クソ野郎
倉科駅南口前。ロータリー内の休憩所。そこはベンチが複数と煙草の吸殻入れなどが置かれており、喫煙者が通り掛かりに休憩することが多い場所だ。
三つほどある吸殻入れの周りには、現在若い男女数人と中年の男がベンチに腰掛け、煙草を吹かしている。
すでに辺りは薄暗い。遊びや仕事などを終えて帰宅する者が多く、逆に夜遊びに出る者も出始めるので、駅前は人通りが多い時間帯だ。
幸介は喫煙者たちから少し離れたところにあるベンチに腰掛け、スマホを耳に当てながら辺りを窺っていた。
「この近辺でガラの悪そうな奴がいたら教えてくれ」
『了解です』
通話終了ボタンを押す。
美優は施設に残って幸介のサポート。幸介から見える範囲の人物の視界を覗く。そして人から人へ視覚を同調し、視界を確認していく。
今のところはただの下見だ。駅前が一番人が多いので、目に付く不良を探す。
しばらくすると、再び電話が掛かってきた。「早いな」と思いながら電話に出る。
『一人見つけました』
「OK。誘導して」
『了解です。まず、その場所から駅の入り口まで行ってください』
幸介はすぐに立ち上がり、駅の入り口へと足早に向かう。
『駅には入らずに右へ。東口の方へ向かっているようです』
幸介は美優の指示通り駅の入り口を右へ移動する。そのまま進み、駅の建物を超えて左折。東口の方へ歩く。こちらにも通行人が多い。
一人の男が目についた。ムラのある金髪にチャラチャラとしたアクセサリーを身に付けたガラの悪そうな男だ。何やらスマホで話しており、ヘラヘラと笑いながら歩いている。
幸介は何食わぬ顔で通行人を装って接近し、会話を聞く。
「マジマジ! この前病院でケンのやつと会ったけど、マジで記憶なくしちゃってるわ。え? いや、だって全然前と態度とかちげーし、何も覚えてねーもん」
どうやら不良仲間が記憶喪失となり、病院に通っているらしい。もちろん幸介の仕業に決まっている。
「やっぱ女ラチろうとして記憶消されたってマジだったんだよ。こりゃ他の二人もマジだわ。俺らも気をつけねーとな。どう気をつけるのって感じだけど!」
男はぎゃははっと笑う。発言とは違い、特に記憶を失う可能性に対して悪事を止めようとする意思は見えない。
彼らが話す内容は明らかに善良な市民の会話ではなかった。特に犯行を見てはいないが、記憶を消しておいて損はない連中だ。
「今? 駅の東口だよ。つーかお前ら何やってんの? さっきから変な声が聞こえてんだけど」
何やら不穏な気配がする。
「あ? オヤジ狩り中? んなもんぱぱっと終わらせろよ。え? 連れに女もいんの? じゃあちょっと待ってろって。俺もすぐ行くからよ」
本当にクソみたいな会話だ。男は小夜が言っていた不良グループの一人で間違いないだろう。
何人目かで例のグループの連中に出くわせばいいと思っていたが、一人目で遭遇したので手間が省けた。
電話の相手はオヤジ狩りの真っ最中。さらに被害者の連れに女性もいるらしく、強姦も企てているらしい。電話の相手も含め、相当なクソ野郎共だ。
すぐに場所を特定し、被害者を救出しなければならない。どうやら現場はすぐ近くで、この不良もそこへ向かっているようだ。
幸介は歩く速度を落とし、不良から少し離れてそのまま後を尾ける。
「美優、お前はそのままやつの視界を見てて」
『了解です』
最悪撒かれたときには美優の能力で追跡できるので、距離を取りつつ尾行する。
東口の方へ来ると、男はは人混みを離れ、人けのない方へと歩いていく。スマホで話し、ヘラヘラと笑いながら歩いているので、尾行には全く気付く気配がない。バカなのか余裕があるのか、周りに注意を配る様子もない。
「どこ? ああ。りょーかい」
不良は通話を終え、スマホをポケットにしまって路地へ入っていく。路地には人通りがなく、あったとしてもごく稀だろう。
しばらく男の後を尾けていくと、数人の男たちの姿が目に入った。
「おう、いたいた」
男は仲間たちと合流した。
幸介は近くの建物の壁に身を隠しつつ、不良たちを覗く。
後から合流した男と合わせて不良は全部で五人だ。近くには不良たちのものと思われる大きな黒のボックス車がある。
彼らの足元には倒れてうずくまっている男性が一人。そして不良の一人に拘束されているショートの黒髪の少女が一人。どう見ても中学生くらいだ。
「お父さん! んぐ……! んー! んー!」
「うるせーつの。大人しくしてろ」
少女は口を手で抑えられてしまい、声をほとんど出せずに「んー! んー!」と泣き喚いている。どうやら彼女は倒れている男性の娘のようだ。
不良たちは父親を暴行し、一緒にいた中学生の娘を強姦しようとしているらしい。本当に最低過ぎて怒りが湧いてくる。
ふと幸介は彼らのそばに倒れている男を見て、あることに気付いた。
(数学教師の藤本……!?)
藤本は幸介にいつも厳しく接してくる強面の男性教師だ。幸介は授業中、いつも彼に叱られている。先日は放課後に補習もさせられた。
「美優、倒れている男がわかるか?」
『はい。数学の先生です』
やはり間違いない。藤本だ。彼は暴行を受け過ぎたのか、ぐったりと横たわり、全く動く気配がない。
しかし問題なのはそれだけではなかった。倒れている藤本の周りに血溜まりが出来ているのが見える。
「あ? お前刺しちまったの?」
「ああ。何か必死に抵抗するから面倒臭くなってよ」
金髪の不良が尋ねると、仲間が平然と答えた。
「まあいいんじゃね? 財布は頂いたんだろ?」
「ああ。でも銀行カードの暗証番号を言わねーんだよ。娘を逃がさないと言わねーとか言って」
「そうそう。こいつ、『その子に手を出さないでくれ』とか必死になってよ。いや、出すっつーか犯すっつの」
今度は別の不良がヘラヘラと笑いながら、藤本の背中を足の裏で小突いた。
「マジかよ。めちゃ笑えるじゃん」
「つーかボコっても番号吐かねーしどうする?」
「いやもう無理なんじゃね? 刺しちまってるしさっさと女ラチッて逃げるっきゃねーだろ」
こいつらはクズの集まりだ。本当に許せない。
「んー! んー!」
少女は刺された父親を見ながら泣き喚き続けている。
恐らく藤本は娘を必死に守ろうとしたに違いない。そのせいで彼は酷い暴行を受け、挙句の果てに刃物で刺された。
しかし彼がそうやって時間を稼いだおかげで、娘はまだ何もされていない。幸介が彼女を救うことが出来る。
「美優、一度切る」
通話終了ボタンを押し、スマホをポケットにしまう。とりあえずこの場は一気に片付ける。
幸介は隠れていた建物の壁から飛び出すと、全速力で駆け抜け、一気に不良たちへ近付いた。
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