わからない?
二人を一瞬で殺害した後、パーカーのフードを深く被った銀髪の少女、カレンは持っていた日本刀をその場に捨て、物凄い速さで走り始めた。
走りながら新たに日本刀を右手に召喚。
全速力のまま、不良たちが五、六人駄弁っているところへ飛び込む。
「「へ……?」」
それに不良たちが気付いたときにはすでに遅かった。
次の瞬間、そこにいた不良たち全員の首が吹き飛んだ。不良たちが悲鳴をあげる間もない程の速さだ。
血の雨が降り、カレンの白いパーカーが赤く染まった。
「……は?」
「何だあれ!?」
「うおっ、死んでるぞ!」
離れたところにいた不良たちはようやくそれに気付いた。カレンの殺人術が速過ぎるため、彼らが気付くのが遅れたのだ。
カレンは刀を捨て、また次の刀を召喚。
再び走り始めると、別の不良たち数人の方へ素早く近付く。
「うおっ……!」
「ぎゃあああぁぁ!」
彼女は次々に不良たちを斬っていった。
そして幸介はカレンとは別の方向から不良たちに近付いた。
幸介も不良たちの集団に素早く飛び込んで刀を一閃。
「「ぐはっ……!」」
不良たちは血を吹き出して倒れた。
その後も幸介は全速力で走りながら不良たちを斬っていく。
「何だあいつらは……!」
「げっ……さっきの!」
近くにいる不良たちが幸介を見て驚いた。先程数学教師の藤本を刺した連中だ。
幸介は素早く彼らに近付く。
「「ぎゃあぁぁ……!」」
そして一気に不良たちを殺害した。
幸介とカレンは次々に不良たちを斬っていった。
金属バットやゴルフクラブで殴り掛かってきた者もいたが、あっさりと躱して刺し殺した。
慌てて逃げ始める者もいたが、全力で追いかけて殺した。
幸介とカレンは、公園内にいた不良グループ約五十人全員を殺した。
※※※
目の前には血の海が広がり、多数の斬殺死体が転がっている。幸介とカレンが殺害した不良グループ約五十人のものだ。
そしてところどころに意識を失って倒れている強面の暴力団員たち。約二十人。こちらは死んでいるわけではない。幸介と美優の能力で記憶を消しただけだ。
少し離れたところにある五十センチほどの高さのある花壇のそばには、一人この場に似つかわしくないスーツ姿のサラリーマン風の男が倒れている。絵梨の恋人である小沢だ。
彼は不良たちから暴行を受け、顔が赤く腫れ上がっている。その後気絶したようだ。
カレンは倒れている小沢に近付き、立ち止まった。
彼女は右手に500mlペットボトルの水を召喚。ペットボトルの蓋を開け、中の水をバシャバシャと小沢の顔にかけた。
「……! ぶはっ……!」
小沢は目を覚ました。
「はあ……はあ……う……痛え……」
小沢はまだ現状を把握出来ていない様子。地面に手をつき、よろよろと上体を起こそうとしている。
カレンは小沢のスーツの首元を掴み、無理矢理起こして座らせた。
「き、君たちが……助けて、くれたのか……」
まだ意識が不完全な小沢は虚ろな目でカレンを見上げる。
「助けた? 勘違いしないで」
カレンが冷たい目で小沢を見下ろして言うと、小沢は「ひぃっ……」と血塗れの顔を引きつらせた。意識がはっきり戻ったらしい。
「まだ見えてるか?」
幸介がカレンに近付いて尋ねると、カレンは小沢の腫れ上がった目を真っ直ぐに見る。
「まだ両目とも見えてる」
「ならやれ」
「了解」
カレンは小沢の襟元から手を放して少し後ろに下がった。そして表情を変えないまま、右手に刀を召喚して振り上げた。
「……は? 何する気だ……!? やめろ……!」
カレンは構わず刀を振り下ろした。
剣先が小沢の左瞼から頬にかけて流れた。
「ぎゃあああああぁぁぁ!」
小沢は断末魔のように叫び、斬られた左目を抑えた。そして地面にうずくまる。
「うっ……うぅ……痛ぇ……うぅ……」
顔を抑えた左手の隙間からは血が流れ、ぽたぽたと落ちた。
「……何で……こんなこと! どうかしてる……」
弱々しく、泣き出しそうな声で小沢は呻く。
「何で俺がこんな目に……」
小沢は血塗れの左目を抑えながら、恨みがましく訴えた。
「わからない?」
カレンが尋ねると、小沢は恐る恐るカレンを見上げる。
「愛梨のお母さんは、あなたの暴力のせいで左目が失明した」
「……!」
「それが、返ってきただけよ」
カレンの冷たい声を聞き、小沢は赤く腫れ上がった顔を歪ませた。
彼はやっと理解したらしい。自分が不良たちから受けた暴力も、たった今カレンに斬られた左目も、自分が絵梨にしたことへの報復だったのだと。
「だ、だからって……こんなこと、していいわけないだろ……」
小沢はカレンに怯えながら、弱々しい声で言う。
法律に基づくなら、彼の言った通りなのかもしれない。
「知らないみたいだから、教えてあげる」
カレンは刀を手にしたまま足の裏で小沢の肩を蹴り、そばの花壇へ彼の背中を押し付けた。
「……!?」
小沢は恐れるような、訝るような表情を浮かべた。
「復讐は、される方が悪い」
カレンは冷たい目で小沢を見下ろしながらそう言った。
カレンが口にした言葉は、幸介の受け売り。幸介が昔から何度も口にした言葉だ。
自分へ。敵へ。街をエルドラードに攻撃され、大切なものを失った仲間たちへ。
その言葉に従い、仲間たちは意志を一つにした。何よりも仲間の心を縛った。ときには、彼らの主義に反する行動も正当化させた。
特にカレンは、幸介の意志を誰よりも忠実に実行した。
戦ったエルドラードの戦闘員たちは、全てが悪い人間というわけではなかった。幸介たちとは立場が違うだけの者や、ただ操られているだけの者もいた。
そんな彼らを、幸介たちは何人も殺してきた。自分たちが生きる為、目的を達成する為に殺すしかなかった。
だから、誰が見ても「悪」である不良たちを殺すことに、少しの躊躇いもなかった。
幸介はスマホをポケットから取り出し、秋人へメールをうつ。
小沢は周りに血塗れで倒れている不良たちに視線を移し、また愕然とした表情でカレンを見る。
「あいつらを……殺したのか……?」
小沢は左目を抑え、肩を震わせながら尋ねた。今になってやっと周りの状況が目に入ったらしい。
「あの連中は、私たちの数学の先生を刺した。だから殺した」
「……!」
カレンの答えを聞き、小沢は信じられないというような視線をカレンに向けた。
「はは……あいつらはいい気味だが……あんなクズ共でも殺したら刑務所行きだぞ……」
小沢の言う通り、例え社会のゴミでも、それが報復であっても、人を殺せば罪になり罰せられる。
幸介はいじっていたスマホをポケットへしまうと、小沢の前で片膝を落とし、彼の目を真っ直ぐに見る。
「そんなことにはならない。何故なら、俺が『救済者』だから」
小沢は何かを理解したようにはっと右目を見開く。
幸介は能力を発動。記憶の『部分消去』。
消したのは絵梨に関する記憶と幸介たちに関する記憶。
小沢はふっと意識を失い、その場に倒れた。
直後、幸介もふらふらと体勢を崩す。
カレンが慌ててそばに膝を落とし、幸介を抱きかかえた。
「カレン……すぐに、秋人が来る……あとは、あいつの指示に従え……」
「了解」
ほとんど負担のない記憶の『全消去』とは違い、『部分消去』は格段に集中力を必要とし、著しく体力を消耗する。使えばその場に倒れ、丸一日は目を覚まさない。
一人で外にいるときは使えないし、自分自身に発生する目眩や倦怠感が苦しいので基本的に使いたくない。
そして、『全消去』はある理由で犯罪者にしか使えない。
だからあのとき、夕菜には何も出来なかった。彼女に対しては適当にごまかすことが出来たので、そのまま放置しておいた。
今はカレンや秋人が近くにいるので、小沢に対しては『部分消去』を使用した。体に負担はあるが仕方がない。
小沢には「自分は誰かに暴力を振るい、そのせいで嫌悪の対象である不良たちから暴行を受けた」という記憶は残る。
幸介はそのまま意識を失った。
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