お前が頑張ったから

「ん?」


 不良たちが気付いたときには、幸介は既に至近距離にいた。


「うおっ。何だお前……ぶっ!?」


 まずは煙草を片手に持ち、余裕の笑みを浮かべていた男の顔面に拳を一撃。男は煙草を落とし、後方へ吹き飛んだ。


 さらに体を切り返し、「へ?」と事態を飲み込めていない金髪男の腹部に素早く拳を入れる。


「うげぇっ……!」


 金髪の男は膝を落とす。二人は瞬く間に倒れた。


 不良は残り三人。内一人は少女を拘束中だ。


 突然現れ、仲間二人を一瞬で気絶させた幸介に不良たちは戸惑っており、拘束された少女も驚いている。


「は!? な、何だこいつ! ……ぐへぇっ!」


 身構えた男との間合いを素早く詰め、腹部に拳を叩き込んで三人目。男は地面に崩れ落ちた。


「こ、この野郎……殺してやる……!」


 今度は男が取り乱した様子でナイフを抜き、幸介を睨む。そのまま地面を蹴り、一直線に向かってきた。


 幸介は向かってくる男にタイミングを合わせて一歩後ろに退がり、男のナイフを持つ手を蹴り上げる。


「なっ……!」


 男が手放したナイフは数メートル吹き飛び、近くの建物の壁際へ落ちた。直後、低い位置から右拳を突き上げて男の顎へ。


「がはっ……!」


 四人目が吹き飛んで倒れた。


 あとは少女を拘束している男のみ。茶髪を立てた男だ。


「な、何なんだよ、お前……!」


 幸介は素早く距離を詰め、少女の口を塞いでいた男の右手を掴む。そのまま力を入れ、捻り上げた。


「痛てぇ……! 痛ぇって!」

「この子を放せ」

「わ、わかった。わかったから!」


 男が少女の腕を掴んでいた左手を放して少女を解放すると、少女はその場にへたり込んだ。


「くっ、もう放せって! 痛ぇんだよ……!」

「こんなのが痛い? お前らはそこの男を刺したんだろが」

「そ、それは俺じゃねえよ! そこの倒れてる奴がやったんだ!」

「このクソガキ共が」


 幸介が男を睨むと、男は「ひいっ」と顔を引きつらせる。


「財布を出せ」

「へ……?」

「財布を出せと言ったんだ。早くしろ」

「は、はい……」


 男は左手を尻ポケットに入れる。そして出してきたのはアーミーナイフだ。


「死ねや!」


 幸介は自分にナイフを突き立てようとするその左手首を右手でぱしっと掴む。そして気絶しない程度に力を抑えて腹部に左拳を入れた。


「うげぇっ……」


 男が膝を落として地面に手をついた瞬間、ナイフを持つ左手を思い切り踏み付ける。


「ぎゃあぁぁ……!」


 男はナイフを手放した。


 幸介はそのナイフを拾い、男の首元に突き付ける。


「財布を出せ」

「わ……わかった……」


 男は観念したらしく、今度は素直に右の尻ポケットから財布を取り出した。幸介はそれを受け取る。


 ナイフを男の首元に当てたまま、二つ折りの財布を片手で開き、カード入れのスペースに入っていた免許証を半分だけ出す。名前は木島。免許証は普通自動車のものだ。


「で、そいつの財布は?」


 顎でくいっと藤本を示すと、男はちらっと藤本に視線を移す。藤本は変わらず倒れたままだ。どうやら意識を失っているらしい。


「……おっさんのは、そこのどっちかが持ってる」


 藤本の財布は倒れている不良たちの一人が持っているらしい。


 幸介は木島の首元にピタピタととナイフを当てる。


「いいか。お前は何か袋を持って来い。そして仲間の財布を全て回収してそれに入れろ。そいつから取った物もだ。それから仲間を全員車に運べ。終わったらお前の財布は返してやるからすぐに消えろ」

「わ、わかった……」

「よし、行け。妙な行動をしたら殺すぞ」


 足を退けてやると、木島は左手を抑えながらゆっくりと立ち上がり、袋を取りに車へ戻って行った。


 幸介のそばには黒髪の少女が膝をついたまま、涙を流している。


「……はあ、はあ……私、助かったの……?」

「ああ。もう大丈夫だ」


 呆然としていた少女はようやく正気を取り戻したらしい。張り詰めていたからか、息を整えるのに時間が掛かっている。


「……そ、そうだ……お父さん……」


 彼女は血まみれで倒れたままの父親に視線を移す。そして状況を把握するにつれ、さらに目に涙を溢れさせていく。


「お父さん……」


 少女は手を這わせ、父親へ近付いた。


 幸介も木島の動きに目を配りながら、倒れている藤本のそばに屈む。


 首に手を当てて脈を確認する。まだ生きている。


「すぐに救急車を呼べ。お前の父親は刺されて重症だ。早く治療しないと」

「……! は、はい……!」


 少女は焦りつつジーンズのポケットからスマホを取り出し、すぐに電話を掛け始めた。


「あの、救急車をお願いします……! お父さんが……刺されてるんです……! 早く……!」


 その間に木島の方に目を向ける。


 車からコンビニ袋を持ってきた木島は、不良仲間たちから順番に財布を回収し始めている。逃げずに大人しく従っているのは、彼の財布を幸介が所持しているためだろう。


 その後少女が場所を伝え、電話を終えた。


「よし。じゃあお前は救急車を待ってそのままお父さんに付き添え」

「はい……あの、あなたは……どこかへ行ってしまうんですか……?」


 少女は涙を浮かべ、不安げな表情で尋ねてきた。父親も刺され、彼女自身も酷い目に遭いかけたのだ。怖いのもわかる。


「事情聴取とか面倒なんだ。わかるだろ?」

「でも……」


 少女は涙目で訴えてきた。今にも泣き出しそうだ。


「大丈夫。救急車が来るまでは近くで見てるから心配すんな」

「……わかり、ました」


 そこへ木島が回収した財布を入れたコンビニ袋を持って来た。


「ほら。全部入れたぞ」


 幸介は立ち上がり、コンビニ袋を受け取った。


「よし。次はこいつらを全員車へ乗せろ。急げ」

「わ、わかった……」


 木島は少し怯えたように答えると、静かに背中を向ける。そして近くの不良仲間を抱きかかえ、引きずるように車へ運び始めた。


 幸介は袋の中から藤本の財布を少女に選ばせた。そして木島の物を含めた残りの財布から、札を全て抜き取る。全部で十五万円前後はありそうだ。それをまた少女へ渡す。


「これは治療費だ」

「そんなものを貰っても……」

「わかってる」


 金を奪えたとしても、肝心の父親の命が救われなければ意味はない。そんなことはわかっている。これはただの自己満足に過ぎない。


 幸介が少女に金を強引に押し付ると、彼女は無言でそれを受け取った。


 少女はまた涙を浮かべながら、悲しげな表情で倒れたままの父親に視線を落とす。


 藤本の腹部は血まみれになっており、顔は殴られたように腫れあがっている。体はピクリとも動かない。周りには血溜まりが先程より広がっている。


 幸介は再び藤本のそばに片膝をついた。


「お前が頑張ったから娘は無事だぞ。だから、お前も死ぬなよ」


 意識を失っているはずの藤本は、何となく安心したような表情になった。



 しばらくすると、木島が仲間の不良たちを全員車に乗せ終えた。


「おい、終わったぞ……」

「よし。ならさっさと消えろ」


 木島の財布を彼の足元へ放り投げると、木島は不満げな表情で財布を拾った。しかし幸介のことが怖いらしく、文句一つ言うことなくそそくさと車へ乗り込む。


 木島は車のエンジンをかけるや否や、すぐに走り去って行った。


 救急車は近くまで来ているようだ。サイレンの音が聞こえる。


「じゃあ俺は行くから。もう救急車が来るから大丈夫だな?」

「は、はい……あの、助けてくれて、ありがとうございます……」

「ああ」


 少女はまだ涙を浮かべており、不安げな表情だ。しかし救急車がすぐに来るので大丈夫だろう。一応美優にも監視をさせておく。


 幸介は少女から離れながらスマホを取り出し、美優へ発信した。


「美優、女の子が救急車に乗り込むまで視界を見てて」

『了解です。あいつらはあのまま逃がして良かったんですか?』

「ああ」


 美優が彼らの内1人でも顔を覚えていれば問題ない。持っているコンビニ袋には不良たちの財布が入っているので、その中に身分証も入っていれば後でどうとでもなる。


 ターゲットはあいつらだけではない。小夜が言うには同じような連中が推定五十人以上はいる。それを一網打尽にしなければ意味はない。


 それに、そばにいたのは藤本の娘だ。彼女の目の前で何かをするわけにはいかないし、今はとりあえず不良たちを解放しておいた方がいい。


 通話を切った直後、再びスマホが鳴った。表示されている名前は、亮太。クラスメイトの茶髪にピアスのチャラ男だ。


 珍しいと思いながら通話ボタンを押し、電話に出る。


「もしもし」

『……幸介』


 亮太の声が暗い。何かあったのかと思い、不安になった。


「どうした?」

『愛梨の、お母さんが……』

「えっ……?」

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