――ひぃ、俺の下半身がぁああああああああああ!?」
名前は無かった、だが兵達の呼びかける先は同じ兵士ではなく。
――リヒトとカラード。
彼らは今。
圧倒的な暴力を前に、最強の存在と思われていた主君すら倒した暴力を前に必死に立ち向かって。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼―――、逃げてくれ、逃げてくれよぉ!! 俺たちに構わずさぁ、逃げてくれよぉッ!?)
数々の断末魔が、瞬く間に多くの命の潰える音が響く。
死んでいく、みんな死んでいってしまう。
(勇者、勇者、勇者ぁアアアアアア! 何故だ! 何故殺す!! お前の目的はもう達成したのだろうッ!! 何故皆まで殺すんだッ!!)
魔族とは即ち、卑しき侵略者。
人間にとっての怨敵であり仇敵、今までやってきた事の、幾度となく繰り返された報いが来ただけなのだ。
リヒトの冷静な部分はそう告げていたが、感情が納得できるはずがない。
父と慕う者を、家族も同然だった者を。
今もなお殺されているというのに、因果が廻っただのという言葉で納得出来るはずがない。
(瓦礫! 早く、早く退けないと! 敵わずとも、せめて一矢報いて、この魔眼なら傷の一つぐらい、せめてカラードを助ける隙の一つぐらいはっ!!)
やっとの思いで、カラードとリヒトを押しつぶそうとする瓦礫を押しのけ。
目に入るは――地獄。
見知った者が居た。
見知らぬ者が居た。
さっきまで、笑いあってた者が。
明日、食事を共にするかもしれなかった者が。
その誰もが、――人の姿を留めていない。
片足しか残らなかった者。
指先しか、頭の皮しか、眼球ひとつ、どことも知れぬ内臓の。
動ける者も居たが誰もが死に瀕して、それでも勇者に立ち向かって。
その中で、勇者は――――嘲笑っていた。
四本の剣を宙に浮かせ自在に動かし、放たれるは虚空を切り裂く斬撃、雷の炎。氷結の嵐、光の雨。
そして右手で掲げる煌びやかな長剣の先には、――魔王ナハトヴェール・バースキンの首。
「お前が皆をッ!! 親父をオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
「リヒト様っ!」
叫んだ瞬間。幸か不幸か天井と床が崩れ、リヒトはカラードに庇われる形で地下まで落ちていく。
(勇者レフ・レクシオン! 覚えたぞ貴様の顔っ! 殺してやるっ! 絶対に殺してやるっ! お前の全てを奪って汚して、生まれた事を後悔させて殺してやるからなぁっ――!)
(リヒト様っ、リヒト様っ、どうか貴方様だけでも――――)
二人が一番下まで落ちた直後、その存在を守る様に瓦礫が避けるように。覆い隠す様に積み重なって…………。
降魔歴665年。
その日、魔王は殺されて。
――世界に幾度目かの平和が訪れた。
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