第31話~コーヒーと内心
適当にアイスコーヒーを注文して、冬馬の向かい側に純と笹森が座ると言った形で腰を下ろす。それから各自が注文した飲み物が運ばれてくると、笹森が「それじゃ話しますか」と
「松田君から話は聞いたよ。大変な目に遭ったんだってね」
「まぁ……」
恐らく笹森が言及しているのは、伊達関連の出来事だと思うが、冬馬の心境として一番辛かったのは最も他の事だ。だがそれを言ったところで話が面倒くさくなりかねないので要らない情報は口を噤むようにした。
「けど水城君の配慮のお陰で、他のクラスメイトが何かされるとかはないみたい」
笹森のこの言葉を聞いて少しホッとした。球技大会の日から今日まで自分なりの解釈で状況をとらえてきたので、実際にいじめられている人がいないという確信を持てないまま過ごしていたので聞いて安心した。
だが顔を綻ばせている冬馬とは真反対に真剣な表情をした純が言った。
「でも、僕はそんなの望んでいない」
「え……?」
「だっておかしいでしょ。何で他の生徒の為に冬馬一人が犠牲にならなきゃないの? 冬馬は優しいから受け入れてるかもしれないけど僕は嫌だ。だから前みたいに一緒に話そうよ」
だが元はと言えば親友である純を遠ざけたのは紛れもない自分自身だ。それで時間が経ってから冬馬も一人でいるのが辛いからと言って、一度背を向けてしまった親友に開き直って顔を向けるなんて到底出来た事ではない。
冬馬の心の中に葛藤が生じる中、純は続けた。
「僕、違うと思うんだ。大事な親友が辛い目に遭っているのに見て見ぬ振りをするなんて。そりゃあ伊達も怖いけど、僕にとっては冬馬を一人にするクラスの雰囲気の方がよっぽど怖いよ」
「純……でも俺は自分から遠ざけてるんだ。皆が悪いわけじゃないよ」
「違う。それは皆に弱い心があるからだよ。でもやっぱりこんなの納得がいかなかったから、僕はもう弱い自分でいる事を止めた。だから冬馬、また一緒にいようよ」
こんなにも完全に冬馬の言葉を否定する純は見たことがない。冬馬の目を見て一生懸命に訴えてくれるのは、この期間に自分のことを何よりも考えてくれていた証拠だろう。
……もし純が本気で自分と一緒に居たいと言っているのであれば、少しくらいは心を許すのはアリかもしれない。それに本心で語るならば自分だって一番の親友と話す事すら許されないなんてあまりにも寂しすぎた。
純だけではなく、冬馬にとっても我慢の限界に近づいていた。
「……うん。今までごめん。それと純、これからもよろしくね」
「僕も今までごめん……でも良かった。また冬馬と話すことが出来るなんて。笹森君、協力してくれてありがとうね」
「あ……」
純との感動シーンに心が奪われてしまって、冬馬の心の中に渦巻いていた一番の疑問の事を忘れてしまっていた。
「あ、あの。純と笹森君って何で仲良くなったの?」
冬馬の投げかけに、向かい側に座る笹森がアイスコーヒーを一口啜って答える。
「あー、最近水城君が学校で一切口開かないから、松田君に事情聴いたら教えてくれて話してるうちに仲良くなったって感じ」
「そ、そうなんだ……」
大分噛み砕かれたような気もするが、話の内容からして笹森も自分の事を少しでも気にかけてくれたんだろう。彼とは球技大会での一回しか話したことはないが、それでも自分を気にかけてくれてたという事が非常にありがたい。
この学校に入学した時から彼の事は視界に入っていたが、絵に描いたような素晴らしい人とはこういうことなんだなぁとつくづく実感する。
それに容姿に伴って中身も良いというのは、笹森に対して羨ましいと嫉妬する反面、今の高校生に多く見られる「差別」の概念を壊しているような心持ちに尊敬している。
「そういえば、冬馬が一人でいた今までずっと小説書いてたよね? どこまで進んだの。ラブストーリー」
笑みを漏らして話し始めた純の最後の言葉に、馬鹿にしたような感情が混じっているような印象を覚えて、まだ笑うのかと突っ込みたくなる。
「え、水城君ってラブストーリー書いてるの?」
「まあ、サークルの課題でね……。でも全部バッドエンドルートに行っちゃって刹那社長に怒られそうなんだよね」
「刹那社長って?」という笹森の疑問に、純が「僕たちのサークルのボスだよ」と答える。本当は今日も執筆作業の続きをしようとしていたところだが、何の刺激もない現状を打破しない限りは、結局バッドエンドルートに息ついてしまうのが見え見えだ。
「ちょっと読ませてよ」
ニコニコと笑顔のまま純が口を開く。
あの日、課題を貰った帰り道に爆笑の渦に飲み込まれていた純に見せるのは気が進まないが、もしかしたらバッドエンドを抜け出すアドバイスが貰えるかもしれない。
鞄からホッチキスで纏めた資料を出し、純の問いかけに了承しようとした時、純の隣に座っていた笹森が言った。
「……僕にも読ませてもらってもいいかな?」
「うん、良いけど」
冬馬のビジョンに、これまでスポーツマンのイメージが定着していた笹森が小説を読みたがるなんて思いもしなかった。ましてや教室でも本を読んでいるところを見たことがない。
まあいろんな意見が聞けて良いか。と納得した冬馬は、「先に僕が読ませてもらうね」という純の要求に、先に読んでもらう事となった。
純が読んでいる間、本なんて読むんだね。まあ家で小説は読んでるよ。などと笹森と雑談を交える。それから少しして、読み終わった純が笹森に資料を手渡した。
「冬馬……ラブストーリー書ける素質もあったんだね」
「え、ああ、ありがと」
何かしらの指摘が飛んでくるのかと覚悟していたので、思いのほか褒められて変な感情になる。
「でもこれじゃあ
「ですよね……」
失恋の物語を執筆したかったわけじゃない。ただどうしてもと言っていいほどに自然と物語がバッドエンドの方向に傾いてしまう。
「要するに、主人公が些細なキッカケでヒロインの事を好きになって、段々とお互いの距離を縮めて行っていると思っていたけど、それは主人公の勘違いで、ヒロインからしてみれば普通に男子生徒と関わるのと同じだったと。しかもある出来事によって主人公が虐められてしまったとき、学校一に君臨する美女ともいえるヒロインはゴミを見る目で主人公を見下して、それに傷ついた主人公は不登校になって他の人から心を閉ざしちゃうわけだ」
「おお、凄く綺麗にまとめたね」
純はもとより、定期的に開催されている学校内の考査でも、国語の点数が他の教科に比べて圧倒的に高い。国語だけなら冬馬よりもいい点数を取っているが、他の教科が全然なので、いつも順位は真ん中よりやや下という結果を残している。
「これをバッドエンドから抜け出すって、どっちかが行動を起こさないと厳しいんじゃない?」
「まあ、結局はそうなると思うんだけど、どう行動を起こしていいのかわかんないんだよなぁ」
頭の中で色々と構成を練り直したり、色々な小説も読み漁ったりしてしなりをを考え直してみたが、やはり今までに自分の身に恋愛経験がない……こっぴどく振られた経験しかないせいか、今の高校生の恋愛を描くことがとても難しい。
「愚直に書いてみるってのもアリなんじゃない?」
「愚直って?」
「物語を素直に進めてみるってこと。口悪くなるけど、読んだ感じ胸糞悪いっていうかモヤモヤが止まらないっていうのかな。両方とも面と向かって正直な気持ちを言ってないからもどかしいんだよね」
なるほどな……と納得していると、笹森も読み終わったらしく、冬馬に「ありがとう」と資料を返してきた。
「笹森君はこのストーリーどう思う?」
純が口に出すと、笹森はグラスに残っていたものを全部飲み干して言った。
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