第30話~刺客と刺客

 床に落ちていたペットボトルをゴミ箱の中に放り投げる。

 何分かくらい前に、一日目のスケジュールが一通り終わり、担任の先生のもとでホームルームが開かれて放課後となったが、冬馬は一人残って今日中に崩れてしまった装飾の修復を行っていた。


 (結構この仕事楽だと思ってたんだけどなぁ……)


 学校祭が始まるまで楽観視していた「装飾」という係の仕事を担当している生徒は、クラスに散らばったゴミの処理と剥がれた装飾の修復を任されるらしい。

 そんな重要な事を先程のホームルームで知った冬馬は、まさに億劫な気分になりながらペットボトルの後片付けを行っていた。幸い装飾は傷一つ付いていなかったので、このペットボールを捨てた今ようやく帰宅することが出来る。


 (早く帰って小説の続きやんないと……)


 学校祭準備期間で執筆作業を散々進めてきたが、物語が一向に進む気配が感じられない。それに純粋な恋愛物語を手掛けようとしているはずなのに、何回書き直してもバッドエンドの選択肢の方に舵を取ってしまい、心なしか現実の自分の心情に影響されているのではないかと思い始めている。

 一度だけバッドエンドの方向で駒を進めてみたが、一言で表すとするならば「刹那社長が怒り心頭になること間違いない」といった出来だった。

 さて、どうしたものかなぁ。と思考を張り詰めながら階段を降りる。すると冬馬が一階のフロアに足を降ろしたときに、下駄箱に寄りかかって携帯をいじっている純が視界に入った。

 

 (誰か待ってんのかな?)


 もちろん今日の学校祭中でも、純の顔を何度か見る事はあっても会話とまではいかなかった。

 ただ、硬直状態ともいえるこの三か月間で、純がいてくれたことでどれだけ退屈しなかったかを身に染みて理解することが出来た。もしも誰にも二人の時間を邪魔されず、以前のように笑い合う事が可能なのであれば、すぐにでも純と喋りたい。

 でも少しでも純に火種が飛び散ってしまうという可能性がある中で、そんな軽率な事は出来ない。と思いながら純の前を素通りしようとした時、ガシッと力強い手で掴まれた。


 「今だ! 笹森君!」

 「おっけーい!」


 冬馬の身体が一瞬宙に浮いて、すぐさま床に叩きつけられる。と同時に身体が重力の様な圧力によって圧し潰された。

 何事だと思って抵抗しようとするが、人間の形をしたおもりとも言える純の体重によって身動きが全くと言っていいほど取れない。

 このままでは純のお腹に押しつぶされて窒息してしまう、と僅かだが命の危機も悟り始めた頃に、冬馬を見下ろす形でしゃがみこんだ笹森が口を開いた。


 「水城君、君が選べる選択肢は二つ。一つは僕たちと一緒に今から喫茶店に行くこと。後の一つはこのまま永遠に押しつぶされること。どれがいい?」


 そんなの一番にするしかないじゃないか、と純のお腹に押しつぶされて口も開ける事が出来ないので、精一杯身体をばたつかせながら右の手の人差し指を伸ばして「1」という合図を笹森に送る。

 冬馬のサインを理解した笹森は「よし、松田君もういいよ!」と笑顔で言うと、床に倒れた冬馬の身体を起こした。


 「……急にどうしたの」


 まさか球技大会の時に限らず、学校祭でも身体が宙に浮いたことに少しばかり腹が立ち、怒の感情を混ぜた口調で二人に言うと、立ち上がった純が答えた。


 「率直に言うと、冬馬と話せないのが辛すぎて、とうとうやっちゃった」

 「やっちゃった、てへ。じゃないでしょ」

 「まあまあ冬馬君落ち着いて。飲み物でも飲みながら三人で話そうよ」

 「いや、そもそも何で笹森君が純と一緒にいるの?」


 おかしいなと思っていた疑問を笹森に投げかける。

 今まで一年半年くらいこの学校で過ごしているが、二人が一緒に話しているところを見たことがない。そのはずなのに今の息の合った連係プレーは正直目を疑った。


 「それもあっち行ってから話すよ。多分時間長くなるから早く行こうぜ」

 

 笹森は「ほら、水城君も」と言って玄関の外に出て行ってしまった。

 多分時間が長くなる……という言葉の意味が上手く理解できなかったが、退院してからクラスメイトと話していなかった分、こちらとしても色々と聞いてみたいことはある。

 冬馬は二人の足跡を辿る形で、鬱金うこん色の銀杏いちょう紅葉もみじの道を歩いた。 

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