異世界。人探しか?

 ーーリヴァーレイク壊滅から約二年後。


 数週間前までエルドラード領だった、レムリナ東部のとある街。


 辺りはすでに薄暗くなっており、歓楽街は徐々に客が増えてくる時間帯だ。


 その中にある、大衆酒場の一つ。


 店内にはカウンター席の他に複数のテーブル席があり、それぞれの席では客達が酒を飲み、料理や会話を楽しんでいる。


 窓際のテーブル席の一つでは、男女四人の若者たちが何やら世間話をしていた。


「この街もランパール領になってほんと良かったよ」

「ああ。他の街での評判もいいし安心だ」

「だよね。占領されたからって殺されたり略奪されるわけでもないし」

「犯されることもないしね」

「お前は元々大丈夫だっつの」

「どういう意味!?」

「うわっ、冗談だって!」


 一人の女が殴りかかろうとすると、男は慌ててそれを止めた。他の二人は呆れたようにそれを見ている。


 女が落ち着くと、また話し始めた。


「てかさー、やばい噂もあったじゃん?」

「あれだろ? 一般人がクスリ漬けにされて戦場に行かされるっていう」

「そうそう。それで西部の方の街では大量に行方不明者が出てたって」

「何でそんなことすんの?」

「無理矢理戦わせて捨て駒にするためだろ」

「マジ? こわー」


 若者たちが話す声は、テーブル席から少し離れたカウンター席まで聞こえてきた。


 カウンター席はコの字型で、中には女性店員が二人。席には数人の客が酒を飲み、料理を食べている。


 クリスティーナはカウンター越しに女性店員に詰め寄っていた。


「だからこんな感じの金髪の子で!」

「わかりません……申し訳ありません……」

「よく考えて!」

「そんなことおっしゃられましても……お客様は毎日多勢来られますし……」


 カウンター内の女性店員が困ったように言うと、クリスティーナは押し黙り、そばの椅子に腰を下ろした。こんなやり取りを色々な街でもう百回以上は繰り返している。


「ごめんなさい。ビールを一杯頂戴」

「はい」


 女性店員は笑顔で返事をすると、ジョッキにビールを注いで目の前に置いた。


「ありがとう」


 ジョッキを手に取り、がぶがぶと半分程飲んだ。そして「はあ」と溜め息を吐く。


「姉ちゃん、人探しか?」


 左側の一つ空席を挟んだ隣から男が声を掛けてきた。とろんとした、虚ろな目をこちらへ向けている。すでに酔っているらしい。


 男は体格が良く、揉み上げから口の周りまで髭を生やしている。年齢は三十代後半から四十代くらいだろう。


「妹を探してるの」

「……行方不明なのか?」

「かれこれ二年くらい」

「心配だろうな」

「ええ」


 今までにも妹は一、二カ月程度なら居なくなることがあった。しかし二年というのは長過ぎる。


 妹が居なくなって半年程経った頃、クリスティーナは心配を抑えきれずに家を出た。そして各地を回りながら、彼女の行方を探している。


「俺も、ずっと旅をしながら娘を探してるんだ」

「そう……奇遇ね」


 男が作り笑いを浮かべて言うので、クリスティーナは適当に相槌をうつ。どうやら彼の娘も行方不明らしい。


「もう十年以上になる」

「は? 十年?」

「ああ」


 桁違いの年月に驚いた。


 少女が十年以上も行方不明となると、無事だとは思えない。


「……娘さんは、いくつなの?」

「生きていれば、十四歳かな……」

「私の妹の一つ年下ね……」


 つまり彼の娘は四歳以下で行方がわからなくなったということだ。何もなかったわけがない。


 男の口振りからすると、彼も娘が亡くなっている可能性を考えてはいるらしい。


「もう無駄かもしれないが……諦めきれずに旅をしながら探してるんだ」


 同じ状況ではあるが、彼を哀れに思った。何しろ探している年月が長過ぎるのだ。


「……一応、娘さんの名前や特徴を聞いてもいい? もしどこかで見つけたら保護しておくわ」


 何の当てもないが、どうせ自分も人探しをしているので、ついでに彼の娘を探すことは出来る。それで彼の気休め程度にはなるのではないかと思った。


 男は少し驚いたような表情になり、そして微笑む。


「ありがとう。娘の名前はエンジュ。幼い頃は母親似で、黒髪と切れ長の目が特徴だった」

「わかったわ」


 十年以上も前の特徴とのことだが、一応覚えておくことにした。


 男は嬉しそうな表情で言う。


「姉ちゃん。ここは俺が奢ってやろう。何でも好きなものを頼めよ」

「クリスティーナよ。随分と気前がいいのね」

「がははっ。俺は冒険者だが意外と金持ちなんだ。本の印税が入ってくるからな」

「本を書いてるの?」

「ああ。知らないか? 『冒険者の日記シリーズ』」

「聞いたことはあるかなあ」

「色んな図書館に置いてある程有名なんだが……」

「あまり本は読まないの」


 そう言うと、男は少し残念そうな表情になった。


「じゃあ何冊かやるよ。丁度持ってるから」

「……ありがとう」


 あまり興味はなかったが、彼がどこかから取り出した本を三冊受け取った。


 一番上の本の表紙には、『アレックスの日記(徒然なるままに!) 著アレックス・フランク』と書かれていた。どうやら彼の名前らしい。



 酒や料理を適当に注文し、しばらく待つ。


 クリスティーナは受け取った本を適当にペラペラめくってみた。


 ある文字列が目に入った。


「異世界? ゲート? 何これ。マジで言ってんの?」

「まあ噂だけどな」


 アレックスはそう言って酒を口に含む。


「……? あれ?」


 クリスティーナは疑いながらその文字列に目を落としていたが、ふいにそのフレーズが過去の記憶の中に蘇る。


「……そう言えば、妹も昔そんなことを言ってたような……」

「何!? 本当か!?」

「え? ええ……多分」


 何年も前、妹が異世界がどうのと言っていた気がする。そのときは幼い子供の戯言だと思い、気にも留めなかった。


「その子に会わせてくれ!」

「え、いや、だから行方不明なんだってば」

「おう……そうか……」


 立ち上がったアレックスは落ち着き、再度腰を下ろした。


「ねえ。これに書いてあることって本当なの?」


 クリスティーナは本をペラペラとめくりながら尋ねた。


「いや、ところどころ作り話もある。何しろ適当に書いてるからな」

「あ、そう」


 そこへ女性店員が料理を運んできた。

 料理がカウンターテーブルに並べられ、新しくビールも注いでくれた。


 クリスティーナは貰った本を鞄へしまった。


「じゃあお疲れー」

「おう」


 お互いビールのジョッキをカチンと合わせて乾杯した。


「なあ。俺もあんたの妹を探すのに協力するよ」

「へ? 何で?」

「あんたも俺の娘を探してくれるんだからお互い様だろ? それに、娘を探す手掛かりをあんたの妹が持ってるかもしれない」

「異世界のこと? そんなの当てにならないと思うけど……」

「いいから頼む」


 アレックスは真剣な目でそう言った。

 少し話してみてのただの直感だが、彼は悪い人ではなさそうだ。妹に危害を加えることはないだろう。


「まあ探してくれるなら嬉しいけど。妹の名前は……」


 言おうとしたそのときだ。


「大変だ!」


 バタンと出入り口の扉を開け、一人の若者が店内へ入ってきた。


 若者は男女四人がわいわいと話しているテーブル席へ近付いていく。彼らの友人だろう。


「遅かったじゃないか。もう飲み始めてるぞ」

「それどころじゃねえって!」

「どうしたの? そんなに慌てて」

「商店街の方に勇士のメンバーが来てるらしいんだ。知り合いが見かけたって!」

「うそっ、誰!?」

「何人かいたらしいけど、一人はリーダーの銀髪碧眼の女の子!」

「マジ!?」


 途端にテーブル席の周りが騒がしくなった。


「見に行こうぜ! 一度でいいから見てみたかったんだよ」

「俺も! 噂じゃリーダーはめちゃくちゃ美少女らしいからな」

「私も見たい!」


 若者たちはばたばたと会計を済ませ、店を出て行った。




「……勇士? 何それ?」


 クリスティーナはアレックスに尋ねた。

 聞き慣れない言葉だが、どうやら住民たちが騒ぐようなものらしい。


「知らないのか? この辺りじゃ結構有名なんだがな」

「知らないわ。私、最近この辺りに来たんだもん」


 クリスティーナは各地を回ってきたが、この街には昨日来たばかりだ。


「『救済者』は聞いたことあるか?」

「それは知ってるわ。エルドラード王国の街を次々と占拠しているランパールの部隊の隊長でしょ? 噂によるとまだ年端もいかない少年だっていうわね」

「その通りだ」


 アレックスは頷いた。

 クリスティーナは続ける。


「不思議な力で知らないうちに街が占拠されることも多く、占拠された街は犯罪が極端に減ることから、住民たちがそう呼び始めた」

「おおう……結構詳しいな」

「一応旅とかしてたらそれなりに情報が入るし」


 エルドラード王国の街を次々と落としているランパールの部隊。その隊長が『救済者』と呼ばれている。噂によるとまだ十四歳の少年らしい。


 街が占拠され、役人や軍部の連中が殺害されていく。そんな中、街の住民たちが傷付けられることは一切なく、悪い噂を聞くことはない。


「まあ『救済者』は色んなところで有名だからな」

「あ、そう」


 何となく少しがっかりした。


「勇士とは『救済者』の仲間のことだ」

「へー。何であんなに騒いでるの?」

「ここら辺の住民からすれば英雄だからな」

「ふーん」


 先程、若者たちが話している声が聞こえてきた。彼らも占拠されて良かったというようなことを言っていた。以前の国家に対して不安があったのだと思う。


 エルドラードに関してはクリスティーナも悪い噂しか聞かないので、住民たちがそう考えるのも当然だろう。


 よくわからない技術を使った兵器の所有や、一般市民をクスリ漬けにして無理矢理戦場へ行かせるという非道な噂もあった。


 兵器に関してはランパールに奪われ、逆に利用されているらしい。


「それにリヴァーレイク辺りじゃ信じられない程の人気だ」

「あー。そう言えばあの街でも何か住民たちが騒いでたわね」


 リヴァーレイクへは以前行ったことがある。


『救済者』たちは一度占領されたリヴァーレイクを三カ月後にはすでに取り返していた。


 クリスティーナが訪れたときには、街はまだ復興途中だった。そのときは妹を探すのに忙しく、あまり余計な情報を仕入れていなかった。街は今ではかなり活気が戻っており、壊滅前以上に発展しているとのことだ。


「ちなみに勇士のリーダーはもの凄く美少女な上に、鬼のように強いらしい」

「マジ?」

「俺たちも見に行ってみるか?」

「……ええ。そうね」


 何となく少し興味が出た。


 アレックスが会計を済ませ、二人で店を出た。

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