もう一人

 秋人は美優と共に公園内の人目に付かない場所に待機していた。


 二人がそれぞれ腰の後ろに挟んでいるのは、護身用の拳銃。カレンが召喚したものだ。


 幸介やカレンが美優のそばから離れている間、秋人が幸介から与えられている一番の役目は美優を守ること。常日頃から秋人はそれを優先して行動する。


 幸介は美優の身の安全を常に考えており、秋人もその理由を理解している。


 それは美優が幸介の大切な妹であると同時に、目的の為、仲間を守る為に最重要の能力者だからだ。


 幸介から連絡を受けてすぐ、秋人と美優は二人の元へ向かった。近くにいたので、数十秒程で着いた。


「派手にやったな」


 秋人は不良たちの斬殺死体の山と血の海を見渡し、唖然としながら言う。


 そばにいる美優は特に表情が変わる様子はない。この程度の光景は向こうの世界で見慣れているのだ。


「アキト。コウスケが、あなたの指示に従えって」

「ああ」


 膝を落としたカレンは幸介を抱きかかえている。幸介は能力の副作用で意識を失っているらしい。


 二人のそばには記憶を一部消された小沢が横たわっている。顔が赤く腫れ上がり、左目を斬られて血塗れの状態だ。


「カレン、落ちている刀を全て倒れている暴力団員たちに握らせるんだ。手袋はそのまま外すなよ。美優ちゃんも頼む」

「わかりました」

「了解」


 カレンは幸介を地面にそっと寝かせて立ち上がった。



 秋人は小沢が着ているスーツを調べ、ポケットにあった彼のスマホを回収。すぐに電源を落とし、自分のポケットに入れた。後で壊してドブ川にでも捨てればいい。


 今後小沢が絵梨に連絡出来ないようにするためだ。彼は絵梨に関する記憶を失っているはずだが、スマホ内のメールなどを見れば彼女が恋人だと気付くかもしれない。スマホさえ奪っておけばもう関わることはないだろう。


 その後、三人で手早く刀を拾い、倒れている暴力団員たちに握らせていく。


 カレンが次々と召喚し、不良たちを殺害するのに使った刀は約十本。そして幸介が使った刀が一本。どれもこれも不良たちを斬ったために血がついている。その際、二人は手袋をしていたため、指紋は付いていない。


 それらを全て倒れている暴力団員たちに握らせる。小沢の左目を斬った刀も同様に暴力団員の一人に握らせた。


 もちろん秋人や美優も指紋を残さないように手袋を装着している。


 つまりこれは偽装工作。暴力団員たちは不良たちを殺害したスケープゴートだ。


 そのためにわざわざ都内の適当な暴力団事務所の金庫からカレンと美優の能力で金を奪い、後で「金を盗んだ犯人たちが公園にいる」と匿名で知らせておいた。


 彼らが逮捕され、尋問されたとしても、記憶を消したので何も答えることが出来ない。警察は都合良く解釈してくれるだろう。


 小沢への暴行も同じ。犯人は死亡した不良たちだ。彼らに指示を出したことになっている古谷の記憶はすでに消されているので、彼は何も答えられない。


 偽装工作は数十秒程で終わった。


 秋人が最後の一人に刀を握らせ終えて顔を上げると、倒れた不良たちのそばでカレンが立ち尽くしているのが目に入った。


「どうした?」


 立ち上がり、カレンのそばへ近付く。


「これは……」


 カレンは何やら五センチ四方程度の小さな透明の袋を手のひらに乗せており、それに視線を落として呆然となっている。どうやらそばに倒れている不良の一人が持っていた物らしい。


 透明の袋の中には、金色の粉のようなものが入っている。


「どうかしたんですか?」


 美優も近付いてきた。


「ミユ、これを見て。この男のそばに落ちてた」

「……? はい」


 美優は怪訝な表情でカレンが差し出した透明の袋を手に取る。


 美優の表情が驚愕に変わった。


「これは……ヘブンリーパウダー!?」

「そう。間違いない」


 カレンと美優は浮かない表情で目を合わせて黙り込んだ。


 秋人は初めて聞く言葉だ。幸介からも聞いていない。しかしカレンと美優の表情から察するに、ろくでもない物に違いない。


「……どういうことですか?」

「私が訊きたいくらい。ミユも知らなかったの?」

「私は何も……」

「そう。でも、コウスケは何か知っていたはず」

「そう、ですね」


 また言葉を失うカレンと美優。

 

 秋人にはよくわからないが、状況や見た目で判断すると麻薬のようなものだろう。


 しかし、今は事情を聞いている時間はない。


「とにかく話は後にしてここから離れよう。長居するとまずい」

「わかりました」

「カレンは上から何か着ろ。その格好は目立つ」

「わかった」


 カレンが着ている白のパーカーは不良たちの血でかなり汚れている。このままで外を歩くわけにはいかない。


 すぐにカレンは大きめの黒のパーカーを召喚し、上から羽織った。


 秋人は近くに倒れたままの幸介の元へと向かった。


 駅近くには留美とユイリスが車で待っているので、そこまで幸介を運べばいい。


 ちなみに公園内や周辺にあった防犯カメラはカレンが片っ端から召喚して全て破壊済み。後で幸介や秋人たちが公園にいたとバレることもないだろう。




「……! ミユ」


 秋人が倒れている幸介の方へ向かった直後、カレンがはっと何かに気付いたように美優を呼んだ。


「どうしました?」

「近くにもう一人いる。動いている者に集中してて今まで気付かなかった」


 カレンには索敵能力がある。弱いものだが、今いる公園の状況を把握する程度の能力はある。


 彼女は不良たちや公園の出入りに対して警戒していたため、動きのない者を見逃していたとのこと。


 どうやら殺害した不良グループと意識を失っている暴力団員以外に、誰か別の人物が公園内に潜んでいるらしい。


「どこですか?」

「七時の方向。約二十五メートル。でも敵ではない、と思う」

「確認しましょう」


 カレンと美優は素早く移動し、その人物がいる場所へと近付く。


「まさか……この気配……」

 

 そこへ近付くにつれ、カレンの表情が僅かに歪んだ。


 走るとすぐにその場所へ辿り着いた。公園の出入り口の一つに続く薄暗い小道だ。


 目の前にあるのは綺麗に植えられた常緑低木。そして奥には複数の木々が並んでいる。


 その人物はどうやら目の前の大きな木の裏に隠れているらしい。


「この雰囲気は感じたことがある」


 カレンは小さく呟いた。

 つまり隠れているのは知り合いかもしれない。


「そこにいるのはわかってる。出てきて」


 カレンがそう言った数秒後、木の裏から静かに一人の少年が出てきた。茶髪にピアスのチャラ男だ。


「亮太さん……!?」


 美優は驚いた。


 現れたのは幸介やカレンのクラスメイト、三上亮太。


「よお……」

「リョウタ、何故ここに?」


 カレンは表情を変えずに尋ねた。


「……駅の近くで、絵梨さんの恋人を見かけて後を尾けてきたんだ。一発ぶん殴ってやろうと思って……」


 亮太が浮かない様子で簡単に説明すると、カレンは「そう」と小さく呟いた。


 どうやら亮太は写真などで小沢の顔を知っていたらしい。

 彼が小沢の姿を見かけたのは、ユイリスが公園に誘導していたときだ。つまり彼はその後すぐにここに来ていたことになる。


「なあ……お前ら、一体何者なんだ……?」


 亮太は恐る恐る尋ねてきた。


 やはり彼は一部始終を見ていたらしい。

 これはまずい。かなり身近な人間に目撃されてしまった。


 幸介は意識を失っているので、今は亮太の記憶を消すことも出来ない。


「カレン、他に公園内に潜んでいる者や公園から出た者は?」

「他にはいない」


 美優が尋ねると、カレンはそう答えた。

 つまり目撃者は亮太だけだ。


「そうですか」


 美優は背中に隠し持っていた拳銃を取り出し、亮太へ向けた。


「え……? 美優ちゃん、何を……」


 亮太は戸惑いながら尋ねる。


「亮太さん、あなたを拘束します。一緒に来てください」

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