異世界。戦い
(エルドラードから密輸した……!?)
まさかエルドラード王国では銃を製造しているというのだろうか。そうだとしたらかなりの脅威だ。大陸一の大国になったのも分かる。
不意に左後方でカチャっと音がしたので振り返る。
「うおおおお!」
ヘンゼルがそばに落ちていた長身の剣を拾い、銃を向けたニット帽の男に向かって駆け出していた。
「バカ、やめろ! その武器は……!」
幸介の制止を聞かず、ヘンゼルが両手で剣を振りかぶり、男に斬りかかる。
「ちっ……!」
彼に銃を向けていたニット帽の男が引き金を引き、銃声が響いた。
直後、ヘンゼルが剣を落とし、前のめりに倒れた。
「ヘンゼル!」
横たわるヘンゼルから血が流れ出し、地面に広がっていく。
「おいおい、撃ってどうすんだよ。そのガキは生け捕りにして売るんだろ?」
「わりーわりー。でも足に当てたから死にはしないだろ」
黒ずくめの男たちはへらへらと笑う。
「……ぐっ……痛ぇ……」
ヘンゼルは膝辺りを押さえ、顔を顰めて悶える。
「生きてたか……」
彼が足を負傷しただけだと分かり、少し安心した。足だけならまだ回復魔術で治せるだろう。
「お前はこの武器を知ってるのか?」
「……まあな」
ニット帽の男がニヤニヤと笑みを浮かべながら尋ねてきたので、幸介はそう答えて竹刀を構える。
「おいおい、そんなもんでどうする気だよ」
「ははっ。お前は関係ねえんだから今逃げれば見逃してやるぞ」
二人の男が笑いながら言う。
幸介はそれには答えず、無言のままじりじりと銃を持ったニット帽の男との間合いを詰める。
(倒せるか……?)
男がヘンゼルの足を撃った際の一連の動作や、日々訓練している自分の動きを照らし合わせ、勝算を割り出す。
「コウスケ……」
「ヘンゼル、お前はじっとしてろ」
苦しそうに地面にうずくまるヘンゼルに、幸介はニット帽の男から視線を外さずに言う。
「どうやらやる気らしいな。どうする?」
「黒髪はいらねーしどのみち殺しておいた方がいいだろ」
「だな。やっぱりお前は死ね」
ニット帽の男がこちらに銃口を向けた。
直後、幸介が地面を蹴って駆け出す。
「馬鹿が」
男は引き金を引いた。
銃声が鳴った瞬間、幸介は上体を傾けて銃口から体を逸らした。
「なっ!?」
「避けただと!?」
銃は再び狙いを定めて撃つまでの間に少なからず隙が出来る。使い慣れていない者ならなおさらだ。
その一瞬の間に幸介はニット帽の男との間合いを詰め、銃を持つ腕を竹刀で叩いた。
銃は弾き飛ばされ、地面に落ちた。
「ちっ……!」
ニット帽の男の視線が地面に投げ出された銃へ向いた。
直後、幸介は男のこめかみを思いっきり左横薙ぎで叩く。
ニット帽の男は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
「こ、このガキ!」
細目の男が銃を抜こうと懐に手を入れる。
「ぶっ……!」
しかし幸介が素早く背中から降ろして投げたリュックが男の顔面に直撃した。
「くっ……」
リュックが地面に落ち、男が戸惑いながらも幸介に銃口を向ける。
そのときすでに幸介は一足飛びで間合いを詰め、男の目前に迫っていた。
「なっ!?」
幸介が竹刀で男の顔面を叩くと、細目の男もどさりと倒れた。
男たちは気を失ったらしく、ピクリとも動かなくなった。
顔を上げていたヘンゼルが唖然とこちらを見ながら言う。
「……コ、コウスケ……お前、そんなに強かったのか……?」
記憶がある限り幸介にとっては初めての対人戦闘なので、そう言われても正直ピンと来ない。
「ああ。それより、怪我は大丈夫か?」
ヘンゼルに近付きながら尋ねると、彼は片膝を立て、撃たれた足を抑えながら言う。
「……痛いけど、父さんたちに比べればどうってことねえよ……」
「……そうか」
彼は顔を顰めて苦しそうにしている。どうやら強がっているらしい。
「父さんたちはあの武器でやられたのか……」
「ああ。お前の両親は一刻も早く治療しないとマジでヤバいぞ」
二人は辛うじて生きているが、いつ息絶えてもおかしくない状態だ。
「コウスケ……俺はもう走れそうにないから……」
「分かってる。あとは任せろ。俺がリアを呼んでくる」
「リア……?」
「ああ。回復魔術が出来るんだ。でもその前に……」
幸介は竹刀を置き、代わりにヘンゼルが落とした長身の剣を拾い上げる。
「こいつらを殺しておこう」
そう言って倒れている男たちに目を向けた。二人の男は気を失ったままだ。
「殺すのか……?」
「こいつらは俺を殺そうとしたし、お前やお前の両親を傷付けた。目を覚ませばロクなことにならない」
「……そうだな」
「それに、お前も殺すつもりで斬りかかったんだろ」
「ああ」
幸介は横たわるニット帽の男に近付き、剣を逆さ手に持って振り上げた。
しかし直後、こちらに近付いて来る気配に気付いた。
「そこまでだ」
そう言って近付いてきたのは、倒れている二人と同じような、黒ずくめの格好をした金髪の男だった。男は左腕にカレンを抱えており、ニヤニヤしながら彼女の首元にナイフを突き付けている。
「そいつを殺せばこの子の命はない。剣を下ろせ」
「カレン!」
ヘンゼルが焦ったように叫ぶ。
(ちっ、三人目がいたのか……!)
一人は周辺の見回りでもしていたのかもしれない。そして隠れていたカレンが見つかったのだ。
幸介は仕方なく振り上げていた剣を下ろした。
俯く幸介の後方には、血まみれの男女が倒れている。それにカレンが気付いた。
「お父さん……!? お母さん……!?」
見開いたカレンの瞳から涙が溢れ出した。
「……カレン、大丈夫だ。まだ父さんも母さんも生きてる……でも、早く治療しないと……」
ヘンゼルは苦しそうに顔を歪めながら言う。
「ああ、そいつらまだ生きてるんだ? でももうすぐ死ぬだろ。で、お前らは奴隷になる」
「くっそ……」
金髪の男がニヤニヤと笑みを浮かべながら言うと、ヘンゼルは悔しげに男を睨んだ。
「おい、そこのお前。早く剣を捨てろよ」
男がカレンの首元にナイフの先を近付ける。それを見て、幸介は剣を地面に落とした。
「コウスケ、兄さん……ごめんなさい……」
状況を理解したらしく、カレンが弱々しく呟く。先程危惧していたような足手まといになってしまい、申し訳なく思っているらしい。
金髪の男はカレンにナイフを当てたまま近付いて来ると、幸介の腹を思い切り蹴り飛ばした。
「がはっ……!」
幸介は数メートル飛ばされて倒れた。
「「コウスケ……!」」
ヘンゼルとカレンが叫ぶ。
「ぐ……」
幸介は腹を抑えて地面にうずくまった。大人の男に本気で蹴り飛ばされたのだ。物凄く痛いし何か吐き出しそうだ。
苦悶しながら顔を上げる。
目の前には血まみれの銀髪の男女が倒れている。彼らはもうほとんど虫の息だ。一刻も早く治療させたい。
しかし、この状況を打開する先行きが見えない。
「おい、起きろ!」
「ぅ……」
金髪の男が横たわる二人の男を足で小突くと、男たちが意識を取り戻した。
「いってぇ……」
「ぅっ……くそ……」
倒れていた男たちは顔を顰めながらよろよろと起き上がった。
「ったく、二人してこんなガキにやられてんじゃねえよ」
「す、すみません……」
「ちょっと油断して……」
「油断したからってこんなガキにやられるか?」
「いや、そのガキ結構強いんですよ……」
幸介は男たちが話すのを見ながら、片手を地面についてゆっくりと上体を起こす。
「ふーん。まあいいや。お前はこのガキを捕まえてろ」
「わかりました」
金髪の男がカレンを降ろすと、ニット帽の男が彼女の腕を掴んだ。ニット帽の男はちらっと幸介の方を確認し、ナイフをカレンの首元に近付ける。
「俺の魔術でそいつを焼き殺してやるよ」
金髪の男が幸介を見ながら言う。男の手のひらに大きな炎の玉が発生した。
「くっ……」
このままでは殺されてしまう。ヘンゼルとカレンも奴隷として捕まり、彼らの両親もアウトだ。
しかし状況は最悪。倒した男たちは起き上がり、敵の人数も増えた。ヘンゼルは足を負傷してカレンは人質にされている。
何とかカレンを救出し、この状況を切り抜けなければならないが、それが困難過ぎる。
(どうする……)
思考を巡らしていると、そばに落ちている細身の刀が目に入った。多分ヘンゼルたちの母親の方が使っていたものだろう。
「死ね」
男が幸介に向けて炎の玉を放つ。巨大な炎の玉が地面を焼きながら幸介に襲い掛かってきた。
「「コウスケ……!」」
幸介は素早く落ちていた細身の刀を拾い、炎に向かって地面を蹴る。
「なっ、自分から炎に!?」
「馬鹿め!」
真正面から炎に突っ込む。
炎に触れる直前、幸介は刀を振り下ろした。炎の玉は風圧で左右に分かれた。
「なんだそりゃ!?」
「炎を斬った……!?」
幸介は炎を斬った勢いのまま、左右に分かれた炎の間を金髪の男に向かって走る。
「くっ!」
「おい! このガキを殺すぞ!」
離れた位置にいるニット帽の男が、ナイフをカレンの喉元に当てて叫んだ。
幸介は走りながら、ニット帽の男に視線を向ける。そしてほんの一瞬、男の目を見て意識を集中させた。
直後、ニット帽の男はナイフを落とし、その場にどさりと倒れた。
「え……?」
カレンは突然解放され、唖然と目を見開く。
「は……!?」
「急にどうしたんだ!?」
男たちが戸惑う。その間に、幸介はすでに金髪の男の目前で刀を振り上げていた。
「なっ、速……」
そのまま、思い切り刀を振り下ろした。
金髪の男は身体から勢いよく血を吹き出し、その場に崩れ落ちた。
「ととっ……」
幸介は体勢を崩し、地面に左手をつく。
放たれていた炎は消え、焼けた地面からは煙が立ちのぼる。
「この化け物が!」
一人残った細目の男が抜いていた銃を幸介へ向けた。
「なっ! 引き金が引けない!?」
見ると、男の銃は氷漬けになっている。そして氷は徐々に腕に伝わっていき、腕が凍り付いていく。
「ふっ、ざまあ見やがれ……」
左手で膝を抑えつつ、ヘンゼルが広げた右手を細目の男に向けている。どうやらヘンゼルの氷系の魔術らしい。
「くそっ……」
幸介は焦る細目の男に向かって走り、刀を振り上げる。
「や、やめ……」
男の命乞いを最後まで聞くことはなく、思いきり力を込めて刀を振り下ろした。
細目の男も、身体から血を吹き出して倒れた。
※※※
少し前、リヴァーレイク城。国王の執務室。
「国王様、お手紙が届いております」
王の机で書類に目を通していたエリック・スターリングはその声を聞いて顔を上げた。
部屋の入り口には、白い髭を長く伸ばした老人が立っている。この国の大臣だ。
「手紙だと? 私にか?」
「はい。何でもリア様のご友人から急ぎの用だそうです」
「何? すぐに読もう」
エリックは手紙を受け取ると、手早く封を開け、読み始める。手紙の内容は短く、すぐに読み終えた。
「これは……お前も読んでみろ」
「はい」
手紙を渡すと、大臣は受け取って読み始めた。
「……どう思う?」
「内容は信憑性がないとも言えないです。しかし、この手紙の主が本当にリア様のご友人だという確証はないですね」
「まあ、そうだな。生涯の親友ってところが特に怪しい」
大臣の言うことはもっともだ。しかし少し前にリアが楽しそうに記憶喪失の少年の話をしていたのを思い出した。その少年の名前が、『コウスケ』という名前だったような気がする。
「だがこの内容が本当なら、差し出し人が誰であっても構わない。そうだろ?」
「仰る通りです」
大臣は頷いた。
「ウォルコットのことは私も知っている。剣士隊の隊長だった男だな?」
「そうです。彼の索敵能力は絶大なもので、この国にとっては重要な存在です。先日、家族と森のはずれに住み始めたことも聞いております」
「分かっている。すぐに十人以上の兵士達をウォルコットの家へ向かわせろ。あと、一応魔術学校にいるリアのところにも一人向かわせて事実確認だ」
「了解致しました。すぐに手配を」
「それと、この手紙を届けた者というのは?」
「これを届けた者も兵士の妻だそうです。手紙にある褒美のことは後で適当に考えて置きましょう」
「そうか。ではあとは頼む」
大臣は「分かりました」と言って、部屋を出て行った。
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