何かがおかしい

「や、やめろ……! がはっ……!」


 数人のガラの悪い不良たちに囲まれた小沢は顔面を殴られ、倒れこんだ。


 どうやら目の前にいる彼らは、この広い公園を溜まり場にしている不良グループ。


 絵梨を追い掛けて来たはずが、公園の入り口辺りでいきなり後頭部を殴られた。その後公園内に連れてこられ、先程から暴行を受けている。


「はあ……はあ……絵梨……は……どこ、だ……?」

「あ? わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ!」

「がはっ……!」


 よろよろと上体を起こすと、顔を蹴られ、また倒れた。


 周りに絵梨の姿は見えないし、彼らは絵梨のことを知らないらしい。とりあえず彼女がこの場にいないことについては良かったと言える。


「オラぁ!」

「ぐふっ……!」


 うずくまっていたところへ、腹部を思い切り蹴られた。本当に容赦がない。


「くそっ……この、低脳共が……」

「うるせーっつの!」

「ぐはっ……!」


 顔や体が痛い。

 口の中も切れており、地面に血が落ちた。


「何で、俺が……貴様らのような……クズに……」

「ぎゃはは! こいつまだ何か言ってんぞ!」


 スーツの首元を掴まれ、無理矢理上半身を起こされた。


「待て待て。俺にもやらせろ……よ!」

「ぶっ……!」


 別の不良に顔を殴られた。


 何故こんな社会のゴミのような奴らに自分が痛めつけられなければならない? そんな考えばかりが何度も頭に浮かぶ。


 世間で不良と呼ばれているこういった存在のことが一番嫌いだ。


 小沢は学歴社会で生きてきたいわゆるエリート。学歴が低ければ見下されて当然の存在。その中でも目の前にいるような不良たちは社会の底辺であり、嫌悪の対象だ。こんな連中には一生関わることがないはずだった。


 不良たちは先程から数人掛かりで小沢に殴る蹴るの暴行を加えている。


 小沢の顔は真っ赤に腫れ上がり、血が流れている。すでに顔の原型を留めていないほど酷い状態だ。


「絶対に……訴えて、やるから……な……」

「んなこと知らねーよ!」

「ぐふっ……」


 不良たちには社会のルールも法律も通用しない。ただの犯罪者集団だ。本当に虫唾が走るほど嫌いだ。


 何故こういった連中が世の至る所に存在しているのだろうか。未成年でも関係ない。全員逮捕して死刑にでもして欲しい。


 そんなことを考えながら、殴られ続けていた。



※※※



 不良たちが男に暴行を加える光景を、煙草を吹かしながら眺めている男がいた。


 不良グループの幹部、須賀だ。黒髪で短髪、細身ながら筋肉質な体。チャラチャラした服装の男。


 先程、リーダーである古谷からメールが来た。内容はこう。


・グループメンバーを全員公園に集め、公園内にいる女は帰らせること。

・メンバー以外は公園内に入れないこと。

・指定の場所に現れるサラリーマン風の男を連れて来て暴行を加え、そいつが持っている茶色い鞄を回収すること。


 すでにメールの内容は実行済み。


 グループメンバーはほぼ全員集まっているし、公園内にいた女は帰らせた。夜も遅いので、もう一般人もこんなところにやって来ないだろう。


 指定の場所に現れたサラリーマン風の男も連れて来たし、一緒に置いてあった鞄も回収した。そして、男には先程からメンバーたちが暴行を加えている。


 しかし、先程の古谷からのメールには何か違和感がある。指示が変に具体的なのだ。いつもの彼はもっと適当だ。


 そんな古谷がリーダーであるこのグループが最近拡大した一番の理由は、彼がよくわからない権力者とのコネを持っていること。


 軽犯罪は大体見逃され、大麻の密売に関してはほぼフリーパス。その代わりに謎の金色の粉をばら撒くのを手伝わされている。


 そして、そんなグループは東京にいくつもあると以前古谷が言っていた。


 金色の粉は恐らく麻薬だろうと思うが、詳しくは何なのかはわからない。


 グループのメンバーたちは、馬鹿なのか呑気なのかそのことについてほとんど気にしていない。


 サラリーマン風の男に暴行を加えているメンバーたちの近くには、先程オヤジ狩りの最中に男を刺したというメンバーたちも集まっており、へらへらと何やら駄弁っている。


「何かめちゃくちゃ強え奴が通りかかってよ」

「そうそう。全員財布を取られちまったんだ」

「ぎゃははっ。だっせえな」

「マジ笑える。オマワリさんとこ行って落とし物でも訊いてくれば?」


 つい数時間前に殺人未遂を犯したというのに、彼らは全く気にしていない。本当に馬鹿過ぎて呆れる。


 いくらリーダーのコネで多少の犯罪を見逃されているからといって、殺人はさすがに無理だ。古谷もそう言っていたし、普通に考えればわかるはずのことだ。


 なのにこいつらは平気で人を刺した。


 日頃から思うが、こいつらは無茶をし過ぎる。強盗、恐喝、婦女暴行などやりたい放題だ。


 彼らは深く考えずに行動し、他人を傷付けても少しも罪悪感がない。


 須賀が付き合いきれないと思うようなことも多くあるし、こんな馬鹿共とは早めに縁を切って姿を消した方がいいかもしれない。


「おいおい、何だこれ! めちゃくちゃ大金が入ってるぞ!」

「うおっ! マジかよ! 一体いくら入ってんだ!?」


 そばで茶色い鞄を開けたメンバーたちが何やら騒いでいる。


「須賀さん、これ見てください!」

「……何?」


 ダルいと思いながら騒いでいるメンバーたちに近付き、輪の中にある鞄に視線を移す。


 鞄の中には札束がぎっしりと詰まっている。


「ざっと一億はあるな」


 須賀は新しい煙草を口に咥えながら呟いた。


「一億!? マジっスか!?」

「何でこいつがこんな大金持ってんだ!?」

「知らねーけど! 超ラッキーってやつじゃね!?」


 大金を目の前に興奮状態のメンバーたち。

 サラリーマン風の男に暴行を加えていたメンバーたちも「マジマジ!?」と近付いてきた。

 サラリーマン風の男は血塗れになり、すでに気絶している模様。


「だからこいつを拉致ったのか!」

「さすが古谷さん! 狙い目がちげーよ!」


 メンバーたちが言う通り、どうやらリーダーの古谷はサラリーマン風の男が大金を持っていることを知り、強奪しようと考えたのだろう。


「須賀さん、これどうすんスか!?」


 メンバーの一人が尋ねてきた。


「古谷さんが来たら訊く。まあ全員に分け前はあるだろ」


 古谷がメンバーをわざわざ全員集めたのは、これを山分けするためかもしれない。


「マジっスか!? っしゃあ!」

「俺色々欲しいもん有ったんだよ!」

「勝手に持ち出すなよ。後が怖えぞ」

「もちろん、わかってますよ!」


 一応釘を刺すと、メンバーたちは大喜びで了承した。


 こいつらはわかっているのだろうか。例え一億全部を全員で平等に分けたとしても、五十人だと一人二百万にしかならない。まあそれでも大金ではあるが、何でも好きなだけ買えるという程の大金でもない。なのに、一億円強奪のリスクは考えていない。


 集まっているメンバーは約五十人。以前はもう少し多かったと思う。記憶喪失になってグループから離脱した者が十数人はいる。どうせ何かしらの悪事を働いたせいで噂の事件に巻き込まれたのだろう。


 古谷には鞄を回収したことはすでに伝えたが、『後で行くから待ってろ』とメールがきたきり電話にも出ない。


 何かがおかしい。

 違和感を感じる。


 古谷の指示で一億もの大金を強奪し、それを持っていた男に暴行を加えた。しかし、当の古谷は全く姿を現さない。


 須賀は嫌な予感を感じつつ、メンバーたちがわいわいと騒いでいる光景を眺めていた。



 突然のことだった。


 どたどたと数十人規模の人間が走ってくるような足音が聞こえてきた。


 顔を上げ、足音の方へ視線を移す。


「……!」


 須賀はその光景を見て驚いた。


 いかにもなチンピラが数十人、こちらへ向かって走ってくるのだ。


 先頭を走ってきた男二人が、その勢いのままグループメンバーへ飛び蹴りを放った。


「うおっ……!」


 蹴られたメンバーが倒れ込む。


「な、何だあ……?」


 周りで駄弁っていたメンバーたちもチンピラたちに視線を向けた。


「てめえらか、うちの事務所から金を盗んだのは」

「ナメやがって」


 チンピラたちは怒りを表しながらそう言った。


 須賀はすぐに察した。


 このチンピラたちはどこかの暴力団の組員か何かだろう。

 そしてサラリーマン風の男から強奪した茶色い鞄の中身は彼らの金。どうやら彼らの事務所から盗まれたものらしい。

 彼らはその金がここにあると知り、取り返しに来たようだ。


 今日はやたらとおかしいことが起こっている。嫌な予感が増す。


「ウチの組の金を盗むとはいい度胸じゃねえか」

「どうやって盗みだしたか知らんが覚悟せえよ? このボケ共が」


 チンピラ風の男たちの背後から、ぞろぞろと彼らの仲間が追い付いてきた。


 スーツ姿の者や黒のサングラスをかけた者。白のジャージ姿の者もいる。どれもこれも厳つい見た目の男が総勢約二十人。


 これは、謝罪して金を返した方がいいかもしれない。そんな考えが頭を過ぎった。暴力団は敵に回さない方がいいと思ったからだ。


 ここはリーダーである古谷に判断を任せたいが、未だに彼はやってこないし連絡すらない。


 どうしようか迷ったが、すぐにそれが無駄だとわかった。


「あ? オッサンたちの金だあ? んな証拠がどこにあるっつーんだよ」

「バカじゃねーの?」

「ぎゃははっ。今さら返すわけねーだろが」


 こちらの仲間が多勢いるからだろう。メンバーたちは怯むことなく暴力団員と敵対した。


 彼らは大金を手放したくないため、返す気がないらしい。


「小僧共が。後で後悔するなよ」

「知らねーっつの。オッサンらこそ殺してやるよ」


 そして。


 流れのまま、不良グループ約五十人対暴力団員約二十人の大乱闘が始まった。


(おいおい、マジかよ……)


 数的にはこちらの方が優勢。さらに金属バットやゴルフのクラブまで持っている者もいる。


 血気盛んな少年たちは、勢いのまま暴力団員たちに殴りかかっていった。


 数十人が入り乱れて殴り合う中、相手の暴力団員たちはどんどんと倒れていった。


 おかしい。

 少し後方から眺めていた須賀はそう思った。


 いくらなんでも相手が弱過ぎるのだ。


 数的にこちらが有利だと言っても、相手は本職の人たちだ。ここまで一方的な戦いにはならないはずだ。


 須賀は冷静に乱闘の様子を見回してみた。


 グループメンバーと暴力団員たちは入り乱れ、激しく争っている。


 しかし、信じられないものが目に入った。


 殴る蹴るの乱闘の中、何もしていないのに倒れる暴力団員がいるのだ。


 そして、一度倒れると二度と起き上がる気配がない。


「おいおいオッサンら弱えぞ!」

「くっ……おめーらどうしちまったんだ!」

「何でこんなガキ共に……!」


 こちら側のメンバーたちは優勢な戦いに勢いづき、まだ立っている暴力団員は顔を歪める。


 さらに戦いは続き、暴力団員は四人、三人と減っていった。


 須賀はある可能性に気付いた。


 これはまさか、現在日本中を騒がせているあの現象なのでは?


 目の前で見たのが初めてだし、暴力団員たちは一見乱闘のせいで倒れているだけなので気付くのが遅れた。


 メンバーの中にも殴られたり負傷している者もいるが、気絶している者はいない。倒れているのは全て暴力団員だ。


 しかしこちらが倒しているわけではないし、どう考えてもおかしい。


 そんな違和感がよぎった直後、ばたばたと残りの暴力団員が倒れた。


 立っている暴力団員はいなくなった。


「ははっ。暴力団っつっても全然大したことねーじゃん!」

「俺らが強過ぎたとか?」


 メンバーたちは倒れている暴力団員を足で小突いたり、戦利品を得ようと財布を探り始めた。


「俺らがこいつらの事務所を乗っとるっつーのはどうよ?」

「そりゃいい」


 彼らは意気揚々と勝ち戦に酔い痴れている。


 しかしこれは違う。戦いに勝ったのでも何でもない。暴力団員たちは記憶喪失となって倒れただけだ。


 何故被害が相手側だけなのかわからないが、これは噂に聞く『救済者』の仕業かもしれない。



 メンバーたちは「これで一億は俺らのものだ」と嬉しそうにわいわいと騒いでいる。


 そんな中、須賀だけが何かわからない不安を感じていた。

 もうこの場から離れた方がいいような気がする。



 ふと少し離れた場所に、怪しげな人物の姿があるのが目に入った。


 こちらに歩いてくるその人物は白のパーカーを着ており、深くフードを被っている。雰囲気や小柄な身長から察するに少女だろう。


「何だお前?」


 メンバーの一人が少女に近付いていき、顔を覗き込む。


「おっ。めちゃ可愛いじゃん!」

「マジマジ? ちょっと向こうの茂みにでも連れてっちゃう?」


 後から近付いたメンバーと二人で、そんなヘラヘラと笑うような声が聞こえた。


 また女を襲うつもりなのかと思い、呆れながら彼らの背中を眺めていた。


 しかし、その直後。


「え……?」


 須賀は目を疑った。


 少女に声を掛けたメンバーの背中から、日本刀の刃のようなものが突き出たのだ。


 そして彼の背中に血が滲む。


 どうやら少女がどこかに隠し持っていた日本刀を彼の胸に突き刺したらしい。


「うわあああぁぁ……!」


 メンバーが叫ぶと、少女は彼の体から素早く刀を引き抜き、もう一人を即座に斬った。


「がはっ……」


 二人のメンバーは、体から血を吹き出して倒れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る