異世界。みんなを守るために

 辺りが暗くなってきた頃。


 リヴァーレイクから南西にある関所を抜けた先の急設キャンプ地。


 すでにリヴァーレイクからは戦力は撤退し、生き延びた住民や兵士たちもここへ避難していた。


 全ての住民がここにいるわけではなく、別のキャンプ地へ避難している者もいるとのことだ。


 キャンプ地の近くにはランパール領を横断する大きな川が流れている。


 川沿いの土手の下方には幸介と美優が並んで腰を下ろしており、少し離れたところにはヘンゼルやカレン、仲間の少年たちもそれぞれ過ごしている。


「この目と能力は、お母さんからの最後の贈り物だったんですね……」

「ああ。そうだな」

「お母さんの顔、一生忘れません」


 美優が泣きそうな表情で右腕にしがみついてきたので、彼女の頭をそっと撫でてやる。


 彼女が母親の顔を見たのは、今日が最初で最後だった。


「お前は美人になるな。母さん似だから」

「……ほんとですか?」

「ああ」

「じゃあ胸も大きくなりますね」


 美優は僅かに微笑む。


 また右腕を彼女の背後に回し、頭を撫でる。そして自分の胸に押し付けて抱きしめた。


 しばらくそうやって過ごしていると、リアが土手の上から降りてきた。


 彼女は近付いてくると、幸介の目の前で立ち止まった。


「……」


 リアは俯き、黙り込んでいる。表情は暗い。


「……シャルとウェンディは?」


 黙ったままのリアを見かね、幸介が尋ねた。


「……まだ泣いてる」

「ステラと仲良かったからな……」

「うん……」


 リアは俯いたまま、そう答えた。そしてまた黙り込む。


「どうした?」


 彼女は何か言いたいことでもあるのかもしれない。そう思い、尋ねた。


「……わからないの」


 リアはぽつりと一言呟いた。

 幸介はその後に続く言葉を黙って待つ。


「……何をどうすればいいのかわからないの! 王女なのに!」


 彼女は幸介に何かをぶつけるようにそう叫んだ。


「リアさん……」


 美優は彼女を気遣うように呟く。


「街を壊されて、人も沢山殺された。私は守られながら誰よりも早く逃げて、今も泣いている友達を慰めることくらいしか出来ない……!」

「王族って言ってもただの人間だ。そんなもんだよ」


 幸介がそう言うと、リアは悲しげな顔を上げる。彼女の目元には涙が浮かんでいる。


「何で……? バカって言えばいいじゃない! いつもみたいに!」

「お前が悪いわけじゃないだろ」

「でも……!」



 リアは自分が王女だという自覚があった。


 王族の義務は国民を守ること。父親からはそう教わったし、国民に慕われる彼を尊敬していた。


 しかしいざ敵国からの攻撃を受けると、王族である自分たちには何も出来なかった。


 学校にいたリアは警備兵たちに守られながら真っ先に避難し、父親であるエリック王も早い段階で城の地下通路から脱出したらしい。


 街を壊され、多くの住民が命を落とした。


「どうすればいいかわからないんだったら、俺たちに付いて来れば」

「え……?」


 幸介の言う意味がわからず、思わず訊き返す。


「ついて来いって……?」

「エルドラードを滅ぼす」


 一瞬呆然となった。

 信じられない言葉を聞いた気がした。


「……は? 何を……言ってるの……?」

「本気だよ」


 幸介は表情を変えずにそう言った。

 言葉通り彼は本気らしい。


「……そんな……無茶言わないで! あの攻撃を受けて何でそんなことが言えるの!?」


 真っ先に逃げながらも、どんな攻撃だったかは大体わかっている。大量の武装した兵士による銃撃。爆発物での建物の爆破。街は多大な被害を受けた。


 さらに気球による遥か上空からの空襲の前に成す術なく、城周辺で戦っていたランパールの兵士達はまたたく間に壊滅。生きていた兵士達も命からがら逃げ出した。


「無茶じゃないよ」


 幸介がゆっくりと立ち上がって言うと、リアは戸惑う。つまり彼は勝算があると言っているのだ。


 ふと幸介の周りにいるヘンゼル、カレン、美優、そして仲間の少年たちが目に入った。「俺たち」とは彼らのことだ。


「……確かに、ヘンゼルもカレンも凄い能力を持ってるけど、それだけじゃ……」

「そう、無理だ。でも美優がいれば……一気に状況が変わる」

「え……? ミユが?」


 思わず美優の方を見る。

 何のことはない、ごく普通の小さな黒髪の少女だ。


 彼女の目が見えるようになったと知ったときは驚いたが、同時に何か強力な能力でも身に付けたのかもしれない。


「でも、お父様が許さないわ……あなたたちだけでそんなこと……」

「お前の親父の言うことでも何でも聞いてやるよ。母さんを生き返らせてくれるならな!」

「……!」


 言葉を失った。


 どうやら幸介の意志は固く、もう誰にも従う気はないようだ。


 リアは彼の近くにいるヘンゼル、カレン、美優へと視線を移した。彼らは黙ったままだが、幸介に同行する意思が見てとれる。


 直後、土手の上に二つの人影が現れた。


「おいおい、ガキ連中ばっかで何言ってんだ」

「ほんとよ。無茶ばっか言って」


 やってきたのはジークとエイミーだ。二人は呆れたような表情で土手の上から下りてきた。


「ジークさん、エイミーさん。止めても無駄だよ」

「ばーか。誰が止めるっつったよ」


 幸介が振り返って言うと、ジークは半眼を向けて否定した。


「……じゃあ何?」

「俺たちも連れてけ」


 幸介が尋ねると、ジークはそう言った。


 それを聞いたリアは驚いた。

 幸介やヘンゼル、美優も驚いている。


「いいけど。一緒に来るって言うなら俺に従って貰うよ」

「ああ」

「それでいいわ」


 ジークとエイミーは幸介の要求を驚く程あっさり承諾した。


「ちょっと待って! あなたたちも何を言ってるの!?」


 あの攻撃を受け、大人である彼らがこのような判断をするのが信じられなかった。


「リア王女、どうせやらなきゃやられる」

「私たちの友人も死んだの。もう奴らを放っておくわけにはいかないわ」


 リアは悟った。幸介と同じように彼らの意志も固く、もう止めることは出来ない。そもそも何も出来ない自分には、彼らを止める資格はない。


 最後の抵抗を試みる。


「でも、コウスケが失敗したら……? 死ぬかもしれないのよ……?」

「構わないわ」


 エイミーは即座にそう答えた。ジークも彼女に同意している様子だ。


 エイミーは二十歳前後の大人の女性。ジークは三十代前半くらいだったはず。


 対する幸介はまだ十二歳の少年だ。そんな彼を二人は信頼し、身を預けるというのだ。


「そう……」


 幸介だけではない。仲間の少年たちも、エイミーも、ジークも、確固たる意志を持っている。それは、復讐だ。


「わかった。私も一緒に行くわ。でも復讐のためじゃなく、この国のみんなを守るために」

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