仲良くしてもいいけど
週が明け、数日が経過した。
夕菜が朝に見たニュースによると、ここ数日は今までと比べ、日毎の記憶喪失事件の被害者の人数が倍増しているらしい。
夕菜にとっては特に問題はなく、犯罪者の人数が減っているということでもあるので、むしろありがたいと思う。
以前自分を無理矢理襲おうとした男たちのように、野放しになっている救いようのない輩が山程いるだろう。そういった輩は全て消えて欲しい。
ちなみに警察はこの事件については本格的に動く気はなく、形上の捜査のみでほとんど放置状態だと以前父親から聞いた。
現実離れした事件であり、犯人がいるかどうかもわからない。いたとしてもそんなことができる方法に想像もつかない。証拠も恐らく出ない。という理由で、捜査する意味がないとのことだ。
夕菜は今日も普段通りの時間に登校し、変わらない日常を過ごしていた。
学内は特に変わりなく、いつも通り。変わったことと言えば、すでに剣術愛好会が部になったらしいというのは聞いた。
部長になったのは、以前一緒に施設へ行った、まだ一年生の長瀬和也。彼を部長にすることが、幸介がわざわざ試合をした理由だったのだと思う。
編入してきた秋人の義妹である銀髪碧眼の少女、カレンは、ギャル三人組を筆頭にクラスメイトの一部と打ち解けたようで、よく亮太や愛梨とも話している。亮太や愛梨は人当たりがいいので、カレンと打ち解けるのも当然だろう。
夕菜もカレンとは席が近いので、愛梨も交え、ちょくちょく話すこともある。
しかし、カレンは相変わらず幸介に対しては冷たい。
幸介は今日も「カレンちゃーん」と絡みに行ったものの、カレンはぷいっと無視。機嫌を取ろうとしているとは思えない行動に出て、結局殴られていた。
亮太と愛梨が呆れ顔で近付くと、また「くそ、何とかしてくれ」と頼んでいる。
「しょうがないな」
「じゃあやってみるね」
亮太と愛梨が微妙に奮起し、カレンのそばの席に腰掛けた。
「カレンちゃんさあ、ちょっと幸介と話してみれば?」
「そうそう。幸介君も何か珍しく頑張ってるし。ね、夕菜?」
「うん……そうね」
彼の行動については理解出来ないが、少なくともやる気はあるらしい。
幸介はカレンを捨てたわけではないというようなことを言っていたので、話し合うくらいはしてもいいと思う。
ただ、必要以上に仲良くなられても嫉妬してしまうので、複雑ではある。
幸介はしばらく様子を見ようと思ったのか、黙って近くの机に軽く腰掛けている。
「カレンも本当は幸介君と仲良くしたいんでしょ?」
「……別に」
カレンは透き通るような碧眼で、愛梨を見据えた。彼女は表情があまり変わらないので、感情を読み取りづらい。意地を張っているのか、素直な答えではないと思う。
「え? で、でも仲が悪いのは嫌だよね?」
「うん。まあ」
「でしょ? じゃあ仲良くしようよ。幸介君もカレンと仲良くしたがってるよ? いちゃいちゃラブラブしたがってるよ!?」
愛梨は何やら無駄に必死に説得した。
幸介は「何だそりゃ」と呆れたような表情になった。亮太も愛梨に対し、「お前何言ってんの?」とジト目を向けている。
カレンはというと、ほんのりと頬を赤らめており、まんざらでもない様子だ。
「じゃあ、仲良くしてもいいけど」
それを聞き、幸介は「おう、そうか」とホッと安心したように胸を撫で下ろす。
「ほら、上手くいった!」
愛梨が得意げにガッツポーズを作ったが、どうせ適当に言ってみたら上手くいったというような感じだろう。
「その代わり条件がある」
「何?」
幸介が訊き返す。
愛梨と亮太も、何の条件が出るのかと成り行きを窺っている。
「明日から、毎日サンドイッチを作ってきて」
何やら予想外の条件だった。
しかし幸介は「わかったよ」とすぐに了承した。
「サンドイッチ? 何で?」
「コウスケのサンドイッチが好きなの」
不思議そうに尋ねる愛梨に、カレンは澄ました表情で答えた。
「ふーん。幸介君、そんなの作ったりするんだ」
夕菜も彼に視線を移しながら、思わず一言漏らす。
「ああ。昔よく作ってやったんだよ。こいつが食いしん坊だから」
幸介の答えを聞き、銀髪美少女は「む……」と僅かに顔を顰め、愛梨は「そうなんだ、意外」と呟いた。
愛梨が言うように夕菜も意外に思った。幸介はいつも食事を美優に作ってもらっているようだし、料理などをするようには見えないのだ。
「っていうかもう授業始まっちゃうし、そろそろ行こっか」
「あ、うん」
愛梨が立ち上がって言うので、夕菜は思わずそう答えた。
次の授業は体育だ。クラスメイトたちは次々と教室を出て行っており、ほとんど残っていない。
授業の前に更衣室で体操着に着替えないといけないので、夕菜たちももう教室を出なければ授業に間に合わない。
亮太と愛梨は廊下側にある自席へと戻り、机の脇にかけている鞄から体操着を取り出している。
カレンは立ち上がり、すっと幸介に近付くと、彼の胸の辺りに手を添え、見上げながら小声で言う。
「もう一つ条件がある」
幸介は「まだあるのか」と言いつつも、聞き入れる態勢だ。
夕菜はさりげなく耳を傾ける。
「二度と、私を置いてどこかへ行かないで」
カレンは真剣な目で彼を見つめながらそう言った。
幸介は「わかった」と答えた。
(カレンを置いて行った……?)
カレンは編入してきていきなり彼を殴るほど怒っており、その理由を「捨てられた」と答えた。そして、彼らはあのときに久々に会ったような様子だった。
それらを踏まえると、ある憶測が頭を過ぎった。
幸介が恋愛的な意味でカレンを捨てたのではなく、彼女をどこかへ残して遠い場所へ行ってしまったということではないのか。それがアメリカのどこかなのか、もしくは彼女が生まれた辺境の国かもしれない。
どちらにしても、幸介は以前外国で過ごしていたということになる。美優の言う通り、夕菜は彼のことをまだ全然知らないのだと思った。
「幸介、俺らも行こうぜ」
「あぁ、先に行ってて。俺はもう少しカレンと話して行くから」
「おう。そうか」
何やら距離が近い幸介とカレンをそのまま残し、夕菜は愛梨、亮太と一緒に教室を出た。
体育館近くまで行くと、亮太と別れ、愛梨と女子更衣室へ入って体操着に着替える。
着替えを終えると、体育館へと入った。
女子は今日もバレーボール。男子はソフトボールなので、亮太も着替えてグラウンドへと向かったようだ。
しばらくすると体育の授業が始まり、少しの時間が過ぎた。
夕菜がチームメイトとパス練習をしていると、愛梨がたたたっと小走りで近付いてきた。
「ねえ夕菜、カレンは?」
「いや、まだ来てないみたいだけど」
パス練習を中断し、ボールを抱えながら答える。
「マジ? まだ幸介君と教室?」
「多分そうなんじゃない?」
「まさか、幸介君といちゃついてるんじゃ……」
「え? そんなバカな」
「だってさっき、そんな感じでめちゃくちゃ煽っちゃったし」
「……」
そう言えばと、愛梨がカレンに言った言葉を思い出す。
カレンは頬を赤らめており、まんざらでもない様子だった。
さらに夕菜たちが教室を出るときにも、教室に残った彼らの距離が近く、ただならぬ雰囲気だったかもしれない。
「教室に戻ってみる?」
「……うん」
愛梨の提案に同意し、持っていたボールを放り出して二人で体育館を出た。
小走りで渡り廊下を渡り、校舎へ入る。そして階段を上がって、二階の教室へと向かった。
二年C組の教室前に辿り着き、夕菜は教室後方の扉を勢いよくガラガラと開く。
窓際には幸介が自席に腰掛け、頬杖をついている。
そして彼のそばにはカレンが、上半身が下着のみで半裸状態、下は制服のスカートという姿で立っていた。
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