第20話~Bチームの逆襲
「止めろー! 純!」
冬馬たちBチームのディフェンスラインを突破した相手チームのフォワードの選手が、フリーの状態でゴールに向かってボールを飛ばす。
飛んで行ったボールは純の頭の上を越していったが、間一髪ゴールには入らずにクロスバーに当たってラインを割っていった。
「……危ないな」
試合開始のホイッスルが鳴ってからまだ三分も経ってない頃だろう。あっさりとボールを奪われてしまった冬馬たちBチームは、荒れ狂う大波のような
しかも冬馬はその攻撃に苦しんでいる仲間をセンターサークルでただ立って見ているだけで、肝心な軒に助けてあげられないという苦痛さを味わっていた。
(……やっぱり、俺も守備に参加した方がいいんじゃないか……?)
まだ試合は始まったばかりだが、明らかにサッカーのテクニックの面では、相手チームの方が遥かに上回っている。ただ相手の攻め方として特徴的なのが、サッカー部に所属している三人が中心となって……というかほぼその人たちだけでサッカーをしているような感じだ。
相手チームのサッカー部以外の人はボールに関わる回数を最低限まで減らして、チームに迷惑をかけない程度にプレーをしているように見える。
「あ……あれは」
相手チームの観察をしていると、視界の隅に見覚えのある女子二人組が映った。そして皆もそれに気づいたのか、チームメイト全員がお互いの顔を見合わせて笑った。
「よっしゃあー! 燃えてきたぜー!」
「こっからだー! ぜってぇ点は入れさせねぇぞ!」
最初のプレーでいきなり相手にシュートを打たれたことでチームの士気が下がったかと思えば、ここぞとばかりのナイスタイミングで花園が来てくれた。
「反撃だー! 皆攻めろー!」
純のゴールキックから試合が再開し、チームメイトたちが絶対にボールを奪われまいと身体を張ってボールを繋ぐ。パス回しの途中でボールを奪われたら必死になってボールを取り返しに行く。
もうすでに前半の半分を経過しているが、この時点でのユニフォームの汚れの違いは明々白々だった。
「ディフェンス! 一人相手フリーだぞ!」
冬馬たちのチームがカウンターを仕掛けようとした瞬間、味方の致命的なパスミスから相手にとって絶好の位置でボールを奪われてしまった。
(……皆!)
相手の巧みなパス回しで駆け回された冬馬のチームメイトたちは見るからに疲労が溜まっている。それもそのはず、この試合の前に二試合もフルで走り回っているんだ。
運動部が多い相手のAチームは慣れていてこれくらいの疲労は疲労にも感じていないかもしれないが冬馬たちBチームは違う。簡単に言うならインドア系男子の集まりで運動は体育の授業以外絶対にしない。
一般的な観点で考えてみれば、今走れているだけでも凄いと言ったくらいだ。それなのに自分だけ味方の言葉に甘えて、一生懸命戦っている戦士たちの顔を仲間なのにもかかわらず同じフィールドで眺めているなんて都合がよすぎるのではないか?
様々な思考と葛藤を繰り返しているうちに、相手の選手が冬馬のチームの中盤を切り崩してゴール付近に近づこうとしていた。
(……ああ言ってくれたけど皆ごめん。やっぱり仲間が苦しんでいるのは見てられないよ)
冬馬は遂にセンターサークルから足を踏み出そうとした、そのときだ。
「冬馬ぁぁぁ! 点は入れさせないからぁぁぁ! 戻ってこないでよぉぉぉ!」
この試合何本ものシュートに飛びついて幾多ものピンチを救ってくれた純が、肝試しの時に聞いた大声よりも遥かに大きな声で叫んだ。
その瞬間耐え凌いでいた冬馬のチームのディフェンスラインが崩され、抜け出した相手の選手はすぐさまボールをゴールに向かって蹴り飛ばした。
「……純!」
蹴られたボールは綺麗な放物線を描いてゴールの右上隅へと向かって行く。シンプルな言葉で言えば、滅多に止める事ができない神コースだ。
だが今日の純は普段甘いものを食べてばかりいていつもニコニコしている純ではないことは確かだ。なぜなら球技大会が始まる前、純は冬馬に普段の表情からは想像もできない真剣な表情である事を告げた。
ーー今日は頑張らなくちゃいけない日なんだよね。
それに、今の試合が始まる前も「身体を張って止める」と言ってくれた。
だから今日の純は……いつもと違うんだ。
「うぉぉぉ!」
助走をつけた純が懸命に腕を伸ばして斜め上に飛んだ。
「……純!」
次の瞬間、懸命に伸ばされた純の腕に阻まれ、ゴールネットに収まるはずだったボールは軌道を変えてゴールポストの外側を通過し、そのままラインを割っていった。
「ピピー!」
そして、前半終了を告げるホイッスルが響いた。
「純! ナイスキーパー!」
「良くやったー! ありがとうー!」
ホイッスルと同時に冬馬のチームメイトたちが今日一のナイスセーブを見せた純の元へ駆け寄っていく。ここではっと周りを見渡すと、この試合を見に来ていた全然関係のない学年やクラスの生徒たちも皆、純に向けて拍手をしていた。
冬馬もチームメイトを追って純の元へ急いだ。
「いててて……腰打った」
「大丈夫か純?」
「うん何とか大丈夫……それよりも冬馬、次は冬馬の番だよ」
「ああ……そうだね」
純を囲んでいるチームメイトたちのユニフォームはどれも土褐色を帯びていて、本当に自分たちの言った通り無失点で前半を終わらせることができた。
多分何人かは普段の日常の数倍走っているので後半は全然走れないだろう。だが、皆が走り回ってくれたおかげで、自分は体力を温存することが出来て相手にも相当な疲労を与えているはずだ。ここまでは自分たちの描いたシナリオ通り。
あとは……皆が繋げてくれた想いを自分が点を取って証明するだけだ。
「よし! 後半も死ぬ気で頑張るぞ!」
「おー!!」
絶対みんなの努力は無駄にはしない。自分が点数を取ってこの試合に勝つんだ。
冬馬は心に固く誓って後半戦に向けての準備に移った。
(……ここで自分が先制点を取れば楽になるはず)
それにこの試合に勝てば待ち望んでいた決勝戦へと駒を進める事ができる。
球技大会が始まる前は面倒くさい行事のうちの一つだと思って去年は手を抜きながら参加していたが、今年の球技大会は気が付けば一生懸命にプレーしている自分がいる。
冬馬は自分のチームの方を振り返り、土で汚れている全員の顔を見て「絶対に点を取ってくるから」と「ありがとう」の二つの言葉を心の中で呟いた。
そしてボールがセンターサークルの中央にセットされると、ホイッスルの合図と共に相手ボールから試合が再開した。
「よっしゃー! 早くボール奪って冬馬に繋げるぞ!」
「おおー!!」
試合開始早々、冬馬の味方が相手のパスミスを奪うと、他のチームメイトと連携してパスを交換しながら前線へと攻撃を仕掛けていった。
(……みんな)
チームメイトたちは口々に、「サッカーが苦手」とは言ってたものの、センスがあるのか勉強ばかりしているおかげで学習能力が高いのか、今日の三試合目にして、明らかに一回戦目とは違うボールタッチの技術を身につけていた。
だから今この瞬間となっては冬馬が中心にならなくても、しっかりと冬馬以外のチームメイトたちだけでボールを前線に進める事ができている。
「冬馬ー!」
中盤の選手からの相手のディフェンスラインの裏を狙ったロングパスが出された。距離が長い分少々粗削りに感じたが、ほぼ冬馬が要求していたスペースに蹴り込まれている。
「させるか!」
声のした方に目を向けると、自分に向かってマークが迫っているのに気が付いた。このままだと身体を寄せられてチームメイトが繋いでくれた後半最初のチャンスを無駄にしてしまう。
(……いや、そんなことはない)
所詮その敵がサッカー部員だとしても、こっちは前半に純の作戦でボールに触れてもいないので体力が有り余っている。それにチームメイトから厚い期待をされていては、相手がプロのサッカー選手やサッカーの物凄い上手な選手であろうと思いっきりプレーするだけだ。
「……なっ!」
なぜなら、行動で示してくれたチームメイトの思いに精一杯応えるのであれば、それ相応かそれ以上の価値のある行動で示さなければ、同じチームメイトの一員として失礼だからだ。
冬馬は一人を抜き去り、視界に入っている二人の敵を確認した。
「潰せー!」
「おらぁぁぁ!」
何故かはわからないが、相手の次にする行動が手に取るように理解しているような気がする。自分の足をめがけたスライディング、もう一人はその人が突破された時のカバーリング。
「やばい! キーパー!」
そしてボールを奪おうとしてゴールの前から飛び出してくるキーパー。しかも心なしか相手の行動が遅く動いているように感じる。
冬馬はボールが綺麗なアーチを描くように、すくい上げるようにしてゴールへと放った。
相手ゴールキーパーの頭上を越したボールは、何回も弾みながら無人のゴールへと向かって行き、白いゴールネットに収まった。
何秒かの沈黙の時間がフィールドに訪れると、念願だったあの音色が鳴り響いた。
「ピー!」
「冬馬ぁー!」
「うわっ!」
フィールドに散り散りになっていたチームメイトたちがゴールを決めた冬馬の目掛けて走り寄ってくる。お決まりのゴールパフォーマンスでチームメイトが抱きついてきたり、髪をくしゃくしゃにされたりしていると、最後に走ってきた純の突進に体勢を崩した冬馬は地面に倒れてしまった。
「冬馬ー! あじがどうぅぅ!」
「……そんなに泣いて喜ぶことか?」
でも、自分が示す事ができた結果に泣いて喜んでくれる友人がいる事はこの上なく嬉しいことだ。
自分の気持ちに素直で、一生懸命で、友だちの為に涙を流す事ができる。こんないい友達を持ったのは生まれて初めてかもしれない。
「前半に純たちがゴールを守ってくれたからだよ。こっちこそありがとな」
少しして純をはじめに、冬馬の事をもみくちゃにしていたチームメイトたちが離れていき、再度各自のポジションへと戻っていった。
仰向けの体勢から見えた空は、球技大会開始直後の晴天とは様変わりして、太陽が隠れてところどころ鼠色の雲が立ち込めていた。
冬馬は背中に付着した砂埃を軽く払うと、駆け足で自分の陣地へと向かった。
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