ずっと前から
小沢は後悔していた。
また彼女に暴力を振るってしまった。
絵梨を愛している。今後彼女がいない人生なんて考えられない。自分の全てを彼女に捧げたいし、彼女には自分だけを見て欲しい。
しかし、そうはならない。自分の思いと彼女の思いには差がある気がする。自分が望む通りに彼女は行動してくれない。
どうすればいいのかわからず、殴ってしまう。
いつもは殴ってしまっても、しばらくすると正気に戻る。その後、弱い自分を反省する。泣いて謝ると絵梨は許してくれる。
今日は駄目だった。込み上げる怒りを抑えきれなかった。彼女が頑なに別れようとするので、それを受け入れられなかった。
酷い怪我をさせてしまったことに気付き、思わずその場を離れた。
その後、人のいないところで呆然としながら過ごした。
数時間が経過し、帰宅が遅くなった。
ふらふらと自宅へ向かう。
自宅のマンションの近くまで来たとき、ふと少し離れたところに人影が見えた。
人影はすぐに路地を曲がり、塀で見えなくなった。
(絵梨……!?)
人影は絵梨に見えた。
彼女は怪我を負い、病院にいるか自宅で大人しくしていると思っていた。それなのに今ここに来ており、大した怪我はしていないように見えた。
(俺に会いに来てくれたのか……!)
少し感じた違和感は、すぐに消えて無くなった。
酷く殴ってしまった自分に、彼女はまた会いに来てくれた。
それが嬉しかった。
彼女は自宅を訪ねてきてくれたが、自分がいなかったので帰ることにしたのだろう。
「絵梨!」
小沢は絵梨を追いかけた。
彼女が曲がった角を同じように曲がった。
少し先に、大きな茶色い鞄を持った絵梨がスマホで話しながら歩いていく姿が見えた。やはり間違いなく彼女だ。
「ま、待ってくれ……!」
そう叫んだが、絵梨には聞こえないのかそのまま歩いていく。
小沢は追いかけた。
もう少しで追い付けると思った。
次の曲がり角を曲がると、彼女の姿はなかった。
「あれ……?」
しばらくきょろきょろしながら歩いていると、また少し離れたところに絵梨らしき女性の姿が見えた。先程と同じ鞄を持ち、スマホを耳にあてている。
居た……!
小沢は再び追い掛けた。
しかし絵梨に追い付きそうになると、何故か彼女を見失った。
周りに歩いているのは見知らぬ他人ばかりだ。
そしてまた離れたところに絵梨が姿を現す。
再び追うが、いつまで経っても彼女には追いつけない。
何度かそんなことを繰り返し、いつの間にかやってきたのは、とある大きな公園。倉科駅の東側エリア。
夜も遅いからか、辺りにはほとんど人が歩いていない。
何故絵梨がこんなところに来たのかわからないが、早く見つけなければならない。謝罪して話し合いたい。
公園を取り囲む木々の中、絵梨が向かったと思われる方へ歩いていると、ふと草むらに大きな茶色い鞄が置いてあるのが目に入った。
怪訝に思いながらも近付く。
先程絵梨が持っていた鞄に違いない。そう思い、手を伸ばした。
直後、後頭部に殴られたような激しい痛みが襲った。
「ぐはっ……!」
小沢はその場に倒れた。
彼の周りには、ガラの悪い不良が数人。
「おい、古谷さんが言ってたのはこいつか?」
「間違いねえよ。そばに茶色い鞄もあるし」
「よし。とにかく連れて行こう」
そんな会話の後、ガラの悪い男たちは小沢と茶色い鞄を抱え、公園の中へ向かって行った。
近くの木の陰からそれを見届けた絵梨は、そっと人けがないところへ歩く。
そして暗がりの中、変身を解いた。
現れたのは金髪の美少女。異世界から来た魔女、ユイリス・ブラッディマリー。
自分の役目は絵梨に変身し、彼女の恋人である小沢をここまで誘導すること。
先程、まだ施設で子供として過ごしていたときのことだ。
幸介が施設へ戻って来て、美優と唯、そしてすでに来ていた秋人とカレンを部屋に集めた。
『宮里さんのお母さんが……!?』
幸介が事情を説明すると、秋人が目を丸くして驚いた。
カレンも少し驚いたようだったが、すぐにいつもの表情に戻った。
『ミユ、アイリの視界を見せて』
『はい』
美優は左右の手でそれぞれ秋人とカレンの手を取り、愛梨の視界を二人に見せた。
すぐに母親の無残な姿を確認したらしく、秋人とカレンは重苦しい表情になった。
『……酷い』
カレンは悲しげな表情でそう言った。
唯も見たが、愛梨の母親は本当に痛々しい姿だった。
愛梨は何度か施設に来たことがあるので、彼女のことは知っている。子供たちにも優しく接してくれるとても良い人だ。
カレンは能力を使い、病室の棚に置いてあった絵梨のスマホを召喚。彼女は美優の能力で見た物を、特定して呼び出すことが出来る。
絵梨のスマホを調べると、恋人である小沢の住所や顔写真、彼からのメールが出てきた。メールは暴力に対して謝罪する内容のものもあった。
小沢の住所は割と近かった。
マンションに小沢は居なかったので、しばらく外で彼を待った。
その後、現れた彼に絵梨の姿になった自分を追い掛けさせた。
捕まらないように変身を繰り返しながら小沢をここまで誘導した。
誘導した小沢は、リーダーから指示を受けた不良たちに殴られ、連れて行かれた。
しかし不良グループのリーダーである古谷はすでにカレンに拘束されている。幸介の能力で記憶も消されているかもしれない。
古谷のスマホを使い、不良たちにメールで指示を出したのは幸介だ。
変身を解いたユイリスは後ろ手を組んで歩き出す。
「あーあ。もうちょっと幸介さんに甘えたかったのに」
今まで子供の姿で過ごしていたのが幸介にバレてしまったのだ。主に美優のせいで。これでもう今までのように甘えさせてはくれないだろう。
「さすがにバレるよ。『唯』って名乗ってたし」
近くに隠れていた秋人が目の前に出て来た。
「秋人さんも気付いてました?」
「まあ、何となくね。それより幸介のところへ戻ろう」
「はい」
ユイリスは以前こちらの世界へ来たときに、約一ヶ月間、柴崎家で過ごしたことがある。
そのときの秋人は、優しくてカッコよくて賢い、何でも出来る少年という印象だった。ときどき、寂しそうな表情をしていたのが印象的だった。
柴崎家で一緒に暮らしていた沙也加は、幸介からの手紙を何度も読んでいた。彼女は幸介が生きていることを知って、本当に嬉しそうだった。
一緒に過ごしていると、二人が幸介と深い仲なのだとわかった。
秋人とユイリスは公園を出て、幸介のところへ向かう。
「また猫になろっかな……」
ユイリスは静かに呟く。
『唯』に変身している間、幸介は何の抵抗もなく抱きかかえてくれた。
彼に抱かれるのは、とても心地良かった。
あのときと同じ温もりだと、後で気付いた。
ずっと前から、彼に抱きかかえられるのが好きだった。
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