言わされてるだけというか

 六限目の体育は、男子はグラウンドでソフトボール、女子は体育館でバレーボールだ。


「謎はすべて解けた!」


 廊下を歩いて体育館へ向かう途中、隣を歩く愛梨が真剣な表情でそう言った。


「えっと、何が?」

「幸介君の好きな人ってカレンなんじゃないの? 元カノっぽいし」

「それはあり得るけど……」


 そう答えながらも、一瞬何かが頭をよぎった。


 以前、彼と親密だという女の子の名前を聞いたような気がする。夕菜が知らない名前だった。それが彼の好きな人だと思う。


(確か、施設に行ったときに留美さんが……)


「元カノとの対決だね!」

「だから声がでかいって! あんたわざとやってない!?」


 愛梨の一言で思い出しかけていたことが吹き飛んだ。彼女は先程から随分と楽しそうだ。



 更衣室で体操着に着替え、体育館へ入った。


 しばらくすると授業が始まった。


 編入生であるカレンは人数の関係で夕菜と同じチームになった。


 パス練習をしていると、カレンが何もせずに立ち尽くしている姿が目に入った。彼女は不思議そうな表情でボールとコートを見比べている。


「カレン、バレーボールやったことないの?」

「うん。こういうの、見たこともない」


 カレンに近付いて尋ねると、そんな答えが返ってきた。今まで彼女がバレーボールを知らずに生きてきたことに少し引っかかりを覚えた。


「あんた、アメリカの出身なのよね?」

「違うよ。生まれたのは、もっと遠い国」

「え、そうなの?」

「うん」


 スポーツも栄えていない辺境の国なのだろうか。


 夕菜が簡単にバレーボールのルールを説明すると、カレンは何となく理解したようだった。


「とにかくこっちのコートにボールを落とさず、相手のコートにボールを落とせばいいのね?」

「そうそう。あとはみんながやってるのを見てればわかるわ」

「分かった」


 そんな会話をした後、いざカレンが試合に出ると、見学しているチームから歓声が起こった。


「わあ。カレン、また拾ったー!」

「今度は横に跳んでレシーブ!?」

「マジ!? やばー!」


 カレンはいきなりの試合でことごとくボールを拾っていた。バレー部員の強烈なスパイクも難なく拾い上げている。


「カレン、あんたバレーボールやるのほんとに初めてなの?」

「……? うん。初めて」


 夕菜が唖然としながら尋ねると、カレンはきょとんと首を傾げる。


 ネット越しに立つ相手チームのバレー部の女子も、「マジで……?」と明らかに戸惑っていた。


 試合が再開した。


 カレンの頭上へボールが上がると、彼女は素早く踏み込んで跳んだ。彼女の腰の辺りまでが余裕でネットを超えている。そして、相手コートへ強烈なボールを打ち込んだ。


「わっ! スパイク決めた!」

「きゃー! 凄ーい!」


 カレンが後衛に回ると、高く上がったボールに対し、今度はアタックラインより後ろから跳んでスパイクを打つ。


「バックアタック!?」


 次々とスパイクを決めるカレンと、わいわいと盛り上がる女子たち。バレー部の女子と女性の体育教師は唖然となっていた。


 試合を終えて夕菜のチームが休憩時間になると、風を浴びて涼むため、チームメイトたちは非常口から外へ出た。


 未だに「カレン、ほんとに凄いね!」「バレー部の人より上手いんじゃない!?」などという称賛が続いている。


 前方を見やると、すぐそばにあるグラウンドでは、男子たちがソフトボールの試合を行なっていた。


 バッターボックスに立っているのは幸介だ。


「ストライク! バッターアウト!」


 彼は盛大に空振りした。


「おいおい、たまには当てろよ!」

「毎回三振しやがって! この役立たず!」


 チームメイトから、そんな罵声が飛ぶ。


 幸介が「てへっ」と舌を出すと、さらにブーイングの嵐が起こった。


「コウスケは、いつもあんな感じ?」

「え、えーと……そうね。だいたいあんな感じよ」


 夕菜がそう答えると、カレンは「ふーん」と呟き、静かに彼を眺めていた。



 ホームルームが終わり、放課後になった。


 夕菜は自席で帰り支度をしている幸介に近付く。土日の連休に入ってしまうので、その前に彼に伝えたいことがあった。


「ねえ、幸介君」

「ん?」

「玲菜がこの前からあんたに会いたがってるんだけど」

「何!? すぐに会いに行こう」

「その玲菜への愛は何なの」


 呆れて溜め息を吐く。彼の玲菜に対する甘やかし方が凄い。羨ましい。


「今日は施設に行こうと思ってたんだけど、一緒に行くか? 美優も秋人に任せるし」

「うん。行く」


 施設へ行くと聞いて、また留美のことを思い出した。彼女に会って話すことが出来れば、何か聞けるかもしれない。


 今日は美優と秋人は剣術愛好会の活動に参加するらしい。カレンも見学に行くらしく、先程秋人が連れて行った。


 美優には相変わらず、帰宅の際に幸介か秋人が付き添っているようだ。少し美優に対して過保護のようにも思うが、彼女を大切にしているのがわかる。


「玲菜は今どこにいるの?」

「多分まだ小学校にいると思うけど」

「じゃあ迎えに行くか」

「うん」


 幸介は立ち上がり、鞄を肩に掛ける。


 そして二人で教室を出た。


「今日は愛梨は?」

「何か亮太君と帰っちゃったよ」

「ふーん」


 夕菜は普段愛梨と一緒に帰宅することが多いので、彼も気に掛けたらしい。


 二人で廊下を歩いていると、「あれって噂の佐原さんの恋人?」「やっぱり付き合ってるんだ」などという声が聞こえてきた。


(実は全然付き合ってないのよね……)


 自分のせいではないのだが、何となく後ろめたい気持ちになった。



 校門を出ると、玲菜がいる小学校へと向かう。徒歩で数分の距離だ。


「ねえ、あんたカレンとどういう関係なの? 彼女を捨てたってほんと?」


 我慢が出来ず、気になることを訊いた。


「いや、あれはあいつがふざけて言ってるだけというか、多分言わされてるだけというか」

「何それ」


 いまいちよく分からないが、幸介の言葉を聞いて何となく安心した。少なくとも彼がカレンを捨てたわけではなく、おそらく恋愛関係でもなさそうだ。


「でも仲は良いのよね? 今は何か喧嘩してるけど」

「まあな。カレンは昔はうちに入り浸ってたし、俺もあいつの両親に良くしてもらったからな」

「むぅ……」


 彼と知り合ったばかりの夕菜とは違う、本当に家族ぐるみの付き合いだったのだろう。


 最近彼の近くにいる女の子に対して羨ましく感じる。


 嫉妬を自覚してしまうので、とりあえず今は彼女についてはそれ以上訊かないことにした。

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