血の繋がらない妹

 朝、登校してきた夕菜は、中央列の後方にある自分の席へと向かう。


 今日から夏服となったので、ワイシャツ姿の生徒たちが新鮮だ。


 窓際を見やると、すでに登校していた幸介は机に顔を伏せて眠っている。また夜更かしでもしていたのかもしれない。


 席に着くまでの間に、賑やかな集団が目に入った。いつも三人で一緒にいるギャルたちだ。その中に亮太も混じり、四人で何やらスマホの動画を見ながら盛り上がっている。


「あ、これ知ってる! アメリカで話題になってる『癒しの天使』でしょ?」

「そうそう! 事故の現場に現れて、大怪我した子供を一瞬で治しちゃったんだって」

「マジかよ!? どうやって?」

「さあ。すぐにどっかに消えたから、どこの誰かもわかんないらしいよ」


 彼女たちが話している少女のことは、夕菜も知っている。彼女は『癒しの天使』と呼ばれ、アメリカで話題になっているらしい。


 動画には、赤髪の少女が事故現場に現れ、重傷のように見える子供を一瞬で治してすぐに立ち去る姿が映っている。横顔のみなので、はっきりとした容姿は分からない。ただ、合成したいたずら動画などではないと言われている。


 わいわいとお喋りしている彼女たちを横目で見ながら、自席に腰を下ろした。


 すぐに愛梨がやってきて、前の席の椅子を引いて体をこちらへ向けて座った。


「夕菜ー! 昨日大変だったんだよー!」

「何? どうしたの?」


 泣きついてくる愛梨に、とりあえず事情を訊く。昨日は愛梨が藤本先生に呼び出されている間に夕菜は一人で帰宅したので、その後に何かあったのだろう。


「昨日お母さんと下着を買いに行ったんだけど、そこに亮太と幸介君と美優ちゃんが来たの」


 愛梨が買い物に行った先にやって来た彼らは、女性用の下着店だということをお構いなしに騒ぎ、さらに幸介は彼女の母親を微妙に口説いていたらしい。


「あいつ、ほんと何なの」


 相変わらず幸介の言動には呆れてしまう。しかし、彼は夕菜の家に来たときにも嬉しそうに母親に接していたので、彼が愛梨の母親に絡む姿も何となく想像出来る。


「しかも亮太と二人ってところがまたタチが悪いの」

「何か分かるわ……」


 場所が下着店なので、幸介と亮太はいつもより変なノリで盛り上がっていたのだろう。


「でね、ハンバーガーを食べた後はみんなでゲーセンに行ったんだけど、お母さんがやたらとはしゃいじゃって」


 ゲームセンターで遊ぶことになった彼らは、エアホッケーやクレーンゲーム、太鼓ゲームなどでかなり盛り上がったらしい。おまけにプリクラまで撮ったらしく、それを愛梨が見せてきた。


「これが撮ったやつ!」

「めちゃ楽しそう」

「うん。楽しかったよ!」

「む……」


 プリクラには五人とも笑顔で写っており、楽しげな雰囲気が伝わってくる。


 夕菜も残って、愛梨と一緒に下着でも買いに行けば良かったかもしれない。


「あ……えっと、今度夕菜も一緒に遊びに行こうよ」


 愛梨が気を使ったように言うので、「うん」と素直に答えた。彼には好きな相手が居ると美優から聞かされているのだが、それでも一緒に遊びたい気持ちがある。


「じゃあ、また幸介君誘おーっと」


 愛梨はにこにこと笑顔を向けてきた。何の躊躇いもなく彼を遊びに誘える彼女を羨ましく思った。


 その後も愛梨とだらだら会話をしていると、突然ざわついていた教室がしんと静まり返った。


 何かあったのだろうかと顔を上げる。


 一人の少女が、教室前方の入り口からゆっくりと入ってきた。


 ワンサイドテールにした長い銀髪。真っ白な肌に透き通るような碧眼の美少女だ。見たことはないが制服を着ているので、この学校の生徒なのだろう。


「え、誰……? てか外国人?」

「まさか転校生!?」

「か、可愛い……!」


 再びクラスメイトたちがざわざわと騒ぎ始める。


 銀髪碧眼の少女は、窓際を教室後方に向かって静かに歩き、幸介の席の前で立ち止まった。


「え、何……?」

「奥山の知り合いなのか……?」


 クラスメイトたちの注目を集める中、少女はトントンと人差し指で彼の肩をつつく。


「コウスケ」

「……ん?」


 幸介が眠そうな顔を上げる。

 

 彼は少女を見ると、「え……?」と驚いたような表情になった。


 直後、少女は右の拳を振り上げ、思い切り彼の頬に叩き込んだ。


 バキッと音がして、幸介は椅子を派手に倒し、二メートル程後方に吹き飛んで倒れた。


「「きゃああ!」」

「うわっ! 何やってんだ!?」


 少女の信じられない行動を見て、クラスメイトたちが騒ぎ出す。


「ちょっと! あんた、大丈夫!?」


 夕菜は思わず倒れた幸介に駆け寄り、肩を抱き上げる。


 少女は拳を胸の辺りで握りしめ、表情なく幸介を見下ろしている。


「痛って……」


 幸介は殴られた頬を抑えながら、ゆっくりと上半身を起こした。


「久しぶり。コウスケ」

「カレン……」


 彼は銀髪碧眼の少女を見て、そう呟いた。


「何!? 知り合いなの!?」


 近付いてきた愛梨が戸惑いながら尋ねる。他の生徒たちも、彼女と同じように唖然となっている。


 クラスメイトたちがざわざわと騒ぐ中、一人の男子生徒の声が教室の入り口の方から聞こえた。


「げっ、何やってんだカレン!」


 やってきたのは二年A組の男子、柴崎秋人だ。容姿端麗、成績は常にトップ、スポーツ万能で、学園人気ナンバーワンの男子生徒だ。「わっ、柴崎君」と女子の黄色い声が上がっている。


 秋人は幸介の幼馴染みだ。幸介は彼に対してよく妬みのようなことを言うが、かなり仲が良いと思う。この銀髪の少女も共通の友人なのだろう。


 秋人は焦ったように少女に駆け寄り、彼女の腕を掴んだ。


「ちょっと来い」

「何? コウスケに会ったら一発殴るって言ったでしょ?」

「こんな大勢の前で殴るやつがあるか! もっと人目につかないところでやれ!」


 カレンと呼ばれた少女は、若干嫌そうに「ダメだった?」と訊き返した。


「とりあえず出るぞ」


 秋人は動こうとしない少女の両脇に無理矢理腕を通すと、ずるずると教室の外へ引きずって行く。


「秋人君、何なの? その子」


 愛梨が尋ねると、教室の入り口付近で秋人が立ち止まった。


「あー、この子は俺の妹のカレン。今日からこのクラスに入るから、仲良くしてやってね」

「「「は!?」」」


 女子たちの驚愕の声が重なった。



※※※



「今日からこのクラスの一員になる、柴崎カレンさんです」


 ホームルームが始まり、担任の女教師からの紹介があった。


 幸介は未だに痛む左頬を抑えながら、澄ました顔で女教師の隣に立つカレンに目を向けた。


 先程は彼女が突然目の前に現れたので驚いた。しかもいつの間にか秋人の妹になり、クラスメイトになっていたのだ。


「質問いいですかー?」

「はい。じゃあちょっとだけ質問タイムにしましょうか」


 一人のギャルが手を挙げると、担任教師は笑顔でポンと両手を合わせて答えた。


「何でさっき奥山君を殴ってたんですかー?」


 担任教師は「え……?」と戸惑いながらカレンを見る。


 クラスメイトたちが危ない女を見るような目でカレンを見る中、何でもないような顔でいきなり理由を尋ねるギャルも図太いと思う。


 カレンが怒っている理由は思い当たる。幸介が彼女に何も言わずに、手紙だけを残してこちらの世界に帰って来てしまったからだ。


「コウスケは、私を捨てたの」

「……!」


 思わず額を机にぶつけてしまい、ゴンと鈍い音が鳴った。


 クラスメイトたちは「えっ……?」と、唖然となってこちらに視線を向けている。


「マジ? じゃあ痴情のもつれってこと!?」

「……? そう」


 カレンが首を傾げながら答えると、女子たちは「きゃー」と盛り上がった。


「貴様あ! 許さんぞ!」という某男子(清水)の声や、「奥山君サイテー」などという亮太らしき声も聞こえた。


 カレンが微妙にずれた答えを言う理由に対しては何となく想像がつく。恐らく小夜の差し金だ。カレンが学校へ来た成り行きは何となく予想がつくし、事情を知った小夜が何か吹き込んだのだろう。主に面白そうとかいう理由で。



 今度は幸介が悪者を見るような視線を向けられ、溜め息をついた。彼女たちの目には、幸介がまるで恋人を捨てた男かのように映っているのだ。


 しかしカレンがこれからクラスメイトとして学校に通うのであれば、幸介が悪者になっておいた方がいいかもしれない。


 異世界で出会ったカレンは当初は魔術師に憧れており、学校にも行きたかったらしい。しかし魔術の才能が無かったので学校には通えなかった。


 そんなカレンがこちらの世界で学校に通えるのであれば、喜ばしいことだと思う。


 ちなみに彼女の実の兄であるヘンゼルはそんな妹に気を使い、魔術の才能があったにも拘らず学校へは通わなかった。


「じゃあ次私ー!」

「あ、どうぞ……でもお手柔らかにね……」


 先程とは別の女子が挙手して立ち上がると、担任教師が何か気まずそうに促す。


「秋人君とほんとに兄妹なんですかー? 同じ学年だし、見た目が外国人だけど」


 女子たちの視線がカレンに集まる。秋人のことなので興味があるのだろう。

 

「アキトは、血の繋がらない兄なの」

「マジ!? いいなー!」

「何それ羨ましい!」


 カレンが静かに答えると、女子たちがざわざわと盛り上がった。秋人の義妹という関係が羨ましいらしい。


 この状況では、今後カレンを妬む女子が現れてもおかしくないと思う。しかしカレンはエルドラードを滅ぼした幸介以外のメンバーの中では最強であり、『物質召喚』という能力も使える。高校生の女子が何人束になっても彼女に危険はないだろう。


「じゃあ最近までどこの学校に居たのー?」


 今度は男子生徒(西野)だ。


「最近……? 学校へは行ってないけど、アメリカに居た」

「へー。アメリカに居たんだ!」


(へー。アメリカに居たのか!)


 カレンの答えは予想外だった。


 その後カレンが一つ二つ質問に答えると、担任教師がまたポンと手を叩いた。


「じゃあホームルームも終わるので、後は休み時間とかに話してください。柴崎さんはあの一番後ろの席ね」

「わかった」


 カレンは中央列の一番後ろの席になったらしい。夕菜の左斜め後ろだ。いつの間にか机が一つ増えている。


 何故、今カレンがこちらの世界に来ているのかはわからないが、彼女は確実に味方につけておかなければならない。


 怒らせたままにはしておけないので、とりあえず休み時間にでも彼女の機嫌を取ろうと思った。

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