第7話〜帰還と声

 「冬馬ぁぁぁ! ごめんねぇぇぇ!」

 「うわっ!」


 重たい足取りで大部屋へと辿り着くと、先に到着していた純がドアを開けた冬馬に向かって飛び込んできた。

 

 「怒ってる……?」

 「いや、怒ってないけど正直疲れた」

 「僕も全力で走ったから凄く疲れた。あ、そうだ。皆もう大浴場行ってるよ。僕たちも行こ」

 

 純に言われて部屋の中を見渡してみると、肝試しを出発した順番が早かった者たちは明らかに風呂あがりという格好でトランプなどのカードゲームに熱中していたが、八割ほどの生徒は純の言った通り風呂に浸かっているようだ。


 「そうだね、じゃあ風呂に行きますか」


 部屋の隅に置いている自分のバックに風呂道具を取りに向かう。

 シャンプー、ボディウォッシュ……と私物を漁っていると、荷物の横に投げっぱなしになっていた勉強用のノートが目に映った。

 

 (ベクトルの問題全然できなかったしなぁ……)


 昨夜はカップルのイチャイチャ攻撃により目の中を狙撃されて、瞳に痛い打撃をくらわされてしまった。しかもそのダメージに加えてその攻撃は感染効果も及ぼすらしくベクトルの問題が浮かんでいた脳内を唇の接触シーンにむしばんでしまった。

 今日はほとんどの生徒たちは疲れて部屋で娯楽を楽しむ予定のはずだから、学習室の中には誰もいないはず……と考えた冬馬は風呂道具と合わせてノートと筆箱も手に取った。


 「冬馬それどうするの?」

 「風呂の帰りに学習室によって少し問題解いてくるよ」

 「えぇー、皆とトランプしようと思ってたのに……」

 「今日も帰ってきたら一緒にやってあげるって」

 「嘘つかないでくださいね冬馬隊長!」


 「わかりましたよ、マツボン雑用副隊長」と純の発言を軽く流して風呂場へと向かう。すかさず「雑用って、しかも副隊長って微妙!」と純のツッコミが飛び出し、一緒になって笑いを溢す。

 

 (ゆっくり休んで勉強頑張るかぁ……)


 冬馬は疲労が溜まってきた身体を風呂の中でゆっくり休ませることに専念し、今日こそはベクトルの問題を完璧に解けるようにしてやると自分の心に誓った。

 

 大浴場を満喫し、風呂の中で羽を伸ばした冬馬は学習室へと向かった。

 今日の講習は一年生で習った範囲が多く出題し、少し話を聞いて記憶を思い出しながら取り組んでいたが、ある程度の問題は躓くことなく解く事が出来たので、やはりやるべきは昨日の講習の復習だ。


 (みんな今頃は風呂に入っていることだし、居るとしても勉強に命を懸けている生徒くらいだろう)


 そう決めつけて学習室のドアを開ける。

 学習室の中を見てみると、冬馬の予想した通り席はガラガラに空いていてカップルの姿は一組も見当たらなかった。……だがその代わりに奥の席に座る女子が目に映った。


 ーー花園だ。


 一瞬目があった気がしたが、花園は手元のノートに視点を切り替えて忙しなくシャープペンシルを動かした。

 

 (あの人って勉強するんだ……)


 勝手に決めつけているのもあるかもしれないが、外部から見る花園の外見と性格からは勉強しているところなんて想像できない。というか思い浮かぶのは友達と楽しそうに喋っている姿だけで、ペンを握っているのすら想像ができない。

 

 (ま、俺に関係ないしほっとこ)


 あくまで彼女にとっての冬馬は眼中にない他人以下の存在で、スクールカーストという見えないラインで引かれた本来関わる事すらあり得ない存在同士だ。

 しかも高校入学して彼女に嫌な思い出がある冬馬にとっては、出来るだけ関わりたくない部類に入っている女子だ。

 花園と真反対の空いている席に座り、数学の教科書とノートを広げる。今日は脳内に侵入するウイルスが何もないので昨日より集中できるはずだ。

 冬馬はベクトルを完璧にマスターする為、基礎問題から順番に問題を解き始めていった。シャープペンシルが紙を擦る音が学習室に響く中、冬馬の脳内には昨日とは違い、しっかりと勉強の思考が働いていた。

 

 (座標は成分表示で求めれるから……)


 結構な範囲の基礎を潰した冬馬は、応用として基礎を使った例題に取り組んでいた。昨日は頭がクラッシュして解けなかった問題でも、集中して基礎という土台を築き上げたことで、十分に攻略する事が出来るようになった。

 そしてこの問題も……。


 (……出来た)


 昨日の講習で解く事が出来なかったのが嘘のように、この時間で復習した問題はすらすら解けるようになるまで成長した。ここまで一通り問題を解く事が出来れば明日の講習も躓くことなく取り組む事が出来そうだ。

 ようやく一段落が付き、ふぅっと息をついて肩の荷を下ろす。学習室の隅に立て掛けられた長時計を見てみると、勉強を始めた時から軽く一時間が経過してしまっていた。

 それなりに時間が経ってしまっているので、部屋に戻って純たちとトランプを楽しむか。と思って机上に散らばっていた勉強道具を片付け始めた時だった。


 「あの、水城……」

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