異世界。兄妹の能力

 黒ずくめの敵三人のうち、二人は幸介が斬殺。一人は幸介の能力で意識を失った。


 敵は全て行動不能となったので、後はヘンゼルたちの両親を治療するだけだ。


「父さん、母さん……まだ生きてるか……?」


 ヘンゼルは血まみれの左足を引きずりながら倒れている両親に近付いていく。彼の膝からは血が流れ、ぽたぽたと地面に流れている。


「お父さん、お母さん……!」


 幸介とカレンも急いで倒れている二人に駆け寄った。そして息を確認する。


「よし、まだかろうじて生きてる。でも一刻も早く助けを呼んで来ないと……」


 幸介がそう言うと、カレンが不安げな表情を向ける。


「今から呼びに行って……間に合う……?」

「分からないけどとにかく行ってくる。城からの助けもいつ来るかわからないからな」


 立ち上がり、向かうべき魔術学園の方向を視認する。無駄かもしれないが、諦めるわけにはいかない。とにかく行くしかない。


「……ちょっと、待ってくれ……お前が呼びに行こうとしてる回復魔術が出来る奴っていうのは、リア王女のことなのか……?」


 ヘンゼルが幸介を止めて尋ねてきた。彼の足も相当痛むらしく、辛そうな表情だ。


「ああ、今は学校に居るはずだ。時間が掛かるけど……」


 倒れている彼らの両親に目を落とす。二人はもう虫の息で意識もない。今から全力で走ってもここから学校までの往復で一時間以上は掛かるだろう。ほとんど助かる見込みがないかもしれない。


「……それじゃ、多分、間に合わない……俺がリア王女を呼び出してみる……」

「え? 呼び出すって……?」


 意味を理解出来ず戸惑う。それをカレンが察したらしい。

 

「兄さんは、見たことがある生物を召喚出来る」

「なっ!? 本当か……!?」

「ああ……リア王女なら、見たことがある……」


 驚いて訊き返すと、ヘンゼルは重苦しそうにそう答えた。


 以前本で読んだ召喚魔術という類のものだろう。そんなことが出来れば、時間を大幅に節約出来る。


「でも、人間を呼び出したことはない、でしょ……?」

「そうだ……だから、成功するかは分からない……」


 カレンは不安げな視線を兄へ向けると、ヘンゼルは痛む足を抑え、顔を歪めながらそう答えた。どうやらヘンゼルが召喚で呼び出したことがあるのは人間以外の動物らしい。


「何とかしろ。出来なけりゃお前の両親が死ぬぞ」

「分かってるよ……」


 ヘンゼルは地面に右手をつき、目を瞑って意識を集中し始めた。


 地面から光が発生し、彼の右手を中心に円柱状の壁のように輝く。


「兄さん、お願い……」


 そのまま一分程が経過。

 まだ何も現れない。


「頼む、出てきてくれ……!」


 ヘンゼルは血まみれの左手も地面について強く祈ると、円柱の光の壁が強く輝く。


 数十秒後。


 光の中に赤髪の少女が現れ、地面にストンと尻餅をついた。


「痛っ……」


 リアが尻を抑え、顔を顰める。


「へへ……やったぞ……」

「ヘンゼル! やるじゃねえか!」

「兄さん。凄い……」


 三人の間の空気がほっと弛緩した。


 遠くにいる人物を近くに呼び出す。驚異的な能力だ。


 これで治療までの時間を大幅に短縮できたので、彼らの両親が命を取り留める確率が大分上がっただろう。


「え……? え!? 何これ!?」


 リアはきょとんとした表情で、状況を把握しようと辺りを見回している。


「リア、お前を召喚で呼び出したんだ!」

「コウスケ!? 何よこれ!? 何があったの!?」


 リアが戸惑うのも当然だ。彼女は学校で授業を受けていたはずだ。それが突然、こんな森のはずれに召喚され、そばには血まみれの銀髪の男女が、そして少し離れたところに黒ずくめの三人の男たちが倒れている。


 しかしとにかく治療が先だ。彼女に事情を説明している暇はない。


「リア、話は後だ。回復魔術でこいつらの両親を治してくれ! もう死にそうなんだ!」


 倒れている二人を指差して言う。


「リア王女、頼むよ……」


 ヘンゼルは痛む足を抑えながら懇願し、カレンも「リアさん、お願い……」と切実に言う。


「分かったわ」


 リアも状況を理解してくれたらしい。ヘンゼルたちの両親に近付き、息を確認する。


「父親のほうが死にかけてる。彼から治療するわ」


 リアが父親の腹部に手を乗せ、意識を集中し始めた。


 血まみれの傷口が光に覆われる。


「ひどい出血ね……」


 リアは手に魔力を込め、光を放出し続ける。


 父親の表情は段々と穏やかなものになっていった。


「とりあえず傷はほとんど治ったわ」

「良かった……! さすがリア!」


 リアの言葉を聞き、安堵しながらそう言った。ヘンゼルとカレンも少し安堵したような表情になった。


「次、母親の方を見るわ」

「頼む」


 リアは近くに倒れている母親のところへさっと移動し、同じように彼女の体に両手を乗せて光を放出する。


 その間に、幸介は父親の方へ視線を移す。彼は目を閉じ、安らかな寝息を立てている。呼吸も安定しているので、もう大丈夫だろう。


「駄目……! 治せない!」


 母親を治療していたリアが突然焦ったようにそう言った。


「え……!? 何故!?」


 幸介が驚いて訊き返す。

 ヘンゼルとカレンの表情も不安げなものに変わった。


「体内に異物が入ってる……」


 リアが重苦しい表情を向けて答えた。


「まさか……銃弾が貫通してないのか……?」

「どういうこと……?」


 幸介が呆然と呟くと、リアが訊き返した。


 母親の体内にある異物にはすぐに見当がついた。彼女の方が出血が少ないのは、銃弾が貫通しなかったからだろう。彼女が厚手の防具を身につけているせいかもしれない。


「この人の体内には、鉛の銃弾が残ってる……」

「マジかよ……? そのせいで、治せないのか……?」


 幸介の言葉を聞き、ヘンゼルが戸惑いながらリアへ目を移す。


「……うん」


 リアは申し訳なさそうに俯きながらそう答えた。


「リア、何とかならないのか?」

「体の奥にあるから、多分専門の医師に頼んで取り除かないと無理……! もっとレベルの高い魔術師なら、出来るのかもしれないけど……」


 リアの言葉を聞いて、幸介たちは黙り込んだ。


 今から街へ戻って専門の医師に頼み、銃弾を取り除いて貰ってから母親の傷を治療する。そんなことをしていたら彼女の命はもたないだろう。


 母親の方を見ると、彼女はまだ苦しそうな表情を浮かべている。正直ここまで保っただけでも奇跡のような生命力だと思う。


「……ごめん。また、私の力不足で……」

「お前のせいじゃない……少なくとも、父親はお前のおかげで助かった」


 悲しげに俯くリアを、幸介は宥めた。彼女は美優の目を治せなかったこともまだ気にしているのかもしれない。


「コウスケ。銃弾ってどんなの……?」


 今まで不安げな表情で静観していたカレンが、不意に口を開いた。


「何故……?」

「どんなものか分かれば……取り出せるかもしれない」

「え……!?」


 カレンの言葉を聞いて驚いた。


「カレン……どういうことだ……?」


 ヘンゼルが尋ねた。

 不安と期待を感じつつ、三人はカレンを見る。彼女が言うように体内から銃弾を取り出すことが出来れば、母親は助かるはずだ。


「……この前、離れたところからお母さんの刀を呼び出すことが出来た……一度だけだし、偶然かもしれないから自信はないけど……」

「なっ……マジかよ……!?」

「『物質召喚』!? そんなの聞いたことないわ」


 ヘンゼルに続き、リアも驚いた。


 幸介は落ちていた拳銃を拾って来ると、マガジンを外して銃弾を取り出す。そしてカレンに差し出した。


「カレン、先端のこの部分だ」

「……わかった」

「すぐにやれ」

「うん」


 カレンは母親の腹部に手を当て、目を閉じる。彼女の手が銀色の光に覆われた。


「カレン、頼む……」


 ヘンゼルが絞り出すような声で呟く。


 一分程が経過した。


 カレンの手元の光が消え、彼女はほっと安堵の表情を見せた。


「……良かった。取り出せた」


 広げた彼女の手には、血まみれの弾頭があった。


「リア!」

「分かってる! 任せて」


 リアが再び母親の体に手を置いて光を放出し、母親を治療し始めた。


「……どうだ?」

「大丈夫。異物は無くなってるから治せる!」


 リアが光を放出し続けると、母親の顔も穏やかなものになっていった。


「……怪我は、治ったわ」


 リアが光を止め、安堵したような表情でそう言った。


「ってことは……つまり……?」

「二人とも、もう大丈夫よ」


 リアがはっきりと言葉にしてヘンゼルに微笑むと、ヘンゼルの表情は安堵と歓喜のものに変わった。


「……っしゃあ!」

「良かった。お父さん。お母さん……」


 ヘンゼルが叫び、カレンは涙を浮かべた。


 両親ともに今は安らかな表情で目を閉じている。二人共、本当に助かって良かったと思った。


「リア王女、ありがとう……本当に助かった……」


 ヘンゼルに続いて、カレンも「リアさん、ありがとう」と、涙を拭いながら言う。


「いえ。二人共、助かって良かったわ」


 リアはそう言って微笑んだ。



「……! 痛っ……」


 突然、ヘンゼルが血まみれの足を抑え、その場にうずくまった。どうやら今まで我慢していたらしい。


 リアはヘンゼルに近づくと、足の傷を見る。


「あなたも酷い怪我じゃない。治してあげるわ」

「……ありがとう」


 リアはヘンゼルの足に手を当て、治療し始めた。


「リア、次俺も」

「あなたは特に怪我なんかしてないように見えるけど?」


 リアがヘンゼルの怪我を治療しながら怪訝な表情を向けてきた。


「俺も腹を蹴られて痛えんだよ」

 

 幸介は腹を抑え、顔を顰めて言う。


「分かったわよ……ちょっと待ってて」

「へーい」


 彼女は何だかんだで優しい。仕方なさそうにしながらも了承してくれた。


 疲れたので、その場に寝転ぶ。


 リアはヘンゼルの治療を終えると、「次、あなたね」と近づいて来て、仰向けに寝転んだままの幸介の身体に回復魔術を掛け始めた。


「っていうか、何があったの? あの倒れている奴らは何なの?」

「いや、実はな……」


 と、幸介は上体を起こす。


 連中がヘンゼルたち家族を狙っていたこと。奴隷として売ろうとしていたこと。何とか倒したこと。簡単にだが、一通り話した。


「えっと、マジ……?」

「マジに決まってるだろ。だから城に応援の手紙も出した。まだ全然助けは来てないけどな」

「ちゃんとお父様に届いてればすぐに対応してくれると思うんだけど……まあ人に頼んだのなら時間が掛かっても仕方ないわね」


 手紙が届いて助けが来るまで、時間が掛かるのは何となく分かっていた。予想外だったのは現場の状況の方だ。


「まあみんな無事だったからいいよ。つーかヘンゼル、そう言えば生きている奴が一人いるから縛っておこう」

「そうだったな。俺が縄を持って来るよ」


 ヘンゼルは物置き小屋へ走って行った。


 彼は縄を持って戻って来ると、これ以上ないくらいに男に巻いていた。




 しばらくすると、城からの応援の兵士が十数人やって来た。


 彼らは現場の状況と、リアがこの場にいることに驚いていた。


 彼らには、リアが事情を説明してくれた。


 その後、リーダーらしい兵士の指示で彼らはそれぞれ動いた。


 ヘンゼルたちの両親の身体を再度診療する者。黒ずくめの男たちの身辺や、ヘンゼルの家の周囲を調べる者。縛られた男を城に連行する者。


 ヘンゼルとカレンは両親に付き添っていた。


 後から聞いた話だが、捕まった男には一切の記憶がなく、何も情報を得られなかったらしい。


 幸介たちやヘンゼルの両親への事情聴取も後日行うこととなった。


 兵士の中には幸介が書いた手紙の内容を詳しく知っている者がいたらしく、それを聞いたリアはこちらに戻って来ると、幸介に詰め寄ってきた。


「ちょっと! 誰が生涯の親友よ!?」

「ああ。俺」

「何適当なこと書いてんの!?」

「そうでも言わないと手紙を読んで貰えないかもしれないだろ? お前の父親なら手紙を読んでくれさえすれば助けを寄越してくれると思ったんだよ」


 リアの友人であるかどうかの事実はどうでもいい。城の人間が手紙を気に留めて、すぐに国王が読んでくれさえすれば良かった。賢王と呼ばれているリアの父親なら、内容さえ伝われば何とかしてくれると思った。


「そう……まあ、それなら仕方ないけど」


 リアは何か腑に落ちないと言った表情になったが、納得してくれた。


「リア、この国は平和なんかじゃなかったよ」

「……そうね。それは私たちが何とかするべきことね」


 リアは俯きながら答える。彼女はまだ同い年くらいの少女だが、王族としての自覚があるらしい。


「なあ、お前のお父さんに伝言があるんだけど」

「え? 何?」

「まずは、一応手紙の通り助けを寄越してくれて感謝してると。後は、エルドラード王国が想像以上にやばいかもしれないってことだ」


 リアに銃のことを説明した。


 彼女は神妙な面持ちになり、「わかったわ」と言って、またリーダーらしい兵士のところへ走って行った。


 一人になったところへ、先程まで両親に付き添っていたカレンが戻ってきた。そして何やらしおらしい表情で言う。


「……あの、コウスケ、ありがとうね。私も兄さんも感謝してる。あなたが居てくれなかったら、お父さんとお母さんは死んでたし、私たちもどうなっていたかわからない」


 カレンはそう言って少し微笑んだ。


「いいよ。みんな無事で良かった。それに、こんなに可愛い女の子が奴隷なんかにされたら、何されるか分からないからな」

「可愛いってほんと……?」

「ああ」


 そう答えて頭を撫でてやると、カレンは頬を赤く染めて俯いた。


「つーかお前、めちゃくちゃ良い才能があるじゃん」

「そう?」

「ああ。ちゃんと使えるようになれば凄い能力になるぞ」


 カレンは魔術の才能がないと言っていたが、唯一使えるらしい『物質召喚』の能力はかなり有能だ。それに彼女は実物を見たわけではなく、イメージで母親の体内にある銃弾を召喚した。彼女の能力はリアが聞いたことがないと言っていたように、珍しいものなのだろう。


 ヘンゼルの召喚にしても、見たことがあるだけの人物を召喚出来るというのは特殊なのだと思う。


 だから、彼らの能力を欲しがっている者がいるのだ。


「うん。でも、あなたも私を助けてくれたとき、何をしたの?」

「いや、俺も分からない。とにかく夢中で」

「ふーん」


 もしかすると、雪乃が持っているような異能の力なのかもしれない。しかし、自分があのような力を使えた理由は分からない。


「コウスケ、お願いがあるの」

「ん? どうした?」


 真剣な表情で言うカレンに訊き返す。


「私に、剣を教えて」

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