魔王殺しの勇者に贖いを

和鳳ハジメ

第一章 デフェール女学院潜入編

第1話 魔眼 の リヒト



 降魔暦665年。

 当代の魔王ナハトヴェール・バースキン。

 かの者の居城にして前線拠点である白亜城バースキンでは、普段通りの光景が見られた。


 首都ではない故に城下町はそれ程大きいモノではなかったが、歴代でも随一に慕われる魔王。

 民は自然と集まり、商人達も活気づいて。

 ――平和そのものと言っても過言ではない。


 人類との戦いは一進一退ではあったが、それが為に城の雰囲気も悪くはなく。

 今日もまた、城裏手の練兵場からは戦意溢れた兵士達の腕を磨く声。

 いずれも屈強な肉体を持つ者ばかり、そんな中に一際目立つ一組が。


「フハハハハ! くらえ我が必殺の魔眼殺法!」


「訓練でソレ使うのは狡いです、リヒト様っ!」


 筋肉質で巨体の兵士達から、生暖かく見守られているその者の名。

 ――リヒト・バースキン。

 人の身でありながら、魔王に育てられた少年。

 女と見間違える様な整った顔立ちの、金髪虹眼の魔眼使い。


 一方で対するは、白毛で丸々もこもこの子犬、もとい仔狼。

 名を、カラード。

 リヒトの忠実かつ親愛なる従者である。


「はんっ、自分の才能が恐ろしい……、こんなに精緻な分身を産み出す事が出来るなんて………」


「ついでと言わんばかりに、体の支配権を奪おうとしないでくださいよ……、面倒なんですよソレ」


「ええいっ、ちょこまか動くんじゃないっ! 大人しく幻惑洗脳の魔眼の餌食になるがよいっ!」


「ああもうっ! 声出てるのも偽物じゃないですかぁっ!? 読めてるんですよその戦法!」


「ぬおっ! 俺の、後ろからグサー作戦が見破られらだとぉ!?」


 一見、才能任せの戦いで、更に言えば美少年が子犬と戯れる光景にすら見えるのだが。


「ヘヘっ、流石リヒト坊っちゃんだぜ、また魔眼の精度が上がってやがる」


「こりゃあ、次の四天王は間違いなくリヒト坊っちゃんだな!」


「つかさ、カラードもよく魔眼に対抗出来るよな」


「んだんだ、坊っちゃんの視界に入るだけでかかっちまうし、幻惑だって破壊行為が出来ないだけで、アレに殴られたら痛みがあるもんなぁ……」


 無尽蔵に生み出される、相手に干渉出来る幻惑と、見た者を洗脳する魔眼を持つ魔王の養い子。

 そんな彼に使え、そんな彼に対抗出来る実力を持つ仔狼。


 長寿である魔族からは、まだ幼く見えるリヒト達であったが。

 将来有望な未来の上官の姿に、兵士達は親しみと希望の眼差しを。

 そんな日が続くのだと、リヒト自身も信じていた。

 ――――だが。


 空から一筋の光が落ちた瞬間、轟音と共に城の上層部が消し飛び。

 一拍遅れて、残った部分が瓦礫と化しと炎が充満する。


 誰もが唖然とし混乱から醒めぬまま、城の中から壁が突き破られ、爆発が起こる。

 ――もし此処が、人類の城なら兵たちは唖然としていただろう。

 だが、ここは魔族の拠点。

 人間から、蛮族魔王と恐れられた魔王ナハトヴェール・バースキンの居城。


「――――敵襲! 敵襲うううううう!! ハハハハっ! 魔王様が敵と戦ってやがるっ!! 者共ォ! このリヒトに続けェ!! 魔王様の下に駆けつけるぞおおおおお!! ――グエっ!?」


「待ちなさいリヒト様、御身はまだ修行中の身でしょうが、行って何の役に立つのですか……」


 血気盛んに城へ戻ろうとしたリヒトは、カラードによってすってんころりん顔面を地に打ち付ける。

 なお、周囲の兵士達もウンウンと首を縦に。


 彼らとて、リヒトの様に魔王の下へ駆けつけたいが、次期四天王候補とはいえ兵士でもない者を戦場に活かせる訳にはいかない。

 何より。

 養い子で人間であるとはいえ、リヒトは魔王の一族に名を連ねる尊き同胞。

 最強無比の魔王の援護に行くより、彼の護衛をするのが筋である。

 

「リヒト坊っちゃん、我らと共に避難しましょうや」


「そうそう、悔しいが行った所で我らは足手まとい、魔王様の戦いの邪魔になるなら、せめて安全な所で眺めてましょうぜ」


 人間と変わらぬ姿を持つ者も、四本足の獣の姿に者も、鱗や翼を持つ者も。

 この場に居るどの兵士も、口々にリヒトを諌める。

 だが、それを素直に聞くリヒトではなく。

 彼は虹色の瞳を輝かせて、拳を振りあげた。


「バッカもーん! 俺様リヒト・バースキンは魔王様の養い子にして、幻惑洗脳の魔眼を持つ四天王だ!」


「まだですよリヒト様」


「うっさいカラード!」


 リヒトはカラードを小脇に抱えると、彼らに向って叫ぶ。

 彼らの言う事は尤もだが、愛する父、敬愛する父が戦っているのだ。


「ともかくだ! 魔王様が居るんだ! たかが城を壊すぐらいの襲撃者なんて、すぐにノシちまうだろう。――だが、俺達の魔王様が戦ってる前で、魔族の一員としてのうのうと逃げる事が出来ようかっ! 後片付けぐらいは真っ先に手伝うぞ! 者共よ続けェーー!!」


「ああっ! 誰かリヒト様をお止めしてくださいぃ!?」


 猛然と走りだすリヒトに負けじと、カラードの叫びも虚しく兵士も追走する。


「おおー!」「おおー?」「え、いいのか?」

「おいバカ、リヒト様は魔王様そっくりな性格だから言い出したら聞かないだろっ! ついてってお守りしないと!

グズグズすんな!」


「ひゃっほう魔王様、今リヒトが行くぜぇ!」


 崩れる壁と天井、豪華な調度品や絨毯は炎で燃え盛り、――魔王城は落城寸前どころかいつ瓦礫の山になるか分からない。

 だが、リヒトを始め兵士達の顔は明るかった。

 魔王ナハトヴェール・バースキンへの信頼は厚い。


 魔族らしい黒髪褐色の、常人の倍の巨体と筋肉、頭部には大きな二本の角。

 誰が行ったか蛮族魔王、拳のみで全てを圧倒する歴代最強の魔王。

 リヒト達の脳裏に浮かぶのは、勝利し高笑いする魔王の姿。

 敬愛し、尊敬する魔王の姿。


『ガハハハ、勝利だぁああああああ!

よぉリヒト! 戦勝祝いにサキュバス風俗行こうぜぇ! お前もそろそろ童貞卒業だろ!』


(そうそう、以前の戦役で勝利を収め帰ってきた第一声はこうだったなぁ)


『よぉリヒト! 見ろよこの魔剣! すげぇカッコいいだろ! 空間を斬る力がある代わりに、性別が逆になるんだってよ! 面白いモン作るよなぁエルフの鍛冶職人ってのは!』


(そういや、あの剣ってまだ誰も使ってないよな。ちょっと欲しかったから、今回の勝利のどさくさ紛れにねだってみようか?)


 そんな風に思考はそれつつ、足は確実に動き謁見の間の前。

 今日のこの時間は、ここに居るはずだ。

 今日もまた、悪戯小僧の様な笑みで出迎えてくれる筈だと勢い良く扉を開き。


「魔王様っ!! ――――ぇ?」


 ―――目に入るは、胸を剣で貫かれた魔王。


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