第6話〜拒否と涙
「あ、古谷君! ごめん香織! 私古谷君と行くから!」
「え……」
香織は仲の良いクラスメイトの代わりに、同じクラスの女子と肝試しを一緒に参加するという約束をしていた。が、出発する直前にその子が、男子からの誘いを受けたという事で、まさかのスタート直前にドタキャンされてしまった。
流石に一人で肝試しをするわけにもいかないので、部屋に戻って昨日遅くまで勉強していた数学の解きなおしの続きでもやるか。と思って振り返ると、急に背後から肩を掴まれた。
「いやー俺たちとりのこされちゃったなー、せっかくだし二人で行かない?」
肩を叩いたのは、クラスメイトの伊達という男子だ。伊達は他の男子たちと比べて顔立ちが整っていると女子から評判だが、香織としては挨拶をするくらいで全然話したことはなかった。
別に無理して参加するイベントでもないし、気まずくなるのも嫌なので身を引こうと考えていると、「次のペアー」と点呼の声が聞こえた。
「よし、行こ!」
「え……ちょっと……」
伊達は香織の手首を掴んで参加用紙に必要事項の記入を済ませると、そのまま香織の身体を引きずる感じで歩行ルートに進んでしまった。
結局その場で断る事ができず、どうせ何分かの辛抱だと自分に言い聞かせて伊達と肝試しに参加することにした。
それから「早くゴールしないかなー」などと考えて喋りながら歩いていると、中間地点である橋付近まで行った時に急に伊達が立ち止まった。
「なあ、花園。俺、入学した時からずっとお前の事が好きだったんだよね」
「……は?」
「だから俺と付き合ってくれない?」
予想だにしなかったシチュエーションに香織が黙っていると、伊達が距離を縮めて告白を続けた。
「だめかな?」
「ごめん、私今は誰とも付き合う気がないんだ」
「……なんで? 男をとっかえひっかえするくらいなら俺でいいんじゃないのか?」
「え……なにそれ」
男性恐怖症の香織にとって、男をとっかえひっかえするなどと言った事は命に関わるくらいの事であり、絶対にあり得ないはずだ。いったいどこからそんなデマが出回っているんだ。
全く身に覚えのない情報に困惑していると、伊達が力強く香織の腕を掴んだ。
「ほら、付き合おうぜ」
「……嫌だ! 離して!!」
少しの取っ組み合いの後、運よく伊達の腕からすり抜ける事ができた香織は、そのまま深い緑が覆い茂っている草むらの中に決死の思いで飛び込んだ。
そして長い草の中を後ろから迫ってくる影におびえながら無我夢中で走った。
「はぁ……はぁ……」
段々と足音が遠くなっていくのを確認して、近くにあった木の傍で荒くなった息を潜める。
……これ以上は体力の限界だ。生まれて初めて命を懸けて走ったものだから、すでに足がつりそうになっている。
(何でこんな目に遭わないといけないの……)
瞼から自然と涙が溢れてくる。その水滴は土のついた頬を伝って流れ落ちていく。何もうまくいかない自分が哀れで、あの時ちゃんと断れなかった自分がひどく腹立たしい。
心の中で自分に怒りをぶつける程に涙の量は増していく。
元々は肝試しが楽しみで勉強合宿に参加したわけでもなく、ただ単に自分自身の明確な進路が決まったので、それについての勉強をしに来ただけだ。
別に勉強がさらさらできないわけではないが、香織は高校一年生の時は友達と遊んでばかりいたために、他の人より勉学に遅れが生じてしまった。だからその分を取り戻すために二年生になった時から一年生の勉強の範囲の復習をメインに受験勉強を始めていた。
今日も息抜き程度に肝試しに参加して、このイベントが終わったら学習室に戻って昨日の講習の復習に取り組もうと思っていた。……それなのに。
「……結局、男子ってこんなんだよな」
いい顔して女子に近づいて、いざ二人きりになって見たら腹の内に隠していた悪魔へと
昔の香織にも似たような経験があった。ずっと好きだった男子に裏切られ、悪魔の本性を目の当たりにした。思えばあの時から男子が嫌いになって今でも迂闊に男子に近寄らないようにして、近寄ってくる男子がいたらそっけない態度を取って遠ざけていた。
学校内では一秒たりとも気を抜いたことはなかった。だが勉強合宿という行事に浮かれてしまった結果がこれだ。
とある男子生徒のせいで靴や服は土がついて汚れてしまい、草むらの中を走り回ったおかげで、いつも丁寧に手入れしていた髪はぐちゃぐちゃだ。
「はぁ……帰ろう」
出来る事ならこんな姿を誰にも見られずに帰りたい……と思っていると、林の奥に微かに明かりが差し込んでいるのが見えた。
(……合宿所だ)
どうやら肝試しの本ルートから大幅に軌道を逸れた結果、思いもしない奇跡的なショートカットをしてしまったらしい。これは不幸中の幸いという事か、神様が最後の最後に味方してくれたに違いない。
(……合宿所に着いたら一番最初に風呂に入って土を洗い流そう)
鼻を
香織は地盤が悪いところを避けながら合宿所の光に向かって、疲労のせいでふらふらになった足取りで歩いて行った。
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