異世界。銀髪の兄妹(2)
家に着くと、居間のソファにヘンゼルとカレンを座らせた。
ソファは大きめの物が二つ、テーブルを挟んで向かい合わせに並べてある。
麦茶をグラスに注いでテーブルに置いてやると、二人は「ありがとう」と言って飲み始めた。
「よし。じゃあ何か作るか」
腕にしがみついたままの美優を連れ、キッチンへ向かう。
ちなみに美優は普段から幸介にしがみついて歩いているが、家の中でならかなりゆっくりだが一人で歩ける。
「何を作るんですか?」
「んー、サンドイッチなら多分作れるよ」
美優をそばに待たせ、サンドイッチを作り始める。
サンドイッチは雪乃が作っているのを見たことがあるし作るのが簡単だ。食パンにハムやレタスなどを適当に乗せ、三角に切っていくだけ。
作り終えると、それを皿に乗せて居間へ運ぶ。
テーブルの上へ置くと、二人は「頂きます」と言ってもぐもぐと食べ始めた。カレンは思いのほか空腹だったらしく、数秒のうちに一つ食べ終えていた。
「そんなに腹が減ってたのか」
そう言いながら、ヘンゼルたちの向かい側のソファに美優と並んで座った。
「森で目覚めてから何も食べてなかったから、お腹が空いてたの。だからありがとう」
「あ、俺も。ありがとう。助かったよ」
ヘンゼルも一応感謝をしているらしく、カレンに続いて素直に礼を言った。
「美味かったか?」
「ま、まあまあだな」
「とても美味しかった。もう一つ食べてもいい?」
「よし。カレンにはもう一つやろう」
褒めてくれたカレンの前にサンドイッチの皿をずらす。
「ありがとう」
カレンはまた一つ手に取って食べ始めた。
「俺には?」
「お前にはやらん」
そう言って皿を持ち上げる。
「わかった! めちゃくちゃ美味かったから! 俺にもくれ!」
仕方がないのでもう一度皿をテーブルに置いた。
ヘンゼルもまた一つ手に取り、もぐもぐと食べ始めた。
「お茶もまだあるけど飲むか?」
「うん」
カレンは素直に頷く。
すでに空になっていたグラスにまた麦茶を注いでやると、彼女は「ありがとう」と言ってごくごくとそれを飲んだ。
二人が夢中で食べている間、少し手持ち無沙汰になったので、美優に構うことにした。
「美優、お前にも食べさせてやるよ」
「えっ? 自分で食べられますが……」
「まあいいからいいから。はいあーん」
「……はい」
美優の肩を抱き寄せてサンドイッチを近づけると、彼女は頬を赤く染めながら口を開けた。そしてぱくっとかじる。
「美味しいです……」
美優が頬を赤く染め、口をもぐもぐと動かしながら言う。
「何かバカップルみたい」
カレンがこちらを見ながら言うと、美優はまた頬を赤く染め、「バカップル……」と小さく呟いた。
二人の食欲がある程度満たされたようなので、そろそろ事情を聞くことにした。
「で、お前ら何で捨てられたの? 何か悪いことでもしたの?」
「は? 何もしてねえよ!」
「うわっ。うるせーって」
またヘンゼルの声が大きいので耳を塞ぐ。
妹の方が淡々としているので話が進みそうだ。とりあえず兄の方を黙らせよう。
「もういいや。お前は黙って食っててくれ。もう一つ食っていいから」
「……おう」
「……」
また二人の前に皿をずらしてやると、二人は素直に一つずつ手に取った。
多めに作ってしまったと思ったのだが、サンドイッチはあと一つしか残っていない。
「しょうがないな。美優、あと一つあるから食べていいぞ」
「えっ、お兄ちゃんの分がなくなるじゃないですか。私はいいですよ」
「じゃあ半分個しよう」
残った一つを半分に分け、一つを美優に食べさせて残りを自分で食べた。
「何か悪いな。俺らにくれたせいで」
「いいよ別に。夕飯は食えるから」
「そうか。いいなあ……」
ヘンゼルが溜め息を吐く。帰る場所がないことを悲観しているらしい。
「帰りたいのか?」
「当たり前だろ」
「でも、帰ってもまた捨てられるかもしれないぞ」
「う……それは、そうだけど……でも帰る以外どうすればいいかわかんねーし……」
ヘンゼルの気持ちはわかる。幸介も美優やリアに出会わなければ、路頭に迷っていたかもしれない。幸介の場合は記憶までなかったので、最初は彼ら以上に状況が悪かったと思う。
「まあ何とかなるんじゃない? 俺も家族が居なかったけど何とかなってるし。おかげさまで」
幸介の言葉を聞いて、ヘンゼルが「え?」と驚いた。
「……? ミユは、家族でしょ?」
「俺は元々ただの居候だから」
「え、そうなの?」
不思議そうに尋ねるカレンに幸介が答えると、それを聞いたヘンゼルがまた驚いた。
「でも、今は大切な家族ですよ」
隣に座る美優がそう言って微笑むので、「わかってるよ」と、彼女の頭を撫でる。
「そういうわけだからお前らも大丈夫。まあ最悪知り合いの王女に頼めば多分何とかしてくれるし」
「王女と知り合いなの?」
「ああ。いい奴だから助けてくれるはずだ」
カレンが尋ねてきたのでそう答えると、美優も「そうですね」と同意した。
「そ、そうか……何か希望が湧いてきたぞ」
ヘンゼルはほっと少し安心したように言う。
幸介に元々の家族が居ないことについては、彼らはそれ以上は訊いてこなかった。何となく気を使ったのだと思う。
「でも、本当に親に捨てられたんですかね?」
美優が首を傾げて呟いた。
「お前が言いたいことは分かる。ヘンゼルが帰りたがるってことは、悪い親ではないってことだからな。考えられるとすれば、食い扶持を減らすためということくらいだけど?」
そう言いながらヘンゼルの方を見る。
彼らが何か悪いことをしたということもないらしいので、捨てられたとすればそれ以外理由が思い浮かばない。
「いや、多分うちは食べるのに困る程貧乏だったわけじゃないと思うんだよ。だから何故捨てられたのかさっぱり分からないんだ」
「……そうか」
ヘンゼルは幸介に何か答えを求めているように見える。
彼が言うには両親は優しく、二人をとても可愛がってくれていたそうだ。
「私は、多分わかる」
「えっ?」
不意にカレンが一言呟くと、ヘンゼルが驚いた。
「私たちは、本当は捨てられたわけじゃない。今日の朝方、兄さんがまだ眠っているとき、お父さんとお母さんが話しているのが少し聞こえた。何か敵が近付いてきているみたいで、お父さんは少し焦っていた。お父さんは索敵の能力が高い。だから、その敵に気付いて私たちを危険から遠ざけようとしたんだと思う」
カレンは淡々と話した。
「は……? まじかよ……?」
「うん」
ヘンゼルは唖然となって訊き返すと、カレンは静かに頷く。
「お前、何でそれを今まで言わなかったんだ!?」
「訊かれなかったから。それに、言っても言わなくても兄さんは帰ろうとしてた」
ヘンゼルに答えるカレンの様子を見て、幸介はあることに気づいた。
「カレン、もしかしてお前、帰り道が分かってたんじゃないのか?」
幸介の言葉を聞き、ヘンゼルは驚いた表情で再びカレンを見る。
「うん。分かってた。でも言わない方がいいと思った」
「何でだよ!? 俺があんなに必死で……」
ヘンゼルは少し苛立ったようにそう言った。
カレンが何も言わなかった理由は幸介には理解出来る。彼女は両親や兄の思考が分かっているのだ。
「私が帰り道を知ってると言ったら、兄さんは無理にでも聞いて帰ろうとするでしょ?」
「当たり前だ! お前は父さんと母さんが心配じゃないのか!?」
「もちろん心配。でも、お父さんとお母さんは強いし、私たちは足手まとい。居ても邪魔だから居ない方がいい」
「何、だと……?」
カレンの言葉を聞いて、ヘンゼルは唖然となった。彼女の弁解はほとんど予想通りだ。
「お前らの両親は強いんだな?」
「うん」
幸介が確認すると、カレンは頷いた。
彼らの父親は本業はランパール王国の兵士で、剣士隊の隊長も務めたことがあるらしい。なのでかなり強い。さらに索敵能力の範囲も広く、おおよそだが敵か味方か、あとはその強さまで判別出来る。
母親の方も同じく兵士の経験があり、剣も使える上に攻撃系の魔術も使えるので、戦い方次第では父親以上に強いかもしれないとのことだ。
近年、大陸が三国に統合されてからは均衡が保たれていた。そのため、首都であるリヴァーレイク付近をはじめ、この国では大きな戦争のない月日が続いている。
現在、国境付近の防衛に当たっている者たちを除き、兵士たちの仕事は週三日程度の勤務以外は自主訓練のみ。暇な時間も多いらしい。
二人の父親は数週間前に森のはずれに家を建て、副業で木こりをやっているそうだ。
幸介は彼らの両親がかなり強いらしいことを知り、少し安心した。
だからカレンも両親を敵の撃退に専念させることを考え、すぐには帰らないことを選択したのだ。
「つまり両親はお前らを一旦遠ざけ、その間に敵と戦うなりして問題を解決しようとしているんだ。でもお前らがその場に居て捕まって人質にでもされたら、先に助けることを考えなければならない」
「……!」
二人が幸介の説明を黙って聞いているので、そのまま続ける。
「すると両親は抵抗も出来なくなり、本来なら勝てるはずの敵にも負ける。その敵がどんな奴らかは分からないが、最悪お前らも殺されるかもしれない。だからそうならないように事前にお前らを遠ざけた。恐らく焦っていたため食料を一緒に置くのを忘れたんだろう。父親は索敵能力があるから後でお前らを見つけることが出来ると思った」
「……そういうこと」
幸介が状況を説明し終えると、カレンもグラスのお茶を飲みながら同意した。
「ざけんな! カレン、今すぐ帰り道を教えろ! 俺も帰って戦う!」
ヘンゼルはカレンの肩を掴んで詰め寄ると、カレンは「はあ」と溜め息をついた。彼の反応が予想通りだったのだろう。
「多分兄さんがそう言うと思って、お父さんたちは眠っている間に私たちを遠ざけたんだよ」
カレンが言うには、両親は深く眠らせる魔術を二人にかけていたそうだ。だから移動している間も二人は目覚めなかった。
「お前が教えないなら俺は何とか自力で家に帰る。ここからなら大通りに出て城まで行けば、そこからの帰り道は分かるからな」
彼らはリアが住む城付近には何度か行ったことがあり、ヘンゼルもその辺りから森に入れば帰り道が分かるらしい。ただし結構遠回りにはなる。
カレンもヘンゼルの意思が固いということがわかったのだろう。
「……わかった。帰ろう。もう片付いてるかもしれないし」
カレンがそう言って立ち上がった。
しかしこのまま二人を行かせるのは少し不安が残る。
「待て。俺も行くよ。いざというときに少しは戦力になる」
「え、まじかよ! お前一緒に来てくれるのか!?」
「何故? 危険かもしれないのに」
幸介が立ち上がって言うと、ヘンゼルとカレンが驚いた。
「今さらお前らをほっとけるか。とりあえずお前らの無事をちゃんと確認したいし、一緒に行ってお前らの家の場所を把握するだけでも意味がある」
彼らの家の場所だけでも分かれば、仮に後で助けを呼ぶことになったとしても役立つかもしれない。
二人は少し戸惑うように幸介を見る。
美優は不安そうな顔をこちらへ向けた。
「私はどうしましょう?」
「お前は連れて行く訳には行かない。ここに残れ」
「……お兄ちゃん。私は本当は、お兄ちゃんには行って欲しくないですし、行くなら私も一緒に行きたいです」
「駄目だ。お前を危険な目に遭わせたくない。それに今の話を聞いてただろ。リスクも増える」
「そう、ですよね……」
美優は幸介の身を案じており、本当は幸介の力になりたいのだと思う。しかしそうはなれず、逆に足手まといになる。それを理解しているのだ。
「それに、俺はちゃんと帰ってくるから大丈夫だよ」
「……分かりました。では、私は帰りを待っています。どうかご無事で」
幸介が美優の頭を撫でると、美優はそう言って微笑む。
「つーか、お前ら全然捨てられた訳じゃないじゃん」
「ああ。まあ、そのことについては良かったよ」
幸介がヘンゼルを見て呆れながら言うと、彼はどこかホッとしたような表情でそう言った。
「兄さんは思い込みが激しいから。正直何故捨てられたと思ったのか不思議なくらい」
カレンがぼそっとそう言うと、ヘンゼルは唖然としながら彼女に視線を移した。
「……まあとにかく、ヘンゼル、カレン、行くぞ」
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