奇跡_1

 真っ暗な闇の中。

何かに押しつぶされているように息苦しい。


ここはどこだ…

どうしてこんなことに…


思い出した。家が崩れて…


ああ、そうだ。腕に何かを抱えていたはずだ…

僕の…僕の腕の中には、ヒュウヒュウと弱弱しく息をする血まみれの猫がいた。

何かの破片が身体に突き刺さっていた。


「コヨミ…嫌だよ…僕を…僕を一人にしないでよ……」


 コヨミは擦れきった声で鳴くと、動かなくなった。

ふわふわで温かかった毛が、硬く、冷たくなっていく。


 オレは泣いた。

腕の中で苦しむ大事な友達に、何もしてやれなかったことが悔しくて仕方なかった。

自分も下半身を瓦礫に潰され、呼吸も苦しいような状態だったが泣き続けた。


「ここにいるのか!?今助けてやるからな!もう少しの辛抱だ!」


 懸命に瓦礫が退かされ、光が差し込む。

迷彩服を着た男の人がオレを助け出した。


「待って…!コヨミが!コヨミがまだ…!」

「大事な友達だったんだな…わかった、一緒に連れて行こう」

 

 彼は慎重にコヨミの亡骸を拾い上げ、オレに抱かせた。

その後、彼はコヨミの埋葬をしてくれた。


 僕もあの人みたいに強かったら…コヨミを助けられたのかな…

















「ぐっ…うう……」


 今のは夢…?

体中が痛むが何とか体を動かそうとする。


「ごふッ…!うぐああああ!!!」


 吐き出したのは赤黒い血。腹部に激痛が走る。

霞む目で自分の状態を確かめる。どうやら何かにもたれかかっているらしい。

腹から尖った金属片のようなものが突き出ていた。

燃料のような臭い…ああ、墜落した爆撃機か?

右足がおかしな方向に折れ曲がっている。左腕もだ。

右腕と左足はヒトの形を保ってはいるが、骨が折れているかもしれない。

視界が少しだけはっきりしてきたが、左目は見えなくなっていた。


「あ…ああ……」


 意識がはっきりしてきたことで、自分の状態を理解してしまった。

もう、助からない。死の恐怖が迫ってきた。


 追い打ちをかけるように、あの腕のセルリアンがこちらに気づき、接近してくる。

逃げることもできず、セルリアンが拳を振り上げるのを見守るしかない。

ああ、ここまでか。怖い。怖いな。


 ―あの時のコヨミも、こんな気持ちだったのか…

何もしてやれなくて、本当にごめんな…



「キョウ、全然違うよ!」


 高く掲げた腕を振り下ろそうとしたセルリアンが、パッカーンと弾ける。

目の前に、見知らぬフレンズが立っていた。

いや、知っている。黒い右耳と尻尾の先。

尻尾が2本あるように見えるが、色も、形も、オレがよく知っているものだ。

間違いない。間違えるはずがない。


「コヨミ…なのか……?」


 サーバルやカラカルに似た服装で、白いスカートのフレンズはこくりと頷いた。


「キョウ。僕はね、あの時、全然怖くなかったんだよ。キョウがずっと抱きしめて、声をかけてくれてたから」

「でも…オレは……ごほッ!」


 また赤黒い血を吐いてしまった。


「大丈夫。わかってるから。少しだけ我慢してね、僕が絶対助けるから」

「ぐ、ううううう!!!」


 コヨミが金属片からオレを引き抜く。

血がドクドクと溢れ、意識が遠のいてくる。


「目を閉じて。ゆっくり息をして…」


 コヨミの言う通りにする。

コヨミはオレを優しく抱きしめた。

懐かしい感覚だ。温かい。痛みが和らいでいく。


「オレを…助けに来てくれたのか……?」

「うん。あの時は置いていっちゃってごめんね、キョウ…」

「違う、あれはオレが…」

「キョウは弱くなんかないよ。あの時、ずっと僕のことを考えてくれてたでしょ?今ここにいるのだって、誰かのため。キョウは強いよ」

「…ありがとう。そうだ、その尻尾。見間違いじゃないよな?」

「これ?いつの間にかこうなってたんだ。怖い?」

「そんな訳ないだろ。どんな姿になっても、コヨミはコヨミだ。こうして話ができるなんて思わなかったが。夢みたいだな」

「僕も嬉しいよ、キョウ。さあ、もう大丈夫。ごめんね、こんな方法しかなくて」

「コヨミ!?」

「ダメだよ、目を開けちゃ…」


 不安を感じ、思わず目を開けると、コヨミの身体が少しずつ光の粒子となって消えていくところだった。


「だめだやめろ!せっかく…せっかくまた会えたのに…!」

「大丈夫。これからは…ううん、これからもずっと一緒だから。ちょっとキョウの見た目が変わっちゃうけど、許してね?」

「何を…」

「あとね、セーバルちゃんからの伝言。山頂にいるサーバルちゃんをお願い、だって」

「それと僕からも1つお願い。セーバルちゃんを助けてあげて。あの子が僕に力を貸してくれたの。今すぐには助けられないと思うけど、いつか、必ず…」

「待ってくれ!頼むよ…」


 コヨミは最後にオレをギュッと抱きしめ、消えてしまった。

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