私の部屋ですよ

 少し前。


 夕菜を家に送った後、亮太はとぼとぼと駅に向かって歩いていた。


 歩きながら、愛梨と彼女の母親である絵梨のことばかり考えた。


 絵梨が恋人に暴力を受け、左目が失明してしまったのだ。


 病室で眠っている彼女はとても痛々しい姿だった。頭から左頬にかけて包帯を巻かれ、それ以外の部分も腫れ上がっていた。


 亮太はそれを防ぐことが出来たはずだった。彼女が恋人から暴力を受けていたことを、数日前に知っていたからだ。


 もっと警戒するべきだった。もっと何かできたはずだった。


 先日絵梨と一緒に遊んだときは楽しかった。彼女は明るくて優しくて、愛梨に似ていると思った。


 亮太自身が絵梨に好感を持ってはいるが、それ以上に彼女は愛梨のたった一人の大切な家族だ。


 絵梨が傷付くのはもちろん嫌だし、愛梨が悲しむ姿も見たくなかった。



 倉科駅の近くまで来ると、適当に道路脇の手すりに腰掛け、呆然と過ごした。


 思い浮かぶのは、包帯を巻かれた絵梨の痛々しい姿、愛梨の泣きはらした悲しげな横顔、そして一度見る機会があった写真の男。憎くて仕方がない相手だ。


 しばらくの間後悔の念に駆られていたが、ふと顔を上げると、その男が目に映った。


 スーツ姿のサラリーマン風の男。絵梨の恋人である小沢だった。


 彼は何やら小走りで東口エリアの方へ向かっている。


 亮太は思わず後を追いかけた。文句でも言って一発殴ってやろうと思った。いや、それ以上の仕返しも考えた。


 彼は少し先にある公園へ入っていった。



※※※



 それは凄まじい光景だった。


 小沢が不良グループに暴行されていたことやその後に起こった数分間の大乱闘などどうでもいいと思えるくらいに、亮太にとって衝撃的だった。


 突然パーカーのフードを被った少年と少女が現れ、不良たちを次々に刀で殺害していったのだ。


 その途中、素早く動き回る二人のフードが脱げ、顔が露わになった。


(幸介……! もう一人は、カレン……!?)


 不良たちを次々と殺していく少年は、仲の良いクラスメイト。

 そしてもう一人は、最近編入してきた彼の友人である少女。柴崎秋人の義妹、カレン。


 幸介が剣を得意としていることは知っていたが、カレンも引けはとらない程の速さと剣の腕前に見えた。

 彼女が不良たちの中に飛び込むと、一瞬で数人の首が吹き飛ぶのだ。

 それだけでなく、彼女は次々とどこからともなく剣を取り出していたように見えた。


 信じられないものを見てしまった。

 体が硬直した。

 その場から、一歩も動けなかった。


 二人は圧倒的な速さで不良たちを斬っていった。

 何のためらいもなく、まるで人を殺し慣れているかのように。

 明らかに初めて人を斬った様子ではなかった。


 二人は、約五十人の不良たちを全員殺した。


 残ったのは、不良たちのバラバラになった斬殺死体の山と、血の海だった。


 あまりのことに、ただ呆然と眺めているしかなかった。何が起こっているのか、正確に理解しきれなかった。


 カレンは倒れていた小沢を無理矢理座らせ、彼の左目を刀で斬った。

 彼女のそばには幸介の姿があった。声は聞こえなかったが、彼が指示したように見えた。


 明らかに、小沢が絵梨にしたことへの報復だった。


 その後現れた秋人と美優も、何十人もの斬殺死体と血の海の中で平然としていた。


 

※※※



 美優は自室のテーブルのそばで、正座を崩したように座りながら亮太のスマホを調べていた。


 どうやら彼は公園に入って以降、誰とも連絡を取っていないようだ。写真や動画なども撮られていないらしく、フォルダにも特にそれらしいものは残っていなかった。


「ん……」


 ベッドの上で眠っていた亮太は目を覚まし、ゆっくりと上体を起こした。


 美優はさりげなく亮太のスマホをテーブルの上に置いて言う。


「亮太さん、おはようございます」

「美優ちゃん……ここは……?」


 目を覚ました亮太はまだ寝ぼけており、状況を把握できないらしい。


「私の部屋ですよ」

「何、だと……?」


 亮太は突然意識がはっきりしたかのように目を見開く。


「……何で俺が美優ちゃんの部屋に?」


 何かを思い出そうとする亮太。

 彼の昨日の夜の記憶は幸介の能力によってすでに消されている。

 それまでは、紐で縛って拘束してあった。


「夜に駅の近くで亮太さんを見かけたんですけど、体調が悪そうだったのでここに連れてきたんですよ」

「そうだったのか……ありがとう」

「いえ。いいんです」

「幸介は?」

「お兄ちゃんはちょっと用事があって出掛けています」

「ふーん」


 亮太は少し訝るような表情になったが、それ以上は訊いてこなかった。


 彼はきょろきょろと部屋の中を見渡す。

 美優の部屋は特に何もなく、女の子らしくもない部屋だ。


「これが美優ちゃんの部屋……」

「そんなに見ないでくださいよ」

「じゃあこれって美優ちゃんのベッド?」

「まあ、一応そうですね」


 亮太がいるのは美優のベッドだ。しかし夜はほとんど幸介の部屋で眠っているため、美優はあまり自分のベッドを使っていない。使うのは風邪をひいたときくらいだ。


「俺は何て幸せ者なんだ……」

「布団の匂いを嗅ぐのはやめてください」


 掛け布団に顔を埋めた亮太を咎める。


「……亮太さん、お茶でも飲みますか?」

「あ、うん」


 美優はテーブルの上にあったウーロン茶のペットボトルの蓋を開け、置いてあったグラスに注いだ。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 亮太は体をこちらへ向けて座り直すと、グラスを受け取ってごくごくと半分程飲んだ。


 直後、コンコンとノックが鳴り、部屋の扉が開いた。


「あ、亮太君、起きたんだ」


 ひょこっと顔を覗かせたのは沙也加。

 現れた人物を見て、亮太は「えっ?」と驚いたような表情になった。


「今起きたところですよ」


 美優が答えると、沙也加は「そっか」と微笑む。


「えっと……沙也加さんが、何でここに?」

「何でって、ここ私のうちだもん」


 驚いたように尋ねる亮太に、沙也加が平然と答える。


「え? 沙也加さんの家? ここが?」

「そうだよ。亮太君、お粥でも食べる?」

「は、はい……」

「じゃあすぐに作ってくるね」


 沙也加はにこっと笑顔を向け、部屋を出て行った。


「えっと、美優ちゃん、どういうこと……?」

「沙也加さんはご飯を作るのが好きなんです」

「いや、そうじゃなくて! 何で沙也加さんの家なのにここが美優ちゃんの部屋なの?」

「だから一緒に住んでるんですよ。私とお兄ちゃんと沙也加さんが」

「なっ……」


 亮太は唖然となり、言葉を失った。


「何いぃぃぃ!?」

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