教室の二人
十五分程前。
クラスメイトたちが体育館へ向かうために教室を出て行った後、静かな教室に残ったのは幸介とカレンの二人。
幸介が窓際に立つと、カレンも隣に並び、二人で窓の外を眺める。
「何か平和な感じ。それに、街の人も学校のみんなも楽しそう」
「そうだな」
窓の外に見えるのは、青空と木々が並んだ先にある校門。そして街の景色。
異世界では戦いの日々が長く続いたので、穏やかな日常を幸せに感じるのは幸介にも理解できる。
「コウスケ。あなたが突然居なくなって、悲しかった」
「……ゴメンな」
「もういいよ。あなたは記憶が戻ってから、一刻も早く帰ろうとしてた。みんなには隠してたけど、ずっと帰りたがってた」
「ヘンゼルは怒ってたか?」
「うん。最初はめちゃくちゃ怒ってた。でもあなたが帰りたがってたのは知ってたし、手紙を読んだら、また会えるって納得してた」
「そうか」
「本当に、明日からサンドイッチを作ってきてね」
「ああ」
「じゃあ、許す」
カレンは僅かに微笑んだ。
彼女は昔から幸介が作るサンドイッチが好きだった。出会った初日に作ってやってから気に入ったらしい。
幸介が雪乃や美優と暮らす家には、ヘンゼルとカレンはよく遊びに来ていたが、特にカレンは毎日のように入り浸っていた。
雪乃は幸介と美優に友人が出来たことをとても喜んだ。
カレンには剣を教え、数学を教えた。わからないところは一緒に雪乃に教えて貰った。
彼女はすぐに「お腹空いた」と言い出すので、雪乃が居ない間は幸介が食事を用意した。特にサンドイッチが多かった。
カレンは泊まっていくことも多く、美優も一緒に並んで眠った。
彼女の家へ遊びに行ったときには、彼女の両親は幸介と美優のことをとても歓迎してくれた。
「誰か友達出来たか?」
「うん。マリコと、アミと、リサ」
先日、カレンを囲んでいたギャル三人組のことだろう。
「……あと、アイリと、ユウナと、リョウタも」
「そりゃよかった」
以前、カレンは学校に通いたがっていたが
、魔術の才能がないため通うことが出来なかった。そんな彼女が学校に通い、学内に友人が出来たことは喜ばしいと思う。
「マリコたちが言ってた。ミユが、血の繋がらない妹だって」
「……」
「ミユにはまだ言ってないのね。あなたたちが、本当の兄妹だってこと」
「ああ」
美優は幸介の実の妹だ。そして、雪乃は実の母親。それを知ったときは正直嬉しかった。
ある日、雪乃が幸介だけにそれを伝え、カレンは密かに聞いてしまった。雪乃は詳しい事情を教えてくれなかったが、誰にも言うなと言っていた。
当時記憶のなかった幸介は、とにかくそれを秘密にすると約束した。
「ミユと剣道部を見に行ったとき、あなたのことが噂になってた」
「ふーん。どんな風に?」
幸介は近くにあった自席に腰を下ろし、頬杖をつく。
「めちゃくちゃ強い人がいたのに、来てないって。試合をしたこともアキトに聞いた」
「マジ? 俺って実は有名人じゃん?」
「大人げない。あんな素人集団に、あなたが負けるわけない」
カレンの評価は、単に剣の腕に対してのものではない。剣道部員たちが実戦の経験もなく、人を殺したこともないという意味を含めている。
「いやー、あのときはのっぴきならない事情があってな」
「そう」
試合に勝ったら玲菜とデートという約束をしていたから、というのが主な理由だ。
「それで、今のあなたのターゲットは?」
カレンは突然話題を切り替えた。ほのぼのとした日常会話は終了だ。
「一人は見つけた。でも、そいつは恐らく黒幕じゃない」
佐原健流は奈津を殺害した主犯ではない。少なくとも、左目の上に傷のある男がいるはずだ。
「なら、拷問して全部吐かせればいい」
「駄目だ。リアが居ないと」
拷問するにしてもちょっとやそっとでは重要なことは何も吐かないだろう。やり過ぎたときにリアの回復魔術が必要になる。
「死んでもいいんじゃないの?」
「そいつはまだ殺せない」
「そう。リアならこちらの世界に来てるよ」
「どこにいる?」
「まだアメリカ。多分」
「他には?」
「あとはユイリス。居場所は不明」
「そうか」
ユイリスは『門番』の能力者だ。幸介がこちらの世界に帰って来る際、ユイリスは「私も一緒に行きます!」と付いて来たがったが、そのときはリアに止められた。その後も監視されたのだろう。
想定よりは早いが、彼女もこちらの世界に来ているのであれば問題ない。
「リアはどうしてる?」
「知らないけど、ホテルに十万ドルくらいは残してきたから普通に生活は出来るはず」
「あ、そう」
相変わらずカレンの能力はほぼチートだ。こちらの世界だと特に。
カレンはアメリカに着いた当初、リアと一緒に行動していた。
しばらくは珍しいこちらの世界に感動し、色々な場所を観光したりして楽しんだが、カレンは途中から幸介を探すことにしたらしい。
「そう言えば、タクミがこれをあなたに見せろって」
「これ、どうしたんだ?」
「サヨさんが買ってくれた」
カレンが差し出したのは真新しいスマホ。しかし問題はそれ自体ではなく、中身の方だった。
「なっ……!?」
画面に流れたのは、ある動画。赤髪の少女が事故現場に現れ、重傷のように見える子供を一瞬で治し、すぐに立ち去っている。
「何やってんだ、あのバカ王女は!?」
思わず叫んでしまった。
「仕方がない。子供が大怪我していれば、リアなら助ける」
「それはいい! 撮られてるのが問題なんだよ」
「そんなに問題? ほとんど顔も映ってないのに」
「カレン。お前らはリアの能力の価値を分かってない」
「何故? それは分かってる。リアには何度も助けられた」
「違う。こっちの世界の人間にとっては、リアの能力は最も価値があるんだ」
「ミユや、私より?」
「ああ」
リアの回復魔術はすでに常識を超えるレベル。彼女は怪我や病気を数秒で治す。今となっては、先天性のものでさえもほとんどだ。
それは回復魔術が汎用されているレムリナとは違い、医療の限界があるこちらの世界では最も必要とされている能力だ。
「まあでも、これぐらいならまだマシか……」
「うん」
まだ分かりづらい動画なので、最悪というわけでもない。子供が大怪我をしているなら、能力がバレたとしても治すのは仕方がない。
「で、お前はどうやって日本に来たの?」
「別に普通。適当にその辺の人に話しかけてお金を渡してたら、日本に来られた」
「何だそりゃ」
確かに金さえあればそれくらい出来るだろう。彼女は適当に金を渡していたようなので、無駄払いも多かったと思う。しかし、元々どこかの金なので彼女に痛手はない。
「とりあえず体操着に着替える」
カレンはすっと窓際から離れて行く。
「今から授業出るのか?」
「うん。楽しいから」
「そりゃ良かったね」
「うん」
彼女は自席に戻ると、体操着を持って窓際へ戻ってきた。そしてそれを隣の机に置く。
「とにかくリアを日本に連れてこないとな」
「そうね」
カレンはシャツのボタンを上から外していく。
彼女の白い肌や、身に付けている下着が露わになった。
「その下着も小夜さんに買って貰ったのか?」
「うん。一緒に買いに行った」
「ふーん。カレン、成長したな」
「そう?」
カレンが身に付けているのは、こちらの世界の一般的な女性の下着で、ピンク色の可愛らしいものだ。胸は推定Cカップ。
「それにしても、あなたは授業中に何を考えてるの?」
「何で?」
「さっきの数学の授業。あんな問題なら答えられるはず」
幸介は先程の数学の授業で藤本に当てられ、「わからない」と答えていた。
「いいんだよ。やる気が出ないだけだから」
「ふーん」
カレンがシャツを脱ぎ、上半身が下着のみになったところで、ガラッと教室後方の扉が開いた。
入ってきたのは夕菜と愛梨だった。何やら驚いている。
「ちょちょ、ちょっと! あんたら何してんの!? こんなところで!」
夕菜が狼狽えながら尋ねてきた。何やら変な誤解をされている気がする。
「何って、話してるだけ」
カレンは着替える手を止め、近付いてくる夕菜に平然と答える。
「じゃ、じゃあ何でカレンが脱いでるの!?」
「……? 着替えようと思って。体操着に」
「へ……? 着替え?」
夕菜はきょとんとしながら訊き返す。
その後方では、愛梨が「夕菜が焦ってる……可愛い」と口に手を当てている。
「何でこんなとこで? 更衣室で着替えればいいじゃない」
「話しながらここで着替えた方が早いから。何か問題ある?」
「いや、幸介君がそこにいるでしょ」
「うん。だから、コウスケしかいなかったから別にいいと思って」
「……」
夕菜は唖然となっていた。
「幸介君になら裸を見られてもいいってこと?」
今度は愛梨が尋ねる。
「うん。だって、昔から何度も見られてるもの」
「あー! やっぱりそういう関係だったの!?」
「落ち着け愛梨。何か誤解してるぞ」
「どう誤解だって言うの!?」
「いや、今までもこいつが目の前で着替えてただけだって」
愛梨が誤解しているようなことは、カレンとの間にはない。
カレンは昔はほとんど家族のように家に入り浸っていたし、その後、戦場でも一緒に寝泊まりをすることが多かった。彼女が目の前で着替えるのも普通のことだ。
「だからってそんなの駄目だよね! 夕菜?」
愛梨は笑顔で尋ねる。何となく楽しそうだ。
「うん! 駄目!」
「知らねーよ。こいつがここで着替えて行くって言ったんだから。それに全部脱いでるわけじゃあるまいし、下着はつけてるだろが」
「そりゃまあ、そうだけど……」
夕菜が口ごもる。
その間、カレンは普通に着替えを継続。スカートも脱ぎ、体操着のハーフパンツを履く。
「あ、そう言えば愛梨、この前買った下着の着け心地はどうだ?」
「それがちょうど良くてー! 今もつけてるよー。見る?」
「おー、見る見る」
「ほらこれこれー! って見せるわけないでしょ!?」
「ちっ。もう少しでFカップを見られるところだったのに」
「あんたら何言ってんの……?」
夕菜がジト目で突っ込む。
そうこうしているうちに、カレンは着替えを完了した。
「結局普通に着替えちゃったね」
愛梨が呆れ顔で言う。
「じゃあ行ってらっしゃい」
幸介はぶんぶんと手を振る。すでに授業が始まっていくらか時間は経っているし、今さら出る気にならないのだ。
「いや、幸介君。あんたも行くんだって」
「今日はちょっと眠くて。それにもう遅いし」
「いいから行くの!」
「えぇ……」
「早く」
「……わかったよ」
愛梨に無理矢理押し切られ、結局途中から体育の授業に参加した。
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