第19話~親友と恋愛相談
「香織、どこ行くの?」
「うぇ……? ああ、Bチームの応援に行こうかなって」
出来るだけ気配を消して更衣室から出て行こうと思った矢先、あと少しドアノブに手をかけられるとしたところで、同じバスケの他のチームメイトと話していた綾乃に気づかれてしまった。
それも話の中心だったらしい綾乃がこちらを呼びかけてくれたおかげで、結構な人数から注目を浴びてしまった。
「へぇー、じゃあ私もついて行こっと」
「ああ……いいよ」
自分のプランとしては、更衣室の隅で素早く着替えを済ませた後、静かにこっそりとあいつの試合の応援をしに行き、終わり次第何事もなかったかのように体育館に戻ってくる予定だった。が、その計画は開始数分で跡形もなく消え去ってしまったようだ。
まあ、別に綾乃が一人ついてくるだけだったら、最後に声をかけずらくなるだけで応援しに行く分には何の問題はない。
「あ……香織、鞄忘れてるよ」
「あーうそ、ごめんありがとう」
つい目先の事に頭がいっぱいになって、少し気が抜けていたようだ。綾乃は「じゃ、行ってくるねー」と愛想よく周りのチームメイトに声を掛けると、ロッカーに入れっぱなしだった香織の鞄を持ってこちらに向かって歩いてきた。
そして、綾乃から渡された鞄を持って更衣室から出ようとしたその時、香織の後に外に出てドアをバタンと閉めた綾乃がいきなり顔を近づけてきたと思ったら、周囲に聞こえないような小声で静かに耳打ちしてきた。
「恋の相談なら乗りますわよ……お嬢さん」
「なっ……!」
それを聞いた瞬間、香織は更衣室を出たところから一歩も動けなくなった。
これまで誰にも好きな人がいるなんて公言したことはないのに、どこからそんな情報を聞いてきたのだろうか……。そもそも自分に好きな人がいな……い訳でもないかもしれないが、いやもう何が何だか分からなくなってきた。
「ほら、やっぱり。耳まで真っ赤になっちゃってるもん、私の思った通りだ」
「好きな人なんていない……」
「そーいうのは隠さなくていいんだぞ? 親友なんだし、相談乗るって」
元々綾乃は勘の良い子で、香織が上手くいかない事や体調が悪いときにすぐに気づいてくれるが、まさか自分の恋愛事情まで勘付かれるとは思ってもいなかった。
もしかすると、ついこの前に綾乃が玲央と付き合って幸せパワーに満ち溢れているせいで、そういった恋愛感情が理解しやすくなっているのかもしれない。
「何で私に……その、好きな人がいるって分かったの?」
「最近、香織の言葉遣いが穏やかになったっていうか、何か普段も落ち着いてるからずっと疑問だったんだよねー。てかもう少しでBチームの試合始まるんじゃない?」
綾乃に言われて体育館前のエントランスに設置されている掛け時計に目を向けると、すでに時刻はサッカーの試合が始まる五分前に差し掛かろうとしていた。
「歩きながら話そっか」
「……うん」
もはやここまで勘付かれてしまった以上隠し通すことは不可能に近そうだ。それに、一番の親友が相談に乗るって言ってくれているので、ここは綾乃の話に乗って好意に甘えてみるのも一つの手かもしれない。
香織と綾乃は玄関で靴を履き替えると、真っ直ぐグラウンドへと向かった。
話ずらい雰囲気を察したのか、綾乃は玄関から出るとすぐに単刀直入に聞いてきた。
「で、香織……好きな人だれなの?」
「いや、まだ好きって決まったわけじゃなくて……気になってるっていうか」
「へぇー、その人ってかっこいいの?」
「ううん、全然。でも一回だけ眼鏡とった時見たことあるんだけど、あれはかっこよかった……と思う」
自分で言って自分で照れるなんて少し頭がおかしくなってきたのかもしれない。でも、お世辞でもなんでもなく、駅まで送ってもらったあの時、普段からコンタクトにしていれば絶対にモテるんだろうなって思った。
校内では絶対に会話を交える事は無いが、あいつが視界に入るたび普段の眼鏡姿でもほんの少しだけタイプかもしれないなって思ったりすることもあった。
「へぇー、まあ誰とは聞かないけど、その人関係で何か悩んでることないの?」
「……んー悩んでる事かぁ」
悩んでる事……と言っても思い当たる節は見つからない。と言っても自分たちの関係が発展したり、困難とされる高い壁にぶち当たったりしたわけでもなく、ついこの間知人から友だちに近い存在? になったばかりだ。
それに入学した一年生の最初の時期に、あいつにとても酷い事をした記憶が薄っすらと残っているので、恋愛の発展するスピードってこのくらいが普通かなと思うくらいだ。
「でも流石に香織みたいな可愛い子に言い寄られたら振り向かない男子なんていないよね」
「いやいる」
「え……即答……」
自分の周りの女子は、綾乃も含めて「可愛い」とか「美人」みたいな褒め言葉を言ってくれて、自慢でもなんでもないが、この高校に入学してから一年半くらい経った今までに告白された回数は何十回という数字を超えてると思う。
正直、褒め言葉を貰ったり告白で正直な気持ちを伝えられたりするのは嬉しいが、自分に近寄ってくる大抵の男子は、下心というかそういった感情を剥き出しで来るので自分に少しでも気持ちがあるんだなっていうのが分からなくもない。
だが、あの眼鏡は違う。自分の事を「美人」とか「人気者」と言ってくれるくせに他の男子にはみられる恋愛感情というものが一切と言っていいほど見当たらない。彼から褒められるのはとても嬉しいが、本当にそう思っているのか? と疑うレベルで下心さえも一切感じられない。
誰にも言っていない本当の言葉で表現するならば、もし自分くらいの魅力で振り向いてもらえるのであればすぐにでもあいつを
「去年に比べて話す機会は増えたと思うけど、自分に気があるって感じが全くしない」
「え……その人本当に男子なの?」
「いや男子だと思うよ」
「じゃあさ、私にいい方法あるよ」
「え……?」
綾乃が続けて話したとき、試合開始の合図と思われる甲高いホイッスルの音色が鼓膜に飛び込んできた。どうやら話し込んでしまっているうちにグラウンドに着いてしまったらしい。
香織と綾乃は駆け足でBチームが試合をしているフィールドへと向かった。
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