第29話~告白と頬
「……え?」
思いもしなかった告白に頬が次第に熱を帯びてくるのが分かる。なにせ今まで生きてきた中で初めてされた告白だ。ここまで真っ直ぐに気持ちを伝えられると心臓が飛び跳ねそうになる。
「君の名前は……?」
「
館山がはっきりとした口調で名前を告げる。彼女の潤んだ瞳を見ても、はっきりとこの告白が偽りではなく、心の底から真剣だという気持ちが伝わってくる。だが……。
「でも俺、いま学校で孤立してるから……」
「冬馬先輩と二人きりの時間が増えるので全然いいです」
館山にも迷惑がかかるかもしれない、と言葉を繋ごうとしたが、すぐに否定されてしまった。彼女の言い様からするに、自分の今の現状について知った上で告白してきたのだろう。
「それに、私みたいな見ず知らずの人間の為に、自分の身体を危険な目にさらしてまで助けてくれるような心優しい人は生まれて初めて出会いました。だから……冬馬先輩を好きになったんです!」
艶やかな髪が屋上に吹かれた涼しげな秋風によって麗らかに靡く。
こんなに気持ちを正直に伝えられたのは生まれて初めてだ。ましてや告白なんて高校生の内にされるとはさらさら思っていなかった。
「……だめですか?」
冬馬との距離を詰めてきた館山は、今にも消えてしまいそうな震えた声を喉から絞り出した。
本心で言うと、身体が熱くなってしまうほどに嬉しい……だが。
「ごめん、今は誰とも付き合う気はないんだ」
冬馬の言葉を聞いた館山は「……え」と言葉にならないような声を上げると、一歩ほど後ろに下がった。
館山には物凄く申し訳ないが、今は誰とも付き合いたいとは思ってはいない。それも、三か月前にした失恋の傷が今も完全に癒えてはいないからだ。
人は失恋をした人に対して慰めのつもりで「時間が解決してくれるよ」や「新しい恋をしてみるのもアリなんじゃない?」などと言うことが殆どだろう。冬馬も失恋とはそう言ったものなのだろうと思っていたが、そんな言葉は全くの嘘だと身に染みて感じている。
時間が経過していくたびにあの人の事が頭の中から離れなくなっていき、新しい恋に手を伸ばそうとしても片方の手があの人を掴んで簡単に離してくれない。
後々になって気づいたが、冬馬はそれくらいに花園が好きだった。だからその分ショックも大きく、伊達なんて正直どうでも良くて、考えを落ち着かせるための一人の時間が欲しかった。
「……どうしてもですか?」
館山が喉から絞り出すように、瞳に涙を溜めて上擦った声を吐き出した。
「……ごめん」
その涙を見る事が途轍もなく辛くて俯きながら目を逸らしていると、少し沈黙の間を置いた後に館山が言った。
「そうですか、わかりました。でも……」
冬馬が顔を上げたと同時に、視界から彼女が消える。
その刹那、冬馬の右頬に生温かな感触を覚えた。
「まだ諦めてないです。次は唇を狙いに行きますから!」
館山は「それじゃあ失礼します!」と言って颯爽とドアの向こうへ行ってしまった。
(いま……)
加速する心拍数のまま、唇の触れた右頬に手を持ってくる。
手から伝わる頬の体温は熱を帯びていて、まだ火照っているような温もりを感じた。
(眩しいなぁ……)
まだ十二時を過ぎた辺りだが、絶好の学校祭日和を象徴する秋晴れの空と共に、頭上には真っ白で淀みのない太陽が屋上を照らしていた。
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