第18話~姫を守る兵士達

試合が始まる前に「はい、もってて」と花園から渡されていたタオルを持って、笹森と一緒に体育館入口のエントランスへと向かう。

 階段を降り、冬馬たちがエントランスに置かれている長椅子に腰をかけてから間も無くして、先程まで遠くで眺めていた栗色の長髪が体育館のドアを開けて出てきた。


 「あ……水城、と礼央れお。一緒にいたんだ」

 「たまたま会ってね。じゃあ俺綾乃のとこに行ってくるね」


 花園が口に出した人物の名前を聞いて「ん?」と首をかしげる。そんな名前の人ここにはいないはず……いや、確かあいつの名前か。

 礼央……とは笹森の下の名前で、ギャラリーで話しているときはお互いのことを苗字で呼び合っていたので気がつかなかった。


 (……名前で呼び合うくらい仲がいいんだ)


 いや、この感情は嫉妬ではないと思うが、だからと言ってこちらも呼び方を変えたところで「キモいんだけど」と言われて終了するだろう。


 「……ん!」

 「……ん? 手のひら?」


 いきなり花園が近づいてきたと思ったら冬馬の前で静止して、無言で手のひらを見せられる。何ですか、なんか悪いことでもしましたか、と言おうとする前に花園が先に口を開いた。


 「……タオルちょうだい」

 「あ……ごめん。はい、お疲れ様」


 花園は「ありがと」と言って素直にタオルを受け取ると、湿った髪を丁寧に拭き始めた。

 冬馬の目に映っているのは、一般的にスポーツをした人が汗を拭いているという光景のはずだが、花園みたいな美人がそれをやると普通に絵になってしまう。


 「どうだった? 私たち強いでしょ!」

 「私たちってか、花園バスケ凄く上手いんだね。多分一番活躍してたと思う」


 花園が応援に来てねというものだから、それほど苦境を強いられてしまうのかと勝手に思っていた。が、蓋を開けてみれば花園たちの完勝で、結果的には19対2というスコアで快勝していた。

 しかも驚くことに、その19点のうち11点が花園の得点で、最後にスリーポイントのブザービートを決めて試合に終止符を打っていた。

 ほぼ花園の独走だったが、他のメンバーも望月を筆頭にしてそこそこバスケができる人たちだったので圧倒的なボール支配率で幕を閉じていた。


 「えーそうかな! でも良かった勝てて」

 「うん、この調子なら次も行けるよ。俺も次の試合終わったらすぐ応援に来るよ」

 「え、本当!? やったー! あ、あと20分で水城たちの試合始まるんじゃない?」

 「あ、本当だ。急がないと、じゃあ行ってくるね!」

 「私も着替えたら応援に行くね、頑張って!」


 はやく戻って純たちが立てているはずの作戦を聞こう。そして次の試合も絶対勝つんだ。

花園に良いところを見せられたら自分だってもっと活躍したくなってくる。

 冬馬は花園に手を振ると、早足でエントランスを出てグラウンドの方へと向かった。



 「あ、冬馬おかえり! 作戦決まったよ!」


 冬馬が花園の試合観戦から帰って来てみると、純を筆頭にして冬馬のチームメイトたちがグラウンドの隅で小さく円になって作戦会議をしていた。

 かという次の相手となる三年生のAチームは、いかにもサッカーが上手ですアピールを醸しながら主力メンバーと思われる数名でリフティングパスをしていた。その数名は三年のサッカー部員たちで、ボールを触りながら笑みを溢しているそのからは冬馬たちを眼中にも入れてないような、そんな余裕が感じられた。


 「ちょっと冬馬聞いてる? もう一回いうから理解してね」

 「あ……ごめん」


 リフティングパスをしているサッカー部員たちから目を離して純の方に身体を向けると、何やら純がどこから取り出してきたのか分からないホワイトボードを使って詳しく説明し始めた。

 

 「まず、前半はフィールドにいる冬馬以外のメンバーが身体を張ってディフェンスする。ここで注意なのが冬馬の走る量を少なくすること。ピンチだと思っても戻ってこなくていいから!」

 「そんなことをしたら皆の運動量が……」

 「良いんだって。これは僕たちが納得して決めたことだから。その代わり、後半は冬馬が中心になって攻めまくる。万が一点数を取られたとしても守りに走らずに攻めまくること」

 

 チームメイトの言い分を詳しく説明すると、自分達は向こうのチームみたいに凄いプレーや高い技術がある訳でもない。そこで自分達に何ができるか考えた結果、向こうの学校の人気者陽キャ軍団を精一杯邪魔することなら出来るぞと。そこで考えたのが、向こうに唯一競り勝つ事ができるのが冬馬くらいだから、前半は冬馬以外の残りのメンバーが相手の選手を足止めして、後半に余力がある冬馬を主体として前半やられた分総攻撃を仕掛ける、とのことだった。

 今まで他者との関わりを無いに等しいものだと思っていた冬馬にとって、こんなにチームメイトから支持されているとは思ってもいなかった。

 純を始めとしたチームメイトたちに高い期待を持たれているなら、それに答える事が仲間たちへの一番の恩返しだ。


 「あ、そうだ皆。何か花園が、Bチーム凄く頑張ってたから次の試合も応援しに来るって」

 「なんだとぉ! あの天下の花園様がお疲れの身体で二試合連続で我らの試合を応援しくるだと!」

 「やべえテンション上がってきたぜぇ!」 

 「よっしゃ行くぞ野郎どもぉ!」

 「おおおおぉぉぉぉ!!」


 (……単純な奴らで良かった)


 恐らく卓越した人間観察眼を持っているとされる、かの有名なシェイクスピアも苦笑いするほどの馬鹿たちだ。でもそんな単純なチームメイトだからこそ気持ちは真っすぐで、自分も一緒に頑張りたいって思える。

 試合開始まで残り五分、冬馬たちはモチベーションを最大限に引き上げた状態で各自用意を済ませて待機場所へと向かった。

 冬馬の瞳に映るチームメイトの表情は明らかに、自軍の姫を守るために戦場へと向かう勇ましい兵士達の顔をしていて、心なしか赤い炎で覆われたようなオーラまで感じられた。

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