異世界。銀髪の兄妹(3)

 家を出た三人は森へ向かって走った。


 幸介の背中にはリュック。右手には竹刀を持っている。


「コウスケ、お前結構速いな。俺もカレンもかなり速い方なのに」

「そうか? あまり分からないけど」


 確かにヘンゼルもカレンも走るのが速い。全力に近い速さで走らないと置いて行かれる。


「ところで、さっきの手紙は何なんだ?」


 ヘンゼルが走りながら尋ねる。


「ん? ああ。一応、応援の要請」

「なるほど。気が利くな」


 家を出た後、幸介は近くを歩いていた大人の女性に、手紙が入った封筒を渡していた。


『すみません、これを急いで城の誰かに届けて貰えませんか?』

『え? 何これ?』

『この国を命を懸けて守っている兵士の仲間が危険なんです。重要な手紙なので、すぐに届けて頂ければ何か褒美を貰えるかもしれません。ちなみに僕はリア王女の友人です』

『そ、そうなの? わかったわ』


 手紙は、「森のはずれに住むウォルコット夫妻と家族たちに敵が迫っているので、助けを寄越して欲しい」という内容。


 ヘンゼルの両親は強く、自身らで敵を排除しようとしているらしいが、カレンはそれ以上は詳しくはわからないと言うので、一応念の為だ。


「でも、あれを届けて褒美なんて貰えるのか?」

「さあな。貰えなくても仕方がない。とりあえずあの手紙が届きさえすれば良いからな」

「貰えなかったら、あの女の人、怒らない?」


 今度はカレンが尋ねてきた。


「いいんだよ。『貰えるかもしれない』って言っただけだし」


 自分が子供だということもあるので、あの女性も半信半疑だろう。しかし普通、「かもしれない」という可能性を捨てきれない。女性は忙しい様子でもなかったので、疑いながらも届けてくれると思う。


 ちなみに手紙の最後には、『この手紙を届けた人には、何か褒美を貰えるかもしれないと言ってあるので、適当に対応よろしくお願いします。リアの生涯の親友、コウスケ』と書いてある。


 手紙を読んだ者を取り敢えず動かすために勝手にリアの名前を使ってしまったが、後で謝れば何とかなるだろう。


「……お前結構むちゃくちゃだな」

「お前に言われたくないんだけど。つーか食パン持ってきたけど食うか?」

「ああ。悪いな」

「私も食べる」


 やはり二人はまだ食べ足りなかったらしい。

 森の中で一旦立ち止まり、リュックからパンを取り出して一枚ずつ渡す。


 二人はぐもぐと数秒で食べ終えた。

 パンは三枚あったので、幸介も一枚だけ食べた。

 

 食べ終えると、再び森の中を走る。


 全力で森を走ると、すぐに先程の湖に着いた。


「カレン、どっちだ!?」


 ヘンゼルが尋ねる。


「こっち。走れば二十分程で着く」

「まじかよ……」


 カレンの言葉を聞いて、ヘンゼルは心なしか気を落とす。彼はその距離を散々迷ったからだろう。


「ていうか、お前何で迷ったの?」

「……」


 ヘンゼルが無言で顔を顰める。


「兄さんは感情が先行するから、気分次第で冷静な判断が出来なくなる。その上方向音痴だから、偏った精神状態で迷うとほぼ目的地に着けない」

「うるせーんだよ! お前は!」

「……」


 そこからはカレンの先導で走った。


 しばらく走ると疲れてきたので、途中で一旦休憩。幸介が水筒に入れてきた水を、三人で飲む。


「ところで、お前らって何か魔術を使えるのか?」

「……」


 彼らが魔術を使えるのなら、いざというときの戦力的にも頼りになる。


「兄さんは、攻撃系の魔術の才能がある。でも、学校には行ってないから、戦闘で使えるほどのものにはなってない」


 ヘンゼルが黙っていると、カレンがそう答えた。


「お前は?」

「……私には、多分、才能がない」


 カレンの表情は相変わらず澄ましたものだが、少し悲しげに見える。


「ふーん」


 ヘンゼルの方が魔術の才能があり、頭の良さそうなカレンの方が才能がない。

 それが意外だと思った。


 再び走り出した約十分後、森を抜けた。


 周りを木々で囲まれた、だだっ広い平地には、数十メートル先に家が一軒建っている。

 住居の隣には、物置きのような建物もある。


 三人で木々に隠れ、様子を伺う。


 家の周辺には人影は見えず、思いの外静かだ

「カレン、お前はここに隠れていろ」


 ヘンゼルはそう言うと、飛び出して家に向かって走って行った。


 猪突猛進な兄の背中を見て、カレンは「はあ」と溜め息を吐く。


「仕方がない。俺も行ってくる」

「……わかった」


 木の陰にカレンを残し、ヘンゼルの後を追う。

 少し走ると、ヘンゼルは家の目前で立ち尽くしていた。


 ゆっくりと近付く。


 ヘンゼルの足下には、血まみれの男女が倒れていた。

 二人の髪の色は銀色。彼らの両親だろう。


 そばには長身の両手用の剣と、細身の刀が落ちている。


 周辺の地面には焦げたような跡もある。

 火系の魔術でも使ったのかもしれない。


 辺りを見回すが、それ以外には人影もなく、敵の死体なども見当たらない。


(負けたのか……)


「父さん……! 母さん……!」


 ヘンゼルが膝を落とす。


「……ヘ……ンゼル……」


 母親はまだ生きており、弱々しくヘンゼルの名前を呼んだ。


「母さん……生きててよかった……父さんは……!?」


 幸介は父親の方へ近付き、しゃがみこむ。


「……ぅ……」


 父親の方もかろうじて息があった。


「こっちもまだ生きてる」

「……そうか。良かった……でも、すぐに助けを呼ばないと……」


 ヘンゼルは若干安堵しつつも、まだ不安げな表情。

 両親は二人共かろうじて生きているが、瀕死の重傷なのだ。


(でも、何故こんなに出血が……?)


 見た目には、体に斬られたような傷はない。


 それに、父親は剣士隊の隊長を務める程強いはずだ。母親も元兵士の上、攻撃魔術も使える。簡単にやられるはずがない。


 父親は腹部から大量に出血している。


 幸介がその部分を注意深く見ると、あることに気付いた。


「これは……まさか……」


 銃で撃たれている……!?


 それは、信じられない事実だった。


 幸介はこの世界に来てから、街中を見て回ったり雪乃から色々な話を聞いたが、銃などという物を一度も見聞きしていない。


 戦争などでも、主力となるのは魔術師たち。

 その他の戦闘員も、剣や槍を扱う兵士たちのみのはず。


 本も、家にあるものや雪乃が学校から借りてくるものを何冊も読んだが、戦記や歴史物にもそんな武器のことは一切出てこなかった。


 ただ、銃のことは記憶の片隅にある。以前暮らしていた世界の武器だ。


 銃は殺傷能力が高く、引き金を引くだけで離れた場所から簡単に人を殺せる。


 もし敵が銃を持っているとしたら、彼らが剣の達人だったとしても勝てないのも分かる。

 そんな武器があることを知らなければ、不意を突いて撃たれれば簡単にやられてしまうだろう。


「……!」


 わずかに頭が痛む。


 一瞬、何か良からぬことを思い出したような気がした。


「父さん、母さん……! しっかりしてくれ……!」

「……落ち着け、ヘンゼル。まだ幸い二人共生きてる」

「で、でも……」


 ヘンゼルは不安げな表情。


 確かにこのまま時間が経てば経つほど、彼の両親の命が危ない。


「お前は回復魔術は使えないのか?」

「……使えない」

「じゃあ、回復魔術を使えるやつを急いで呼んでこよう」


 そう言って立ち上がる。


 呼びに行くのはリアだ。回復魔術を使える人物を、彼女しか知らない。


 しかしその直後、ある懸念が頭に浮かんだ。


 彼らの出血の状態やまだ生きていることから見ても、撃たれてからそれ程時間が経っていないように思う。


「……へ……ン……ゼル……」

「母さん、何!?」


 声を絞り出す母親の手を、ヘンゼルが握りしめる。


 今にも死にそうな母親が、必死で我が子に伝えようとしている言葉。

 それを幸介は察した。


「……逃げ……て……」


 弱々しい声で、彼女はそう言った。


 やはり、まだ敵が近くに居る可能性がある。


 ヘンゼルたちが森で目を覚ましてから、数時間は経っている。


 父親は朝方から敵の存在を察知していたそうだが、その割には敵が来たのが遅かったようだ。


(どうする……?)


 彼らの両親がまだ生きているのは不幸中の幸いだが、考えられる限りかなり悪い状況だ。


 敵が銃を持っていることも想定外過ぎる。


「ヘンゼル、とにかく一緒に助けを呼びに行こう。一刻も早く手当てしないと危ない」

「……ああ。父さん、母さん、待ってて。すぐに助けを呼んでくるから」


 手紙を頼んではあるが、それが城に届いて助けが来るまで時間が掛かるだろうし、そもそも手紙が届いているかも分からない。


 ヘンゼルとカレンを残して幸介一人で助けを呼びに行くという選択肢もあるが、それでは残ったヘンゼルたちが危険な可能性がある。ここは三人で戻るしかない。


 彼らの両親が生きたまま放置されていることから見ても、恐らくこれ以上無駄に傷つけられることはないはず。あとは戻ってくるまで二人の生命力が持つかだ。


「ちょーっと待ったあ」


 声がした方に振り返ると、一人の大人の男が立っていた。


 黒ずくめの服に黒のニット帽、腰に剣を携えたその男は、いかにも悪そうな笑みを浮かべている。


「はっはっは! おい、来てみろよ! 銀髪のガキがいたぞ!」


 男がそう言うと、家の扉が開いてもう一人の男が出てきた。


 黒の短髪に細い目、こちらも黒ずくめの服を着て、腰に剣を携えている。


「マジか? おー良かった良かった。これでたんまり金が貰える」


 そう言って、家から出て来た短髪の男が近付いてきた。


 男たちは今まで家の中で金目の物などを探していたのかもしれない。

 

「銀髪の種族は珍しい能力を持っているらしいからな。奴隷に欲しいって奴もいっぱいいるんだよ」


 二人の男はヘンゼルを見ながら、へらへらと笑う。


 多分、父親の索敵能力などが珍しいものなのだろう。


「お前らが、やったのか……?」


 ヘンゼルが震える声で尋ねる。

 

「そうだ。生け捕りにするはずが、暴れやがるから手元が狂って殺っちまったんだよ」

「まあでもガキがいて良かったぜ。ガキでもそれなりに高く売れるだろうからな」


 男たちは、ヘンゼルの両親のことはもう助からないと踏んで諦めていたのだろう。


「嘘だろ……? 父さんと母さんが、お前らなんかに負けた……?」

「ああ。そいつら結構強かったぜ。俺もちょっと怪我しちまったし。多分、俺らより強かったんじゃないか?」


 へらへらと笑いながら言う短髪の男の服は、左の二の腕の辺りが破れ、傷口から血が流れているのが見える。


「だな。まともに戦ったら俺らもやばかったわ。だから……」


 そう言いながら、ニット帽の男が懐から拳銃を取り出す。


「エルドラードから密輸したこの銃があって良かったぜ!」


 男はこちらに銃口を向け、そんな衝撃の事実を口にした。

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