血の繋がらない妹(2)

 一限目終了後。


「やあカレン。今日はいい天気だね。ところで何を怒っているのかな? 機嫌直してくれよ」


 爽やかに髪をかきあげながら、自席に座っているカレンに近付く。


 しかしすぐさま罵声が飛んできた。


「ちょっと奥山君!? 彼女を捨てたくせにその態度は何なの!?」

「許せない!」

「もう一発ぶん殴るわよ!」

「そうだそうだ!」

「反省しろ! このクズが!」


 ギャルたちは幸介を取り囲んで突っかかってきて、少し離れたところからは男二人が追い討ちのヤジを飛ばしてきた(西野と清水)。


 カレンはぷいっと無視を決め込んでいる。


「くっ……」


 仕方なく幸介がその場を離れると、ギャルたちが今度はカレンを取り囲んだ。


「ねーねー。カレンって呼んでもいい?」

「仲良くしようよ」


 わいわいと会話が始まり、幸介はカレンに近付けなくなった。



 二限目終了後。


 亮太に借りた黒縁眼鏡をかけ、くいっと指で上げながらカレンに近付いた。


「カレンさん、ちょっとお話が」

「何?」


 カレンの机に右手を乗せ、キリッと真剣な表情を作る。


「実は世界平和を目指す者としてアメリカの内部事情を聞いておかなくてはいけないんだ。特に金髪JKの生態についてカレンさんの意見を……」

「何を言ってるのか分からない」


 カレンは澄ました目でこちらに向けた。もちろん自分でも何を言ってるのかわからなかった。


「とにかくちょっと二人で話さないか? オレンジジュースを奢ってやろう」


 カレンは「いらない」と答えて頬杖をついた。


 そう言えばカレンは能力で欲しいものを入手出来るため、ほとんど物では釣れない。



 三限目終了後。


「カレンちゃーん。いい加減、機嫌直して仲良くしようよ。ねえねえ」


 カレンに近付き、つんつんと彼女の頬をつついた。


 カレンはまたぷいっと顔を逸らしたが、ほんのりと頬が赤く染まっている。


 今度は彼女の後ろに回った。


「カレンちゃんてばー」


 ぷにっと彼女の両頬をつまんで引っ張ってみた。


「おっぱい触っちゃうぞー」


 カレンの背後から「ゲヘヘヘ」と言いながら胸に手を回す。


 柔らかそうな膨らみに手が触れる直前、バキッと鈍い音がして顔面に痛みが走り、後ろへ倒れた。カレンの裏拳だった。


「痛ってえ……」と顔を抑えて泣きそうになっていると、愛梨と亮太が近付いてきてそばで屈んだ。


「幸介君、もう諦めたら?」

「つーかお前、ほんとに仲直りする気あんの?」


 二人は呆れたような視線を向けてきた。


 近くの席にいる夕菜も何やらジト目でこちらを見ている。


「くそっ。愛梨、何とかしてくれ」

「え、私? 普通に無理っぽいんだけど」

「だよね」


 当然の答えなので諦めた。




 四限目終了後。昼休み。


 教室の外には他のクラスの生徒たちが編入生のカレンを一目見ようと集まっていた。どうやら銀髪碧眼の美少女に加え、秋人の妹だということもあって注目を集めているらしい。


「……! カレン!?」

「ミユ、久しぶり」


 やってきた美優もカレンを見て驚いていた。


 カレンは再会の挨拶をしたが、すぐに「ねーねー、一緒にごはん食べよー!」と、ギャル三人組に囲まれてしまった。


 カレンに話しかけたいらしい男たちがカレンに近付こうとしているが、彼女はギャルたちが取り囲まれているため留まっている。


「お兄ちゃん、何故カレンが……?」

「さあ。とりあえず屋上にでも行こう」

「……そうですね」


 秋人に「屋上に来てね(ハート)」とメールを入れ、美優と二人で屋上へと向かった。カレンのご機嫌取りは難しそうなので後回しだ。


 屋上へ着くと、外へ出てすぐの日陰に美優と並んで腰を下ろした。今日は少し暑い。


 美優の手作り弁当を二人で食べ始めて数分後、呼び出していた秋人がやって来て、二人のそばにしゃがんだ。


「で、どういうこと?」

「いやー、俺もびっくりしたよ」


 秋人からある程度の経緯を聞いた。


 カレンが一人で施設へやって来たこと。小夜が彼女を自宅へ連れて帰り、すぐに学校へ通えるよう手続きをしたこと。一つ年下にも拘わらず幸介と同じクラスになったのは、カレンの希望だということ。


「一人で施設にきた」というところが気になったが。大方予想通りだ。


「それが何でお前の妹ってことになるの?」

「知らねえよ。いきなり『今日からあんたの妹よ』って笑顔で言われたんだから。一瞬親父の愛人の子かと思ったっつーの」

「なるほど。めちゃくちゃありえるな」

「だから秋人さんもお父さんを真似てハーレムなんて作ってるんですね」

「作ってないよ!?」


 にこっと微笑む美優に秋人が突っ込む。


 秋人の父親は某政治家だ。何となく愛人がいてもおかしくないと思う。


「つーか母さんも言ってたけど……あんな幼い少女が幸介の右腕で最強の戦闘員だったなんて未だに信じられないんだけど」


 カレンはまだ十五歳で以前はもっと幼かった。見た目で判断すると信じられないのもわかる。


「秋人さん、カレンを甘く見てるととんでもないことになりますよ! 本当に怖いんです!」

「その通り。さっきも殴られたけどマジで痛かったからな」

「お前また何かしたのか」


 幸介が顔を顰めて言うと、秋人は呆れたような目をこちらへ向けた。




 レムリナでの対エルドラード戦争時。


 基本的には幸介と美優の能力で敵国の戦力を日常的に片っ端から減らす。次にユイリスの変身能力やヘンゼルの召喚などを利用し、情報収集や暗殺、隠密作戦で領地や人材を奪っていく。武力での戦闘が起こったときには、カレンを中心とした特攻部隊で敵を殲滅する、という戦略を取った。


 そしてカレンは刀や銃を自在に召喚し、一人で五百人以上の魔術師を含めた敵を制圧したこともある、恐るべき少女だ。


 戦場での食料や調理器具もカレンさえ居れば困ることはなく、いつでもメンバー全員が満足のいく温かい食事をとることが出来た。


 ちなみに作戦時や戦闘時、美優、ヘンゼル、リアは基本的に安全な場所で待機。美優が能力で監視し、危険だと判断したときはヘンゼルがすぐに召喚で呼び戻す。負傷者がいればリアが治療するという分担で、幸介が組織したエルドラード討滅チームは数多くの修羅場を切り抜けた。



※※※



 その頃、二年C組。


 愛梨が一緒に弁当を食べようとやって来て、夕菜の向かいに座った。


「幸介君、カレンとめちゃ仲良さそうだね」

「うん。そうね」


 彼のカレンへの接し方で分かる。二人はかなり親しい仲だ。


「カレンを捨てたって本当なのかな?」

「うーん。本当だったらあんな絡み方しないと思うんだけど……」


 彼女が怒っているのは本当なのかもしれないが、何となく恋人が捨てられたような雰囲気ではないと思った。


「まあ確かに。でもまた夕菜のライバルっぽいね!」

「声がでかい!」


 慌てて愛梨の口を塞ぎ、周囲を確認する。


 夕菜と愛梨がいる席の近くでは、カレンがギャル三人組に囲まれ、一緒に弁当を食べている。


 彼女たちの声が自然と聞こえてきた。


「ぐすん。カレンー。捨てられたなんて可哀想だよー」

「怒るのも当然だよー。あんたは悪くないからね」


 ギャルたちは何故か涙ぐんでいた。


 カレンは弁当のおかずをぱくぱくと頬張りながら、「そう?」と訊き返す。


 彼女の表情はあまり変わらないが、何となくその場の会話や雰囲気を楽しんでいるように見える。


「ていうか奥山君のあの態度は何なの?」

「全然反省してないよねー」

「そうそう! 色々と適当過ぎ!」


 ギャルたちがぷんすかと怒りながら、彼を批判し始めた。


 彼女たちはよく男関係の話題について話している。それについては三人は特に気が合うらしい。


「でもカレン、あんなにマジで殴るの凄いよね」

「私も彼氏にムカつくこととかあったけどさー!」

「普通あんなこと出来ないよー。マジ尊敬する!」


 ギャルたちはきらきらとした瞳で、カレンをまるで英雄のように褒め称えている。以前に何か男を殴りたくなるようなことでもあったのかもしれない。


 その後、ギャルたちの「私の元カレもー」などという男トークがしばらく続き、再び幸介の話題に戻って来た。


「コウスケは、いつもどんな感じ?」

「奥山君は何かノリが良くて、いつも亮太君とバカなことを話してるね」

「授業中はほとんど寝てるし、全然やる気がないの」

「そうそう! バスケットボールを顔面で受けたとき超笑ったー!」


 彼女たちがわいわいと幸介のことを話すと、カレンは微笑みながら「ふーん」と相槌を打つ。


「ねーねーカレン。今は奥山君のことどう思ってるの?」

「それ私も聞きたいかも」


 まさにガールズトークだ。ギャルたちはわくわくと何か期待したように答えを待っている。


 夕菜にとっても気になる内容なので、耳を傾けた。


「コウスケのことは、誰より信頼してる。それに、私は彼に憧れて剣を始めたの」


 カレンはほんのりと頬を赤く染めながらそう言った。


「「「…………」」」


 ギャルたちは頬を赤らめ、唖然となった。


「カレン……可愛過ぎる……ぐすん」

「私が味方になるよ」

「ごめんね。彼を夕菜とくっつけちゃおうとして……」


 ずるっとずっこけそうになった。


 向かいに座る愛梨も「ぷっ」と吹き出す。


 あまりのことに耳を疑った。


「ユウナ?」


 カレンが首を傾げると、一人のギャルが「あの子だよ」とこちらを指差す。


「彼女はさっき、コウスケを抱き起こしてた。二人は仲が良いの?」


 何となく気まずいので、思わず俯く。顔が熱い。


「奥山君が夕菜と恋人っていう噂が流れてるの」

「コウスケの恋人? そんなはずない」

「そりゃそうでしょうね。私たちが勝手に噂を流しちゃったんだもん」


 ギャルたちが平然と自白しているのを聞いて夕菜は唖然となった。


(っていうか全部聞こえてるんですけど!? ギャル怖い!)


 開いた口が塞がらないとはこのことだ。目の前にいる愛梨もお腹を抱えて笑っている。楽しそうだ。


「じゃあ今のところ美優ちゃんが一番のライバルかもね」

「血の繋がらない妹っていいポジションだよねー。家でもずっと一緒に居られるし」

「あの二人、いつも仲良さそうにしてるもん」


 確かに彼に好きな相手がいると聞いていなければ、夕菜も一番に美優との恋愛関係を疑うだろう。


「血の繋がらない妹? ミユが?」


 カレンがきょとんとしながら訊き返した。


「そうそう。みんな知ってるよ」

「だからカレンも羨ましい。秋人君との関係」


 それを聞いたカレンは「そう」と静かに呟いた。

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