第4話〜ココアと明かり
はぁ、とため息をついて、純たちのいる大部屋のドアを開ける。
「お、案外早かったね」
見ると、純と一緒にババ抜きをしていたはずの他二名が、近くに置いた各々のリュックを枕にしながら、すやすやと心地良さそうに寝息を立てていた。
大部屋に存在していた他の小さな集落も、何人かの生徒は寄り添って眠りについていた。純はと言うと、どこから出してきたのか分からないテーブルを使って、一人でノートに細かい文字を書いていた。
「何書いてるの、勉強?」
「この僕が勉強するとでも思うか? 近々開催されるイベントの情報をまとめてたんだよ。冬馬も一緒に行く?」
「んー暇だったら連れて行ってよ」
細かい文字がびっしりと埋め込まれたノートを覗くと、「スプリングフェスタ」と書かれた題名が目に映った。恐らく純はこのイベントに参加するつもりなのだろう。別に興味はなくもないが、純が連れて行ってくれるのなら友人としてありがたく同行させてもらおうと思った。
「はい」
「あ、ありがとう」
純は大部屋の近くの自販機で買ってきた、と言って冬馬に温かいココアを渡してくれた。
こういう時、純は凄く優しい奴で、性格だけなら彼女はいてもおかしくないんだよなとつくづく思う。
この間テレビ番組で、あなたの好きなタイプの男性はどんな人かというインタビューをしていたが、テレビに出ていた多くの女性は性格が優しい人が好きだと答えていた。もしこの結果が本当なのであれば、松田純という人物はモテモテなはずである。ましてや彼女がいないなんて有り得ないことだ。
「もうみんな寝ちゃったか」
「長時間勉強して好きなだけ騒いでいれば自然と眠たくなるよね。僕も少し眠いもん」
「そろそろ俺たちも寝る?」
「寝っ転がりながら少し話そうよ」
明らかに眠いのを我慢しているのが冬馬にはバレバレだが、少しだけ退屈しのぎに純の話に付き合ってあげることにした。
「冬馬ってこの学校に入学した頃、あまり元気なかったよね」
「あーちょっと中学時代に人間関係でトラウマがあって、人と話すのが苦手になっちゃったんだ」
思えば、純に自分の過去を打ち明けたことがなかったような気がする。一年も長く一緒にいたのに、純はこの話題に触れることは一切なかった。自分に気を使ってくれていたのだろうか。
もう純は自分の中で一番親しい友だ。それに過去の話を聞いて態度を変えるような人物ではないと重々承知している。話すことに抵抗はないが、隠しておくほどの事ではないのではないか。
「あのさ、純。俺実は……」
「……ぐぅ、……ぐぅ」
見事なタイミングで純はいびきをかいて寝てしまっていた。ちょっと前に少しだけ身構えた自分が馬鹿らしく見える。
ふぅ、と溜め息をついた冬馬は、純の寝返りで潰されないように、窓際に枕代わりのリュックと
勉強合宿一日目、結局数学のベクトルの問題は分からないままだが、普段話さないような意外な人達とも交流を深める事ができて良かった。やはり見た目より中身が一番大事ということが身に染みて感じる事ができた。
斜め下げのブラインドカーテンの隙間から見える夜空には、数えきれないほどの星屑が散らばっていた。山岳地帯に近い場所のせいだからか、星の一粒一粒が明るくはっきりと見える。
冬馬は無数に瞬く星屑の中から星座を目でなぞっていくうちに、いつの間にか眠りについていた。
(やべ……トイレ……)
尿意を感じて身体を起こす。まだ意識が朦朧としている中、枕元に置いてあった眼鏡をかけて辺りを見渡すと、大部屋にいる冬馬以外の生徒たちは皆、すやすやと寝息を立てて寝静まっていた。
こんな時間に起きてしまったのは寝る前に純から貰ったココアのせいも考えられるが、襖から持ってきたはずの掛け布団が、自分の隣で
冬馬は出来るだけ足音を立てないように部屋から出ると、薄暗い渡り廊下を歩いてお手洗いへと向かった。
(ん……? 何で学習室の明かりが点いているんだ?)
渡り廊下を歩いていると、突き当りにある学習室の電気がまだ点いているのが見えた。確かこの勉強合宿が始まる前に先生が注意事項として「最後に学習室を使用した生徒は電気を消してから自室へ戻るように」と言っていた気がする。
これでは次の日に学習室の電気の点けっぱなしを確認した先生から、無駄な叱りを受けるに違いない。そう判断した冬馬は一度用を済ませてから学習室の電気を消すことにした。
お手洗いから戻ってきて、学習室のドアノブを回す。が、学習室内の電気は点いているのに何故か鍵が掛かっていた。だが学習室の中側からは開ける事が出来ない仕組みになっているものの、外側に取っ手が取り付けられているので、鍵がなくても容易に開ける事が出来る。
「はぁ……」
十分な睡眠が取れていないせいで、脳が働かないままドアを開ける。
「さっさと帰……うわ!」
明かりが満ち溢れた学習室の中で一番最初に視界に飛び込んできたのは、冬馬が嫌いな女子の中で最も苦手とされる部類の女の子の姿だった。
「……花園」
花園は自分の存在に気が付くと、呆気に取られる冬馬の横を通り過ぎて何も言わずに学習室から出て行ってしまった。
どうしてこんな時間まで学習室にいたのだろうか。……ていうか、何であんなに顔が赤かったんだ?
一瞬の出来事だったが、起こったことが衝撃すぎて先程の光景が頭の中のメモリースティックに鮮明に上書き保存されている。
(……まあ、とりあえず帰るか)
こんな真夜中に一人で考え事をしていても仕方がない。冬馬は今のは何も見ていないし何事もなかった。と言う風に決めつけて、学習室の電気を消して部屋へと戻った。
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